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アンパンマンは「母親」の姿

 一昨日から今日のNHK夜7時半からの「クローズアップ現代」まで、漫画家でアンパンマンの生みの親やなせ・たかしの死を追悼する番組が多くのテレビ局で組まれていた。

 その中で必ず取り上げられるのが「弱いヒーロー」という特質で、人助けに自分の顔を食べさせて解決するという「自虐的」ヒーロー像はなぜ作られたのか―という点であった。

 理由で最も大きいのがやなせ・たかしの戦争体験で、「正義の戦争と言っても負けてしまった以上は、かれこれ言ってもしょうがない、飢えに苦しんでいる人をとにかく助けなくてはならない」と思ったのが原点ということであった。

 戦争体験をしたこともなければ、飢えに苦しんだこともない自分を含め、戦後生まれの多くの人間には遥かかなたの他国の出来事で関係ねー、と思われそうだが、実際に戦争体験をし、飢えに苛まされた経験のある人の言うことの前に、われわれ戦後世代は返す言葉もない。

 だが戦争による被害でも飢えの体験でもなく、今でも日常的に「自己犠牲なくしては成り立たない」役割を担った人々がいる。それは母親だ。

 母親はわが子のためには、たとえ火の中水の中、自己の犠牲もなんのその尽くしつづける存在である。自分の都合はさて置いて子どもを最優先する。まさにアンパンマンと同じだ。

 それだから、いつまでも子どもに慕われ、唄に歌われ続けている。社会に出て一人前になってからの「親孝行」というとその対象はほとんどが「母さん」だ。

 父親はそうはいかない、残念ながら・・・。子どものためには犠牲もいとわず子ども本位に考えるということはないからだ。やはり社会に出て仕事があるからだろう。

 父親が厳しく子どもに当たるのも、「社会に出たらそんな甘いことでは通用しないぞ」という戒めを担当しているのだ。だから子どもには煙たがれるが、仕方がないだろう。それが父親の大きな役割なのだから。

 だが、今日、母親も社会に出て働くことが多くなった。母親が父親化して来たと言ってもよい。子どもにとっては本来由々しき事態なのである。

 託児所が不足しているとか保育所が足りないーというような問題とは本質的に異なるのだが、社会はそこのところをちゃんと理解していない。つまり子どもの心を汲み取ろうとまではしていない。

 子どもはますます家庭内に居場所を失っていくか、あきらめて自堕落あるいは「テキトー」な人生を送らざるを得なくなるかもしれない。こういう子どもは増えることはあっても減ることはないだろう。

 子どもの大声で”それは違う”とは叫べない「声なき声を聴き」、嘆いているようには見えないが心の中では嘆いている「姿なきを見る」ことをしなければ、この国の未来は明るくない。

 出でよ、出でよ、出でよ!!! アンパンマンのような母ちゃん!!

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