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南大隅町の町長選挙(肝属郡南大隅町)

 根占町と佐多町が合併してできたのが「南大隅町」だが、今度の日曜日(4月14日)に町長選挙があると夕方の報道で知った。

 報道によれば二人が立候補しており、ひとりは現職で二期目を目指す森田俊彦氏。もうひとりは新人の肥後隆志氏。

 去年の秋に「南大隅町の過疎地に放射能汚染された土の処分場を誘致する」という問題をめぐって新人の肥後氏が絶対反対を表明したことが報じられたことがあった。

 現町長はそのとき旗幟を鮮明にしなかったようで、肥後氏との対立が深まり、今回の一騎討ちという構図になったもののようである。

 肥後氏は商工会の会長を長く勤めた実業家で、事業の原点であるガソリンスタンドの経営からビジネスホテル、農業(喜作ネギ)、ハマグリの養殖と事業を多角的に経営してきた人物である。

 実はわが家が隣りの錦江町田代から転居して来た時に空き家を紹介してもらっている。また一時ハマグリの養殖場に勤めたこともあり、根占にいる頃は何かとお世話になった人でもある。

 何年か前に出会ったときは、「私のおふくろの実家は山川で、河野家の繋がりなんですよ。今度長男が河野家を継ぎました。」とこともなげに話してくれた。

 河野家と言えば江戸時代、山川の廻船問屋(貿易商)で、遠く琉球まで船を走らせていた豪商である河野覚兵衛が有名で、少し後の指宿の豪商・浜崎太平次(第8代)より先に大海に乗り出していた。

 山川港には今でも河野覚兵衛家の墓域が残っている。(参照ブログ

 江戸時代だけでも12、3代を数えるのだから、現在までいったい何代続いているのだろうか。

 このような歴史を秘めた肥後氏の健闘が待たれる。南大隅町の発展を祈りつつ―。

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