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憲法改正論議

 安倍内閣になってから憲法改正への論議が高まってきた。

 改正の法的前提条件としての96条が取り上げられ、「国会議員の半数以上の賛成で改正を俎上に載せることができるようにしたい」との主旨で、「3分の2以上要件」を緩和するところから切り込んで行くようである。

 たしかに現憲法に則って改正を行うのであればそこがまず第一の関門で、96条では衆参両院でそれぞれ全議員の3分の2以上の賛成を得なければならないとしてあり、それに基づいて国民投票を実施して賛成過半数であれば改正が成立するわけだが、両議院でそれぞれ3分の2以上の賛成という機会はそうざらにあるものではない。そこで自民党としては「国民投票では過半数でよいとしてあるのだから、国会も同じであってよい」とハードルを下げようとしているのだろう。

 自分もそっちの方に整合性があると思うので自民党の意見に賛成だが、問題はどこをどう変えるかにある。

 自民党の改正ポイントは<第9条の2項「戦力の不保持」を「保持」に変える>・<日の丸を国旗に、君が代を国歌として条文化する>・<国民の権利のうち個人的権利を公共の利益の下位に置く>が主たるもので、どれも常識的な発想である。

 第9条は特に戦後の「憲法を1ミリとて変えるな」を金科玉条とする革新勢力の「核心的利益」であったが、これは日本の軍国主義の復活反対などと声高にわめく中国共産党政府の考えとシンクロしており、やはり中共の大きな影響力のもとに仕組まれて来たのかなとの思いを深くする。

 というのも昨日の関口宏の番組『サンデーモーニング』の中で、上にあげた最後の<国民の権利・・・>を話題に取り上げていたのだが、3人の識者をインタビューした中で1名は賛成、2名は反対の意見を述べていた。このうち元朝日新聞記者のむの・たけじ(98歳)という人物が「戦争への準備にまず国民の権利を奪って行くという常套手段。太平洋戦争への途上では個人の権利などどんどん奪われ、挙句の果てに酷い惨禍に巻き込まれた。断固反対だ。」というような意見を強く述べていた。

 このような人物の太平洋戦争史観が革新勢力の全盛時代では普通だったが、青年期の自分など、ずいぶん惑わされたものである。<酷い目にあった戦争=無意味な戦争>であり、したがって戦力の放棄こそが正しい生き方だ、ということで、「じゃあ何のために戦争をしたのか?」という素朴な疑問には誰も答えてくれなかったのである。

 その背景にあるのが「敗戦史観」であり、「戦前暗黒時代史観」である。すべては敗戦に至る「軍靴の音が高くなって来た暗い時代」としてのみ取り上げられ、<なぜ戦争をしたのか>という歴史を振り返る根本要件は斬り捨てられた。

 自分のように自国の戦争時代を知らないものは、かなりの程度戦争への道を客観的に見ることができる。勝った負けたの戦争観ではなく、「なぜ、戦争に至ったのか」を冷静に眺めることができる。西洋列強の植民地獲得という膨張主義に拮抗したのが有色人種ではただ一つの国日本であり、その流れの中で衝突したのが太平洋戦争である―という世界史の流れで見なければならないのである。

 トインビーの言う「文明間の挑戦と応戦」と見てもよい。挑戦に対する応戦は必ずしも戦争とは限らないが、話し合いが続けられたにもかかわらずついに武力の衝突となってしまった。このことについて敗戦後に日本に占領軍最高司令官として足掛け6年滞在したマッカーサー自身が、司令官解任後にアメリカ議会内の外交委員会で「あれは追い詰められた日本の自衛戦争であった」という旨の発言をしているくらだから、「日本の向う見ずな軍国主義者どもが勝手に国民を戦争に駆り出し、日本国民のみならずアジアの到る所で諸国民に犠牲を強いた」というような見方は全くの一方的な史観で、アジアではむしろ日本軍の進出を<植民地解放の先駆け>として歓迎してさえいたのである。(結局は負けたので、そんなことはおくびにも出さないが・・・。だが、アジア・アフリカはその後1960年頃までに次々に植民地から解放された。)

 先の元朝日新聞記者などはこういった点には見向きもせず、ただ「暗い戦争の時代に・・・云々」という敗戦史観に浸かり、これでもかこれでもかと「日本軍の蛮行」のあることないことをこき交ぜて戦後の論調をリードしていた(というか煽り立てていた)。

 太平洋戦時に個人の権利が著しく制限されたのはやむを得なかったのであり、国民もそれによく耐え、「聖戦」とまでは言えないにしても、西洋植民地主義からのアジアの解放を旗印にした「義戦」に奉仕したのだと思う。

 元朝日新聞記者の「国民の権利に制限を課すのは全体主義つまり戦争への傾斜につながるから大反対」はそっくりそのまま今の中国に言ってやったらどうか。中国政府からは拘束されるかもしれないが、中国人民は大いに歓迎するだろうよ。

 

 

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