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迫り来る第二次関東大震災

 今日は9月2日。実は昨日この情報を書こうとしたのだが、1日の夜中の2時頃に突然起きた雷雨でどうやら電話線か接続部分かにアクシデントがあったらしく、早朝の6時半過ぎにインターネットを使おうとしても全く繋がらなくなった。

 かかりつけのパソコン取扱店に依頼して来てもらったが、電話回線とパソコンの間にあるモデムに不具合が起きている可能性があるとしてその機種の販売者であるソフトバンクのサービスに連絡を入れてもらったところ、24時間後に回復するかどうかが分かるというのでインターネットは使えず、待っていた。

 するとほぼ24時間後の今日の11時半ごろになってやっとインターネット回線が通じた。それで、このブログを書き始めることが可能になった。まずは良かった。

 で、何を書くかというと、8月31日の夜9時だったか、NHKの番組『MEGAQUAKE:巨大地震』を見た感想である。「防災の日」を明日に控えてタイミングよく作られた番組だろうが、見ていて空恐ろしくなった。結論から言うと<房総半島の東側を震源とする巨大地震が間近に迫っている>という内容であった。

 番組ではまず実際に90年前の大正23年9月1日午前11時58分に発生した関東大震災の貴重な映像が流れた。これまでに見つかっていなかったフィルムがたくさん出てきたが、その惨状は2年半前の東北大震災と昭和20年3月10日の東京大空襲とが重ねあわされたような印象であった。

 特にひどかったのが「本所の被服廠跡地」広場であった。東京ドームの数倍の面積を持つこの広場に難を逃れてきた人々のうち、実に3万8千人が焼け死んだ。「火災旋風」という火炎放射型のつむじ風で吹き飛ばされた人もたくさんいたという。この大震災全体で亡くなった人が10万8千人というから、広い東京のあの一角だけで死者の3分の一が出たことになる。木造家屋がほとんどである地域に起こる大規模火災のすさまじさがよく分かる。

 揺れによる被害はむしろ東京よりより震源に近い神奈川県側に大きかったのだが、火災被害が全体の9割を占めたあの震災では過小評価されたのもやむを得ないだろう。

 ところで大正12年(1923)の関東大震災を未然に察知していた学者がいたそうである。Cimg6153東京帝国大学理学部助教授だった今村明恒という学者で、1923年を遡る18年前の1905年のことだったという。(以下の写真はすべて番組からのものである。)Cimg6154彼の予知手法は今もよく使われる大地震の間隔によるもので、再現録画の中の黒板に書かれた関東地方を襲った巨大地震の年代間隔から見て、もうそろそろ関東を襲う巨大地震があっておかしくないーと考えたのだ。確かに慶安大地震(同2年=1649)と元禄大地震(同16年=1703)との間隔はわずか54年、次の安政大地震(安政2年=1855)との間隔は168年。

 間隔に大きなばらつきはあるが、最短で54年であるからそれを当てはめると、安政2年からなら54年後の1909年頃に発生の可能性がある―と見たのである。Cimg6156その考えを基に今村博士が雑誌に「地震の損害を軽減するには・・・」という内容の論文を寄せた。Cimg6157ところが反響が大きく、当時のニュースメディアの格好の取材合戦の対象となってしまい、これに困ったのは、上司である地震学者・大森房吉博士であった。そこで大森は某雑誌に「弟子の説は浮説であるから惑わされないよう」という内容の一文を寄稿して鎮静化を図った。

 当時としては無理からぬことだったかもしれない。

 それでも地震は起こった。今村博士の発表18年後の1923年であった。安政大地震との間隔は68年。18年を長いと見るか短いと見るか人の感じ方によるが、地震学者的には「ごく短い」だろう。庶民としてはちょっと長い。だから関東大震災が起きた時に、「ああ、18年前に今村という学者が予言したとおりになったなあ」と想い起した一般人はほとんどいなかったに違いない。したがって今村の心配した「大地震災害を軽減する」方向には行っていなかったのである。

 現代は地震の研究調査も先端技術を使って大規模に行われているので格段の精度になって来た。とはいうもののとある場所でとある時間帯に発生しますーという予知までには至っていない。せいぜい揺れ始めてからすぐにテレビ画面に場所と大きさが出、津波のあるなしが報道されるくらいだ。

 それでも日夜、地震学者は研究に余念がない。

 このところ不気味なのが房総半島の東側だという。Cimg617990年前の関東大震災で主に震源だった箇所を積もって行くと、神奈川県の西にある箱根・小田原辺りからプレート間の摩擦によるひずみが解消され始めたという。その動きは東に向かって行ったが、どうやら房総半島でストップし、その東側はひずんだままだという。Cimg6195地殻変動図でも房総半島だけはほぼ全体が相対的に上昇しているのが分かる。これはもぐり込んで行こうとする海側からのフィリピン海プレートによる上昇圧によるひずみを解消していないことを意味するそうだ。Cimg6216海底観測による観測データ。これによると2013年現在、房総沖は他の領域を圧倒して上昇しているが、その高さは実に9メートルに達しているので、この部分のひずみの解消という地殻変動つまり大津波を伴う大地震はいつ起きてもおかしくないという。

 まさにクワバラ、クワバラだ。早いうちに避難しておくか、絶対安全な避難経路を確保して置いて欲しいものである。

 2020年に東京オリンピック開催が決まっても、それまでにひずみの解消が発生しない保証はない。確実にそれ以前に来ると思う。東京よ、オリンピックどころの騒ぎじゃない。早く分都を実行してくれ。皇居を京都に戻してくれ。これこそが全国民のためになる巨大国家プロジェクトではないか。





 








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