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「主権回復の日」を沖縄が喜べない理由

太平洋戦争が日本の降伏で終結し、その結果日本は連合国による支配を受けることになった。その長きにわたった占領政策に終止符を打ったのがサンフランシスコ講和条約で、昭和27年(1952年)4月28日に実施され、日本は連合国の占領から解放された。

 しかし、この解放が日本の津々浦々まで同時に行われれば、本当に祝祭するに値するのだが、沖縄県と奄美群島および大東島諸島は米軍の支配下に残された。

 日本全土が連合国の占領下から解放される条件として、以上の沖縄はじめ奄美・大東島は今度は連合国ではなくアメリカ単独の統治下に置かれたのである。

 なぜ米軍単独支配になったかと言えば、日本がアメリカと安全保障条約(という名の対日最大戦勝国アメリカによる軍事的支配)を結んだからである。10年という期限が設定され、二度の改定を経、それ以降は「自動延長」という形で今日まで来ているので、安全保障条約の存在すら表面化してこなくなってしまったのが、今日の現状である。

 この安全保障条約と日米地位協定により、多大の負担を強いられているのが沖縄であり、1972年の日本復帰もうれしさ半分悔しさ半分であっただろう。

 今頃になって「主権回復の日」もないだろう、というのが本土に住む自分の実感であり、沖縄に暮らす人たちにとってはなおさら、沖縄県の頭越しにサンフランシスコ講和が締結され、アメリカの施政権(支配)をそのまま押し付けられた情けない日に違いない。(何で戦争で一番血を流した沖縄県民が置き去りに・・・!?)

 昭和47年5月15日、沖縄の日本復帰を実現した―として当時の首相・佐藤栄作はノーベル平和賞を受賞したが、いつの日か沖縄の米軍基地と日本本土の米軍基地を撤去した首相がいたとしたら確実に二人目のノーベル平和賞を貰うであろう。

 もちろんその前提として日本は永世中立国宣言を出し、日米安全保障条約を廃棄し、代わって国連軍の査察部隊を駐留させねばならないが・・・。なぜそうしなければならないかと言えば、いまの国連を構成している安全保障理事会の常任理事国とは先の大戦においてすべて日本が敵に回した国だからである。

(逆に言うと、国際連合とは第二次世界大戦で英米仏蘭などによる反・枢軸国連合なのである。枢軸国とは日独伊などで、イタリア以外はいまだに国連憲章の「敵国条項国家」という地位にいる。したがってどう頑張っても日独は安全保障理事会の常任理事国にはなれない。)

 日本が通常兵器以外の「大量破壊兵器や核兵器」を保有していないことを内外に知らしめるために連合国軍の査察をオープンにすることで、念願の永世中立国を樹立したいものだ。

 その流れの中で、米軍単独の相互防衛という名の軍事支配は終わり、沖縄からも撤退ということになろう。ただし、先に触れたように、米軍に代わって国連軍(多国籍軍)の駐留は必要最小限度で認める必要がある。

 そうしないと、アメリカのブッシュのような大統領が出てきて「日本は大量破壊兵器を隠しもっている」とか「核弾頭をひそかに保有している」などと、イラクに難癖をつけたように日本に矛先を向けてこないとも限らない(これからはむしろ中国がそんな風にわめいてくるかもしれないがー)。

 その時こそ、沖縄の大部分の米軍基地は撤去され、人が癒される平和な観光王国沖縄が出現するに違いない。

 

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