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星塚敬愛園夏祭り(鹿屋市星塚町)

 7月の末日、近くの星塚敬愛園で恒例の夏祭りがあった。

 夕方のウメの散歩のあと、庭の植物に水掛けをし、夕食を済ませてから歩いて敬愛園まで行く。7,8分の距離である。Cimg5773県道鹿屋環状線に面するいつもの敬愛園入口の雰囲気と違うなと思ったのは、何かの看板が立てられ、その周りに幟旗も立てられていることだった。Cimg5774二枚の看板が立っていて、一枚には「スローガン」とあり、ハンセン病問題の国会決議を励行せよ、というもの。下から二番目には「外部委託に反対する」とある。要するに、国の施設であり続けて欲しい―ということだろう。Cimg5775もう一枚のは「国立ハンセン病療養所における療養体制の充実に関する決議」というもので、ハンセン病問題基本法に完全準拠せよ―という内容だ。

 国会で決めた法律はそれが守られないと大きな不利益を被る人たちがいる以上は遵守されなければならないが、時代の趨勢によって必要以上の利益あるいは不合理が生まれて来れば見直されるのは当然である。それが民主国家というものであり・・・・・・、といっても今ここでつらつら論じても致し方ない話。

 午後7時過ぎ、いつもの場所(公会堂横の広場)に行くとすでに舞台では歌謡ショーが始まっていた。Cimg5776ブルーシートの上は観客で埋め尽くされている。大盛況だ。Cimg5777今回で35回を数えるという夏祭り納涼大会。歌謡ショーの主役は大川栄策と田川寿美で、まずは年少の田川寿美の歌で始まった。Cimg5785ただ、この歌手の大ヒットは何だったろうか、と思い出すのだが浮かばない。Cimg57844,5曲目からは舞台を降りて観客と対面して歌った。美空ひばりの「お祭りマンボ」をカバーしていたが、これはなかなか良かった。Cimg5786一通り唄い終わって司会者とおしゃべり。

―去年はご出産されておめでとうございます。お母さんになってまた何か新たな気分とかにー。

「ええ、それはもう、違いますね」

―今年の一月には出産後最初のシングルをお出しになりました。

「はい、花一輪という歌です」

―それでは、アンコール曲として花一輪を唄っていただきます。皆さん盛大な拍手をお願いします!

 というわけで、田川寿美はアンコールに応えて新曲「花一輪」を唄った。歌も歌声もきれいだし姿も良い歌手であるが、なぜか大ヒットに恵まれない。素質はあるが良い意味での「あく」がないのが欠点だと思う。しかしまずは息の長い歌手を目指してほしいものだ。Cimg5788次のステージはご存じ大川栄策。

 デビュー曲の「めん無い千鳥」を唄いながら現れた。懐かしい曲である。それもそのはず、唄い終ってからの挨拶で「デビューして45年になりました」というから、40年以上前のヒット曲である。

 まだ歌手としては駆け出しだったのにいい曲に恵まれたものだ。さすが同じ福岡は大川出身の古賀政男に弟子入りしたことだけはある。その後ややヒットは出なかったが、カラオケ定番曲の「さざんかの宿」に出会って完全にプロ歌手の仲間入りを果たした。

 「デビューしてから45年になりました」のあとには「・・・が、実は私はここで唄うのが夢だったのですよ。今日やっと夢が叶いました・・・」と観客を笑わせていたのであるが、驚くことに大川の母親は指宿の喜入町(現在は鹿児島市喜入町)の出身なのだそうである。

 だから、九州出身であるうえ母方は鹿児島というわけで、鹿児島にはやはり何か懐かしさを感じるのではないだろうか。母親というのは理屈抜きに懐かしい存在であろうから・・・。Cimg5790唄わないなどうしたんだろう―と思っていた定番の「さざんかの宿」はアンコール曲として歌われた。

 そういうプログラムになっていたのか。とまれ、持ち歌10曲の最後はおなじみの歌で締めくくられた。観客も満足したに違いない。

 広場から人々が三々五々立ちあがって帰りかけるのを見計らったように花火が上がり出した。Cimg5804Cimg5817_2Cimg5810終了したのは午後9時。

 ほんの15分の花火ショーだったが、暑さを吹き飛ばしてくれた。































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