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画家の長寿(曽於市末吉町)

 所用で曽於市末吉町の総合センターに出かけたが、そこには末吉町出身で文化勲章受章の洋画家・吉井淳二画伯の大作が2点と織田廣喜の大作が1点、ロビーに飾られていた。Cimg4398 真ん中のは200号だろうか、『レシフェの丘にて』という題で、吉井の好んでテーマ地に選んだメキシコの風景人物画である。Cimg4401 1904年生まれの吉井が80歳近くになって描いた大作である。Cimg4400 『鳥を売る女』もメキシコがテーマで、1980年の作品だから76歳の時である。男性の平均寿命から見れば、もうあとが無い高齢の作品だが、このあともまだまだ描き続けている。

 それよりも驚くのが、右手に飾られた織田廣喜の作品だ。Cimg4402 この少女の絵は、何と織田廣喜が96歳の時にかいている。織田は吉井に遅れること10年あとの1914年生まれで、2010年の作品である。織田は今年この世を去ったが、98歳だった。

 一方、10歳年上の吉井は2004年に逝去している。ちょうど100歳であった。

 吉井は洋画団体「二科会」の理事長を長年務め、その頃に文化勲章も受賞しており、この末吉町ではそれを記念して<吉井淳二記念洋画コンクール>を開始した。当然ながら審査委員長に就任し、次に委員長になったのが、やはり二科会の後任の理事長になっていた織田であった。

 それが、吉井作品に並んで織田の作品が展示されているわけなのである。

 

 ふたりは二科会の最重鎮であったことと、どちらも長寿なのが共通している。よく言われることだが、「画家には長寿が多い」をまさに証明したふたりであった。

 画家の長寿の要因は脳の使い方だろうか。絵は空間認識を主体としているから右脳をよく使うはずで、左脳を休ませる時間が長いのではないか。(左脳は言語や計算などでいつもフル回転しているから、ストレスも溜めやすい。)

 真剣にキャンパスに向き合っているときの脳波は、おそらく禅の坊さんが精神統一に入った際に出される何とか波と同じようなものではないだろうか。禅の坊さんも一般的には長命者が多いとされている。

  同じロビーの一角と別の部屋では今年創設30回目の記念ということで「吉井賞記念作品展」が開催されていた。Cimg4396
中に入って歴代の受賞作品を観賞して行くと、第一回の記念大賞が展示されているのを見たら、むかし指宿で油絵を習っていたころ、属していた会の指導者だったK先生の作品だったのには驚いた。Cimg4390 K先生は今おいくつだろうか。高校の教員を定年退職後はN美術館の館長をされていた。叔父も画家だというし、蛇皮線を弾き、音階の五線譜化などにも取り組んでいたと記憶する多彩な先生であった。

 30年前といえば三昔で、長寿であるにしても人間はそれなりに加齢により、見かけはずいぶん変わるが、絵画は30年前のそのままである。・・・・・・・芸術は長し。









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