« 万歳、やっと解放される! | トップページ | 水神祭と鉦踊り(鹿屋市王子町) »

稲刈りの風景②(鹿屋市吉国・野里)

 今朝、所用で一里山近くまで行った帰り、高橋水源地から高須川沿いの吉国と野里の田んぼ地帯を通ってみた。Cimg4210 田んぼ地帯へ下る坂の途中から眺める。ここは長い田んぼ地帯の一番上(上流沿い)の田んぼで、黄金色の田が見事だ。Cimg4211 田んぼ沿いの道路に降りると、刈り取った稲を掛け干し用の「馬」を立てながら干して行く作業に取り掛かっている家族がいた。Cimg4212 今は金属のパイプを「馬」にしていっぺんに三列の稲を掛けて行くのが主流のようだ。屋根の部分の一列と、壁に当たる部分の左右両側に二列で都合三列になる。一挙三得というわけだ。

 普通は三列に掛けたあと、てっぺんに長いビニールを被せて雨が藁の中に入るのを防ぐのだがのだが、ここのは裸のままである。今日あたり脱穀をするので除去したのかもしれない。Cimg4215 吉国の田んぼ地帯のすぐ脇を流れる高須川の清流。ここには堰が設けられていて、ずっと下の野里の田んぼ地帯に供給されている。Cimg4217 だが、もう水の不要な収穫時期とあって、堰から3、40メートル先で水は川に戻されている。まるで小ぶりの滝のようだ。遠い昔なら水車に利用されてもおかしくなかろう。Cimg4220 その下流の野里地区での刈り入れはもう最後にかかっている。Cimg4223 野里田んぼの中心部に存在感のあるタノカンサ―(田の神様)がデンと鎮座している。

 寛延4年というから西暦1751年の建立のこの田の神像は、同一の造形の中では最も古く、姿も立派であるということで県の文化財に指定されている。Cimg4221 田の神のすぐ向こう隣りには小さな水神碑があり、さらにその向こうには耕地整理碑と土地(農地)改良記念碑が立つ。

 土地改良記念碑によると、この田の神様の後背の農地80ヘクタール余りが昭和57年に改良完工している。ちょうど30年前のことになる。

 国の減反政策がすでにその10年前から行われており、おそらく改良後の維持経費の高さから見て反対する農家もあったろうが、平成5年の長雨と台風13号による大減収を受けて、田んぼの重要性が見直されてたことが契機になり、安全な作物への関心も高まったこともあって、再び農家の生産への意欲がかき立てられるようになった。

 疑問の残る土地改良事業だったが、今から考えるとかえって良かったと思われているのではないだろうか。現実にもここ7,8年で、草ぼうぼうのまま放置された田がみるみる減って来ている。

 コンバインなど使わずに、ある程度規模を拡大すれば、コメ販売の自由化でやや値下がりした分を補うことが可能かもしれない、と一度は米作りをしたことのある自分は思うことである。






















|

« 万歳、やっと解放される! | トップページ | 水神祭と鉦踊り(鹿屋市王子町) »

おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 万歳、やっと解放される! | トップページ | 水神祭と鉦踊り(鹿屋市王子町) »