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アフリカ開発会議(6月1日~3日)

 横浜市で開かれたアフリカ開発会議(TICAD)が盛会の内に終わった。この会議は1993年から5年ごとに行われ、今回が5回目ということである。アフリカ全体54か国のうち51か国の参加があったというから大変なものである。Cimg5453終了後の記者会見(NHKテレビ放送より)
 あのノーベル平和賞を貰ったワンガリ・マータイさんが生きていたら国賓待遇で招待されただろうに。日本の「もったいない」を世界の言葉にした(というにはもっと長生きしてほしかった)女性社会運動家である。

 それでも安倍首相のイニシアチブのもとで、多くのアフリカ人指導者がともに横浜で過ごした3日間は大きな影響を持つだろう。

 日本は今後5年間で官民合わせて3兆2千億円の投資を行うという。Cimg5452その主たる目的は「技術移転」だそうだ。アフリカ人に日本の技術を修得してもらい、長い目でお互いの交易交流関係を築き上げようというものだ。

 それにしても何とも大盤振る舞いだが、記者会見ではこのところの株価の急落に関する質問が取り上げられ、若干危惧するようなニュアンスも感じられた。アフリカ各国の首脳も心配に違いない。Cimg5456それに対してはいつもの「日銀主導だが、市場の動向には細心の注意を払っている。アベノミクス効果が表れれば、株の乱高下も落ち着いてくるはず―」を繰り返していた。

 同じように対アフリカ戦略を着々と進めている中国がさっそく茶々を入れてきた。

 曰く「日本は国連安保理の常任理事国という地位を手に入れるために、国数の多いアフリカ諸国の同意を取り付けようという腹だ。しかしそれは無理なことだ・・・」云々。

 たしかにそれは無理なことだ。何しろ反日連合国の一員であった中華民国に代わって国連安保理にスライドし、そのまま常任理事国として居座ってしまった中国共産党政府様の反対(拒否権行使)があれば日本はどう頑張っても常任理事国にはなれないのである。

 常任理事国の権力は強大なのである。日本がどんなに国連分担金を払おうが、世界の平和に寄与しようが、今の国連(という名の反枢軸国連合)安保理の常任理事国には逆立ちしてもなれない仕組みなのだからしょうがない。

 とにかく英・米・仏・中(本当の中は中華民国)・露(本当はソ連)の五か国のみが常任理事国なのであって、それらの国はすべて第二次世界大戦の反枢軸国(枢軸国とは日・独・伊・ブルガリアなど)、つまりは戦勝国であり、これらの国々は安保理の議決に於いて一国でも拒否権を発動すれば議事は否決されてしまう。

 もし仮に「日本を安保理の常任理事国にしよう」という議事が提議され、国連加盟国の99パーセントが賛成し、安保理の常任理事国5か国のうち4か国が賛成しても、中国一国が反対(拒否権発動)したらおじゃんになるのだ。

 こんな国連など出てしまえ!とケツをまくりたい気分になるが、今の国連が今のままである以上、日本は永久に常任理事国にはなれない。

 

 私見では脱退する必要はなく、「永世中立国」(ただし武装はする)を宣言し、事実上今の国連からは身を退き、平和政策に徹して国際関係を継続して行く方策がベストだと考える。アメリカの世界戦略のお先棒に乗る「集団的自衛権の発動」なんていうのも御免蒙る。

 知人にこんな話をすると「それじゃ、誰も守ってくれないから国民みんなが、家々にスイスのように武器を持ち、核シェルターのような設備を備えるようになるでしょうね。でも中国が攻めて来たらどっちみち終わりですよ。やはりアメリカに守ってもらわないと―」などと言いかえされる。

 中国は確かに脅威だが、しかし今時日本に攻めてくる理由があるのかね。日本が大東亜戦争中に中国を蹂躙したから仕返しだって?馬鹿馬鹿しい。何のためのサンフランシスコ講和条約であり日中平和友好条約だったんだい。

 いくら捏造と反日暴言の中国共産党だからといって、そんなことをしたら世界中から袋叩きに合うよ。そんなこと許される道理はなかろう。まず、国連安保理常任理事国の英米仏は反対するはずで、その反対を押し切ってまで日本を攻撃したとすれば、中国共産党政府は分裂か下手をすると「革命」が起きてつぶれるかもしれない。(自分としてはつぶれて旧中華民国型国家になってくれればいいと思っているが。)

 中国ついでに言うと、中国要人の中には「ポツダム宣言では日本の領土は本州・九州・四国・北海道の4島に限られるーとしてあるから、沖縄は日本ではない。かって沖縄は中国への朝貢国つまり属国であったから、沖縄は日本ではなく中国に帰属させるべきだ」と、暴言というか狂言を吐く者がいる。

 江戸時代、琉球は確かに清朝への朝貢国であった。しかし実際は薩摩藩にも帰属していた。そして明治になって明治政府が琉球国を解体して沖縄県として再編し、ここに名実ともに日本の一部となったのである(いわゆる琉球処分)。これについて当時の清朝は抗議をしただろうか、世界に訴えただろうか、武力を持って攻めて来ただろか。いずれも「否!」である。日本の一部であることが明確だったからだ。

 尖閣諸島も、1895年(明治28年)、日本の一県となった沖縄県に帰属する―と明治政府が閣議決定し、間もなく国標を設置し、福岡県の商人(事業家)に貸し出している。こういうのを「実効支配」というのである。ただ、国有化(国有地として登記)はしていなかったので、<土地はすべて国有地>という共産主義中国の建前からすると、日本の領土ではないと見て構わないと思ったのだろう。

 さらに尖閣諸島の近海に海底資源が発見されるに及んで、「しめしめ国有地ではないから、分捕れるぞ」との欲心を起こさせる元になったわけである。

 だが、民主党政権である野田内閣が土地の所有者から島を買い取って国有化してしまったので、地団太踏んで悔しがり、あの手この手で日本の暴発を誘おうと領海侵犯を繰り返しているのが現状である。中国のそんな汚い手に乗ってはいけない。

 (民主党政権だったから国有化できたことで、自民党政府ではできなかっただろう。今日の午後のニュースで当時の自民党要人であった人物が「私は日中共同宣言発表当時の当事者として明確にしておきたい。尖閣諸島をめぐる領有権問題は棚上げにしようとなったのですよ。これをはっきり今ここで申し上げておく」と記者会見で述べていたが、完全に向うのペースにはまっていたのである。棚上げなどできない。あそこはすでに沖縄県に帰属していた―などと反論したら、共同宣言そのものが廃棄されるという不安が心の底にあったに違いない。あるいは中国側からそう釘を刺されていたのかもしれない。)

 尖閣問題についてはここが大変参考になる。

 上の二つの条約でとっくに片が付いている日本の戦争責任だ何だのと言っていないで、チベットを早くチベット人に返せよ、中国!!

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