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高天原を訪ねて(曽於市末吉町南之郷高岡)

 去年、北九州に住むネットユーザーから、『三国名勝図会』中の「大隅国・曽於郡・末吉郷」にあるという<イザナギ尊の祓い禊ぎの霊地>について興味があり、実地に歩いてみたい、とのメールを貰い、その時はおおまかなことしか返事が出来なかった。

 今年もまた同じ人から、中岳(橘岳=452m)に登ってみたいし、高天原についても知りたい―というメールが来た。

 そこでちょうど今日、末吉町の耳鼻咽喉科で一昨年の12月に受けた「レーザー治療」(鼻の中の粘膜をレーザーで焼いて、アレルギー反応を除去する手術)を再度受けに行く予定日でもあったので、午前中を費やして天の岩戸や高天原があるという「桜谷」に行ってみた。

 あいにくの小雨が降り続く天気であったが、大崎から都城まで伸びている農免道路を走り、途中、志布志・都城道路の有明北インターから末吉インターを利用したので、イザナギを祭る「檍神社」近くの信号まで49キロあるのを、約60分で到着。

 信号をそのまま突き抜けると大淀川の上流へ向かう道に入り、約7キロで右手にちょっとした看板が見え、それを右折する。(この先わずかで左手に高岡小学校がある。)Cimg4775 看板には「桜谷諸神跡へ」とあり、「天の岩戸」を紹介していた。Cimg4777「桜谷橋」。

 この辺りの大淀川はまことにささやかな流れとなり、しかも傾斜が緩い。ここからあと10キロで水源の「橘岳(中岳)=452m」に至るのだから谷川になっていてもおかしくないのだが、川幅は15㍍ほど、少ない水流がゆったりと流れている。

 大淀川は100キロを超える一級河川だが、源流の山の高さは450m余りしかない。これは大淀川最大の特徴である。

 向こうに見える林道を入って行く。一応は車の轍があり何とか走っていけるが、約1キロ余りで右手に駐車スペースがある。Cimg4779 そこから「天の岩戸」に降りていく。 三国名勝図会では「佐久良谷」と書く。

 桜谷には諸神の霊跡があり、中でもこの「天照大神がスサノヲの乱暴狼藉を働いたので籠った」という洞窟には、御神体が無く洞窟そのものが神体なのだそうだ。

(高句麗にも「隧神」(穴の神)と呼ぶ神があり、一年にいっぺんだけ祭儀(東盟公会)を執り行い、穴の外にお出ましいただく―という。)Cimg4783 降りて行くと、赤い鳥居があり、その向こうには小さな社祠が見える。すぐ下を巨岩を嵌め込んだような谷川が流れる。(今現在、水は流れていないが・・・)Cimg4781 洞窟は入り口は人が入れるのかといぶかしく思うくらい狭いが、奥は深く、一説では霧島まで続いているという。霧島まで地下でつながっているというのは、財部町の「溝の口洞穴」でも言われている。確かめたわけではないから話半分と理解しておく。Cimg4793 洞窟から林道を500㍍も進むと、狭かった谷が急に広くなり視界が開けた。そこには田んぼが作られている。

 向こうの丸っこい山が「佐久良ヶ崖(さくらがひら)」だろうか。この山を挟むように二本の小川が流れ出て、さっきの洞窟前の谷川になる。

 左手の道をなおも進むと、途中雨のためかぬかるんだ道になって来たので車を停めて、歩いて沢の奥に向かう。Cimg4789 小雨に煙る桜谷の上流部。

 道路は小さな沢を渡ってから、急に傾斜を増して行くが今日はその先は雨のため断念した。地図では、小さな峠を越えて「吉原」という山間の小さな集落に至るのだが、その峠などが「高天原」なのかもしれない。

 あるいはいっそ「吉原」という山中にぽつりとある集落自体が高天原なのではないか―などとも飛躍する。

 引き返してくる途中、こんな山奥でも米作りへの執念を燃やしている人がいるんだなーと感心した光景があった。Cimg4790 数えてみると2~3畝(2~3アール=60坪から90坪)くらいのかわいい田んぼが9枚もあった。田んぼ全体をブルーのビニール製の金網で囲っている。イノシシ除けだろうか。難儀なことである。

 この谷筋の向こうに連なる岡はさっき急に視界が開けた場所からはただの丸っこい岡にしか見えなかったが、谷筋の奥に入って横から見ると急傾斜の崖がむき出しだ。これこそが「佐久良ヶ崖(ひら)」に間違いないだろう。

 Cimg4802 この地図は旧陸軍省測量部作成の5万分の1地形図で、左手に見える赤い四角で囲んだ所が「檍神社」で、そこから8キロ(2里)ほどで右下の佐久良ヶ崖に至る。

 その部分だけアップしたのが次の図。
Cimg4803_2_2 真ん中あたりの「高岡小」のすぐ下から南へ下っている川が「桜谷川」で、最初の赤い四角が「天の岩戸」(洞窟)、さらに南下するとグリーンに塗られた箇所がある。これが田んぼである。そこを南下し最後の田んぼ地帯を過ぎて今度は峠を登り越えて行くと、「吉原」(右下の赤丸)。ここにも小流沿いに田んぼがある。

 吉原へ下る手前の峠辺りが「高天原」か。そうとすれば『三国名勝図会』の説明が正しければ、その高天原の北に「高山(たかやま)」が聳えるのであればそれは429m峰だろうし、北西方面の峰続きの中腹にあるという「短山(ひきやま)」は429m峰の左下の400mそこそこの峰ということになるだろう。

 中臣の祓い(大祓い)詞には、「高山の末、短山の末よりさくなだりに落ち滾(たぎ)つ早川の・・・」とあるが、このような「祓い禊ぎ」信仰を持つ一族がこの大淀川上流地帯を聖地と崇めた。そしてその結果、一種の「見立て」心理が働いて事細かく「霊地の名付け」を行ったのではないだろうか?

 その根源地は自分としては宮崎海岸の方に軍配を上げるが、この末吉のイザナギ聖地信仰は、住吉三神(海の神と津の神)を信奉する海人族が何らかの理由で船を捨てて陸に上がった際に招来したものと思う。

 また貝原益軒の説では「阿波岐原」は福岡の早良区のイザナギ信仰地を指すとするが、確かにあそこは安曇族のような海人が土着していた場所である。しかしやはり宮崎の橘の小戸のほうが先であろう。
 
 





















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コメント

初めまして今日たまたまドライブで通り歴史とか興味ないんですが気にはなったのでそこに行って見ました。自分も途中断念してしまいましたがまた今度探検したいなと思っております。もしよかったら今度行きませんか?

投稿: syo | 2015年11月 2日 (月) 23時59分

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