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2020オリンピック、東京開催に決定

 昨夜の報道では、IOC総会でオリンピック開催地決定の投票が行われて最終的に決まるのは日本時間の朝5時頃―とのことで5時に起きるつもりが5時20分であった。

 テレビをつけると各社が同じように「東京開催決定」の特番中で、どれも似たり寄ったりだったが、さすがに今回は東京が絡んでいるだけに各社とも総会地のブエノスアイレスはもとより競合都市のイスタンブールやマドリードまで特派員を送って現地の情景などを生で放送していた。Cimg6261(開催決定のあとの招致委員会メンバーの記者会見。ここには安倍首相も参加している)


 テレビ報道の機動性・即時性は、1964年(49年前)の東京オリンピックの時に比べるとまさに隔世の感がある。

 あの時自分は東京にいて中学校3年生だったと思うが、それ以前からもちろんテレビ放送は始まっており(1953年開始)、NHKほか数局(いくつあったか覚えていない)が放映されていたのだが、決定に至る過程など全くの埒外であったし、第一NHKさえ現地に報道陣を送ったかどうか定かでない。まして現地からの生放送(ライブ)など夢のまた夢であった。

 当時の体育科の教師が「新聞に載ったオリンピック報道関連はスクラップしておくように」とクラスに課題を出したのが、いまだに耳に残っている。社会科の教師ならまだしも体育科の教師がそんな課題を?・・・と驚いたのである。だが、驚いたのはそれだけではなかった。開会式はテレビで見たのだが、翌日の朝刊には一面に日本選手団の入場行進が何とカラー写真でデカデカと掲載されているではないか!

 その日からオリンピックが終わるまでの確か二週間、せっせとスクラップに励んだこと言うまでもない。良い記念であったが、今は手元にはなく、たぶん実家にも無いだろう。ぼくの頭の中の記憶にあるだけだが、それはそれでよい。

 今朝はいつも観るTBSのサンデーモーニングまでずっとこの報道で持ちきりだったが、司会者の関口宏が番組の中で、「祝勝パーティー」の途中だという安倍首相にインタビューを行っっている。Cimg6265 こんなこと自体も隔世の感を後押しするのだが、その中で月並みな応答より、個人的な感想を漏らした部分が面白かった。

 というのも関口が「64年の東京オリンピック開催決定時の首相は安倍さんのおじいさまの岸さんでしたが、今回は孫の安倍さんですから何か因縁がありますね」と問いかけると、安倍首相は、「そうですね、それもそうなんですが、実は総理大臣としてブエノスアイレスを訪問したのも祖父と今度の私だけなんです。そのこともあるんですよね」と答えているのだ。

 まさに二重の因縁ではないか。といってもそれは2020年の開催当時にまだ安倍さんが総理をしていればの話である。

 過去の例では、佐藤栄作首相が旧東京オリンピック開催の1964年から1972年沖縄返還の年までの約8年・三期を務めているから不可能とは言えないかもしれない。ところでこの佐藤さんは安倍さんの祖父・岸信介の弟であるから大叔父に当たるわけで、ここでも奇しき因縁を見ることができる。

 そこまで因縁がらみなら、安倍さんには「序でに」と言っては何だが、佐藤さんが三期目の仕上げとしてアメリカの占領下から沖縄を返還させたように、日本を永世中立国(武装はする)にし、アメリカの桎梏からの完全な自由を日本にもたらして欲しいものである。それを政治生命をかけた課題としてやり遂げれば、アメリカ以外の世界からは称賛を浴びるであろう。ノーベル賞受賞も間違いないだろう。

 この時、以前にもこのブログで何回か書いたが、国際連合から脱退する必要はなく、それどころか、

 「日本が現在の国際連合の<敵国条項>に入っているのは十分知っているが、そのことで脱退は考えない。もし必要とあらばわが国が敵対的な大量破壊兵器などを保有しているかどうかの国連監視部隊(ただし米軍に偏らない多国籍軍)を駐留させて構わない」

 と表明すればよい。日本は専守防衛以外の戦力を持たず、国際紛争には人道的支援に限定して参加することに徹すれば、これまた世界が称賛するに違いない。

 この話は「序でに」では済まない話なので、これ以上述べない。それよりもオリンピック開催の一件であった。

 自分としては日本で開催されるのは賛成だが、東京でとなると二の足を踏む。というのはやはり「地震」である。関口宏の安倍首相へのインタビューでも提示されたが、東京オリンピック開催へのクリヤーすべき課題が挙げられた中で「地震対策」について、何の言及もなかったのが気になる。Cimg6267オリンピック評論家が挙げたのは「震災復興・原発事故対策」「地震対策」「テロ対策」「スポーツ界の再編対策」であったが、投票日前日のプレスリリースにおける記者の質問で集中した感のある「原発事故による汚染水問題」は安倍さんが大見得を切ったことで鎮静した。だが大問題の「地震対策」はどうなるのか。

 関東周辺での大地震は目前に迫っているというのが、大方(特に海外の研究者・メディア)の見方であり、つい一昨日のどの番組か忘れたが「世界で危険な大都市ランキング」(?)というのが出た中で、東京および横浜が危険度ナンバーワンとされていた。確か2位の都市の4倍くらいの危険度と紹介されていたのである。東京の不動産なんかでも海外投資家が購入する際の保険金額はべらぼうに高く設定されているとも聞く。

 今からちょうど20年前の北海道南西沖地震(奥尻島への大津波)、17年前の阪神淡路大震災、8年前の中越大地震、そして2年前の東北大震災と、大量の人の亡くなる震災がここ20年ですぐに思い浮かぶほど多くなっているのに気付かないのだろうか?

 大地は揺れ始めているのである。

 今度の東京オリンピックではお台場とか夢の島とか海抜ほぼゼロメートル地帯を中心に開催されるプランのようだが、地震による揺れと津波に弱いところばかりをよくもまあ選んだものだ。早い時期に分都が必要だと考えている者にとってはおぞましく身の毛のよだつ選定に思われる。

 遠くの、たとえば那須地方とか松本地方などの完全な安全地帯での開催は「東京」と銘打っている以上不可能だろう。それなら同じ東京都内の八王子とか立川方面の奥武蔵地方でやればよいではないか。そこに副都心(副副副都心だろうか)を立ち上げるつもりで選手村を造り、競技施設を造れば開催後の分都の受け皿になろう。

 歳をとって来ると心配が先に立つ。心配の先に何もなければよいが・・・。

 

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