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知林ヶ島に渡る(指宿市)

 指宿市の魚見岳(215㍍)の下に広がる国民休暇村は戦時中、海軍の特攻基地(多良浜基地)が置かれたが、戦後は風光明媚な公園として整備され、さらには国民休暇村として再建された。

 その沖合に浮かぶ「知林ヶ島」。Cimg5911魚見岳の最高地点にあるNTTドコモ用無線中継所から眺めた知林ヶ島。ちょうど砂州でつながっている。左の小さな島は知林ヶ小島。
 戦後しばらくは民間の開墾畑として使われたそうだが、その後東京のある学校法人の所有となり、上陸(というよりは入島)は不可能だった。ただし「法的には」ということであって、実際には釣り人や好奇心のある人々がしばしば入島していた。

 ところが指宿市がその学校から島を購入したことから一変した。指宿市が整備をして島内を散策できるようにしたので、大手を振って島に渡ることができるようになった。

 もちろん環境には十分配慮をしている。なにしろこの島を含めてかっての霧島屋久国立公園から屋久島が単独の国立公園になって分離したあと、ここは「霧島錦江湾国立公園」の一部になったのである。Cimg588710時半頃に島への渡り口になる多良岬に到着。浜昼顔が出迎えてくれた。Cimg5891さらに歩いて行くと、すでにかなりの観光客が砂州を渡っているのが見えた。向こうまで距離的には6~700㍍かと思うが、砂の上だから若干足を取られたりするので約20分ほどかかる。履き物は脱いで裸足の方が歩きやすい。Cimg5895歩いて15分ほど。あと50㍍で島の入り口という所から振り返ると魚見岳からの砂州がうねって見える。何だか天童よしみの歌「珍島物語」を思い出した。海が割れるのよ~橋ができるのよ~、はまさに同じ現象。

 左側の海が錦江湾そのもの。やや波が荒い。右側は同じ錦江湾の中だが魚見湾といえる部分で、砂州が本湾の荒波を防いでいて穏やかだ。Cimg5897島に上がる(入る)と人の集まった所に指宿市の案内所があり、そこで係から「国立公園なので環境には十分配慮を!」と注意を受ける。Cimg5896案内所の傍に立つ案内看板。島の中は散策路があり、一周すると約2キロくらい。

 面白いのが「今日は15時10分までに知林ヶ島を離れて下さい」という手書きの注意だ。干潮で砂州が出来ている時間は4,5時間なのでそういうことになるのだろう。Cimg5899案内所から右手の磯伝いに約100㍍行くと、島の南端にある南展望台への登り口がある。何でも階段が304段あるそうで、30℃近い気温の中、かなりの難路だった。Cimg5900ようやく南展望台に到着。いやはや暑い!

 先客のいる展望台はログハウス風で、どういうわけか天井から鐘が吊るしてあったので鳴らしてみた。Cimg5904展望台から見る砂州と魚見岳。魚見岳の下、砂州の付け根一帯が国民休暇村で、昔は海水浴場やテニスコート・芝生広場などで賑わったそうだが、今はサッカー練習グラウンドやキャンプ場に利用されている。

 左手遠くに霞んで伸びているのは指宿市街地。Cimg5906家内だけを南展望台に残して自分だけ一周してみようと思ったのだが、ここでギブアップ。一周するのは涼しくなってからと言い聞かせて降りることだった。

 ほとんどの観光客は渡るだけですぐに引き返している。サンダル履きの人が多いのがその証拠(自分も!)で、家族連れの子どもなんかは水と戯れることで満足しているみたいだ。夏休みの珍しい体験だぞ。






















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