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分都と「還幸」

 一昨日は新潟県糸魚川市で10月としては観測史上最高気温の35.1℃を記録。その他の地域でも軒並みに30度以上の夏日となった。

 10月に入ってどこも異常な高温を記録している。太平洋高気圧の張り出しが依然強いのと、海水温が高いからのようだが、9月の彼岸前後にはぐっと気温が下がり、これで「夏日」とはおさらば、と思っていた地域が多いはずだ。

 それがこのありさまである。

 地球全体の異状というか揺れ戻しというか、何か異変を開始する前触れのように思われてならない。特に心配なのはやはり地殻の変動、つまり地震である。

 火山噴火も地殻変動の一部だが、マグマを吹き出すことで一応は収まる。収まると言っても溶岩流や火山灰に襲われれば、かなりの災害となり人命も失うわけだが、ある程度の前兆現象によって素人的にも予測は立つので、事前に逃げたり回避したりする行動をとる時間はある。(その逆の例が大正3年1月の桜島大噴火であった。住民が早くから噴火の予兆に気付いていたのに、測候所が「噴火はない」と言明したので、住民の避難が遅れ死者が多くなったのである。住民はのちに「・・・我らは科学を信用せず、自らを信ずべし・・・」という碑を建てている。)

 それに比べると地震の方は余地が少ない、というかほとんど無いに等しい。よく地震雲だとか、地磁気の乱れで地震の発生は予知できるというが、そういった雲や地磁気の現象が何分後、何時間後、あるいは何日後に発生する地震と具体的に結び付くのかについての統計はない。

 したがって余りにそのような現象に捉われて発信していると、「狼と少年」のような扱いを受けかねない。

 昔、中学生の頃だったが、塾に行っていた時の先生というのがこういったことをよく取り上げる人で、「関東大震災から70年後くらいには、富士山が大爆発して関東大震災クラスの震災が起こる」と言い、東京郊外の絶対安心な奥多摩に近い場所にもう一つ塾を作り、そこと東京の市街地とを行き来していた。奇門遁甲から派生した「気学」を信奉・研究していて、やたらに「運気を良くするにはこの方角に行ってみるとよい、ただし行くには時間帯というものがある」とか「寝る向きも大事だ」「一階建てを二階建てにしたらいけない」とか、よく言われたものだ。

 最後の「一階建てを二階建てにする」のを「御神楽(おかぐら)にする」という表現をしていたが、この「御神楽」でよかったか、あるいは「岡倉」か、いずれにしても一階建てに二階を建て継ぐのは工学的に見てよくないに決まっているので、間違ってはいないと思う。しかし他のは地震の予知と同じで、どの方角に行ったら宝くじが当たったとか、当たらなかったとか、交通事故に遭わなかった、遭ってしまったという幸不幸の発生に結び付くのかの法則は無い。せいぜい「イワシの頭も信心から」というような「幸福感」につながるくらいだろう。

 その先生が盛んに言っていた「富士山の噴火云々」が、最近取り上げられるようになってきた。ようやく時間がそこまで進んで来たというべきだろうか。確かにあれからもう50年近く経とうとしている。関東大震災(大正12年=1923)からちょうど90年、富士山の宝永の大噴火(宝永4年=1707)からだともう300年が経過している。

 2年前の東北大震災との関係も不気味である。現に東北大震災の直後には、富士宮かどこか富士山の山麓でかなりの揺れがあった。関係なしとは言えない。

 しかし富士山の噴火より怖いのは、何といっても地震である。房総沖、駿河湾、中南海トラフのいずれで起きても、首都圏は大規模な災害に見舞われるはずである。問題は時期ということになるが、自分の見るところ早ければ2020年のオリンピック以前だ。

 このオリンピックの開催による再開発・新開発ラッシュが始まろうとしているが、逆にこれを好機と捉え、まずメインとなる総合競技場関連はすべて臨海部ではなく郊外に建設して欲しいものだ。もちろん地震による津波や液状化現象を避けるためである。

 聞くところによると、近代五種競技を「武蔵野総合スポーツ公園?」とかいう場所に専用施設を作って開催するということだが、むしろこの施設をメイン競技場に格上げして整備すべきではないか。オリンピック後はそこを国際的競技や各種会議の拠点にすればよい。

 できればさらにそこには首都機能の一部を移し、「分都」の先駆けにしたらどうだろうか。たとえばスポーツ関連を担当する文部科学省、パラリンピックに関連する(?)厚生労働省などを移すのも一案だし、環境省も候補になるだろう。

 個々のことを言っても切りがないが、要するに霞が関中心の厖大な国家機関を分散すれば、過密で災害に脆い(ちょっとの大雨や雪で鉄道・バスが止まる交通マヒ、地下街の冠水)も少しは緩和するし、何といっても巨大災害である地震・津波による人命とインフラ被害を軽減できるはずである。

 しかしもっとも早く手を打ってほしいのが「皇居の移転」だ。東京維新政府成立以来、旧敵江戸幕府の本拠地・千代田城に、天皇が一君万民の「王政復古の象徴」として入城するという効果はもう過去のものとなった。また陸軍・海軍(武)の象徴であった明治帝国憲法下における「大元帥陛下」も役割を果たし終えた。

 京都は何と言っても1000年の歴代天皇の都であった。その名も「平安京」。京都市民にはかって「天皇はんを東京にお貸ししているんや」という気風があった。手ぐすね引いて待っていることだろう。

 京都御所は手狭で危険というが、そこは最先端のセキュリティ機能を取り入れればクリアーできると思う。宮内庁はもとより外務省なども京都に置いたらいい。各国の大使・公使も大喜びで京都に移住するだろう。

 東京から京都にお帰りになることを「還幸(かんこう)」と言うそうだが、この実現は世界的レベルの壮大なイベントになるはずで、「日本の国是とはまさにこれだ」という認識が国際社会に改めて印象付けられることだろう。

 これを潮に首都機能の分散から分都への動きも始まるといい。

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