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長崎平和祈念式典

 8月9日は長崎に原爆が落とされた日。Cimg5930当時の長崎市の人口は24万人。うち7万4千人が爆死及び放射能障害死。

 広島でもそうだったが、終戦後に入った米軍の医師団たちは被爆者の被爆状況を調べるだけで治療はしなかった。まるでモルモットだった。

 長崎は日本のキリスト教信仰の代表的都市で、初め彼らはそのことを知らなかったらしく、無残に焼け落ちた浦上天主堂と、そこで焼き殺された神父や多数の信者のことを知ると、長崎市としては浦上天主堂を広島のあの原爆ドームのようにそっくり残して置くつもりだったのだが、米軍占領府は秘密裏に解体することを強制してきた。

 もし無残な姿の浦上天主堂が残されていたら、「アメリカがいくら戦争終結を早めるために原爆を落とした―といってもあれじゃあ、あんまりだ。戦時国際法もへったくれもないじゃないか!」という同盟国側(米英仏蘭・・・ほとんどが欧米キリスト教国だ)からも痛烈な批判を浴びることになるからである。(このことについてはブログ「浦上天主堂解体の密約」に詳しく書いた。)

 アメリカをはじめとするキリスト教国家というのはキリスト教を最上位の宗教とし、それ以外は「異教徒」(古来の中国的観念で言う蛮夷)としたい傾向が強い。異教徒は法の裁きの適用外なのである。

 その点日本の神道は異教徒・蛮夷という観念が少ない(幕末に皇国史観が発生し、明治時代に至ってそれに基づく反中国・反西欧観が普及してしまったが、欧米列強の植民地化闘争の世界史的流れに対抗する点からは無理からぬことである。現に日本も治外法権を認めさせられるなど不平等下に置かれた)。
 

Cimg5923式典は被爆者代表と小中高校生による「献水」で始まった。熱戦を浴びた被爆者が「水を!水を!」と言いながら息絶えたことへの慰霊の意味である。Cimg5925続いて遺族代表と長崎市長・同議会議長の献花。このあと11時2分の原爆投下時刻に合わせた黙祷が行われ、長崎市長が挨拶に立った。

 今年の挨拶の中で異例だったのが、この4月にジュネーブで80ヶ国の賛成署名を得て提出された「核不拡散条約(NPT)」に日本政府が署名をしなかったことへの言及であった。Cimg5935「世界の期待を裏切った」とまで述べる田上市長。Cimg5937日本よ、原点に返れ!賛同しなかった同盟国アメリカの顔色を伺っているのだろうか。それとも外交密約で署名するなとくぎを刺されているのだろうか。世界の多くは唯一の被爆国日本のイニシアチブを期待しているのに、このざまではまたがっかりさせるだけだ。Cimg5942米露だけで核弾頭の90パーセント以上を保有しているそうだ。この現状に呆れたオバマも大統領の一期目、就任して間もなく「核兵器の廃絶に向けて行動する」(プラハ宣言)と言っているではないか。Cimg5940_2

 日本が率先して堂々と核不拡散へのイニシアチブをとれば、オバマも同調する可能性はあったのに残念なことである。

 日本への原爆投下を指示した米国大統領トルーマンは「広島は軍事都市だから落とした。終戦を早め、これ以上の犠牲者が出るのを阻止したのだ。」と強弁した。異教徒の日本人なら無防備の民間人が何万人死のうとも、日本への最終上陸作戦で出るであろう米軍側の犠牲者が出ないことの方が大事だったらしい。

 ところが同じように落とした長崎の実態を知って「まずいな」と動揺があった。それが「浦上天主堂撤去の密約」に現れているのだが、こっちは異教徒ばかりの町ではなかったのだ。

 ナガサキはそういう経緯を含め、核弾頭保有国に対して、核兵器使用への抑止力の象徴として永遠に輝き続けるに違いない。日本がイニシアチブを取り、長崎において核兵器廃絶ひいては大量破壊兵器廃絶のための定期的な国際会議を開催したらどうだろうか。


















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