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キャロライン・ケネディ新駐日大使の赴任

 アメリカの新駐日大使に決まったケネディ元大統領の娘・キャロライン・ケネディが来日した。何でも故ケネディ大統領が、アメリカの大統領として最初の訪日を計画していたが、凶弾に倒れたため果たせなかったその遺志を継ぎたいとのたっての希望で大使就任を勝ち取ったらしい。 Cimg7086 空港に到着したキャロライン・ケネディ。二人の女性SPが付いている。Cimg7085_2 記者会見では何と芭蕉の奥の細道の一節を引き合いに出して、いかに日本に来たかったかをアピールした。Cimg7081 故ケネディ大統領夫妻。

 ケネディ大統領は今からちょうど50年前の1963年11月22日、テキサス州ダラスの街中をオープンカーで移動中に、かなりの距離からのライフル銃の狙撃によって暗殺された。

 実はこの暗殺に関しては生々しい記憶がある。

 というのは、そのころ自分は中学2年生で、翌23日は同級生たち何名かとともにハイキングに行くことになっていた。勤労感謝の日の23日の朝早く、一緒に行く友人の家を訪ねて待っていると、別の友人がやって来て開口一番こう言ったのだ。

 「松ちゃん、ケネディ大統領が暗殺されたんだってさ」「ええっ!!本当かよ!」

 もう二の句が継げなかった。早く出て来たので、自分はテレビのニュースを多分見ていなかったのだと思う。<なぜ殺されたのだろう。アメリカという国は恐ろしい国だな・・・>などと感じたことを思い出す。Cimg7082_2 キャロラインは20歳の時に父の弟のエドワード上院議員と一緒に来日し、広島を訪れている。同じ訪日では京都などにも行き、日本への愛着を深めたらしい。Cimg7083 数年後に結婚をし、その新婚旅行では日本を再訪している。Cimg7078 一男二女の3人の母親でもある。

 キャロラインは知日派というよりは「親日派」だろう。政治的手腕はさほどない―とは大方の見方であるが、もともと大使の任務はその国との儀礼に関すること、つまり交際面が強いわけで、それだったらこの際ぜひやって欲しいことがある。

 それは彼女の口から直接天皇へは無理にしても、「天皇は江戸城にお住まいですが、それよりやはり千年以上続いた平安京(京都)のほうがお似合いです。歴史の浅いアメリカが逆立ちしても日本に及ばない最上の一点がそれでございます。」―と。

 そうすれば案外外務省が動き、首相をも動かし、天皇の京都への帰還(還都)が現実のものとして日程に上ってくるかもしれない。期待したいキャロライン・ケネディ。

(追記)

 11月19日、ケネディ新大使は皇居に向かい、天皇にアメリカ大統領の信任状を捧呈した。Cimg7090 新しく大使が任命されてわが国に赴任すると、東京駅から皇居までパレードをする。Cimg7098 パレードには「馬車」または「乗用車」が使えるのだが、ほとんどの各国大使は馬車をリクエストするそうだ。

 この馬車は明治時代に日本で作られたもので、「儀装馬車」とは儀礼用の馬車ということである。Cimg7095 馬車の中のキャロライン・ケネディ。あのあふれんばかりの笑顔は鳴りを潜め、緊張の面持ちになっている。Cimg7101_2 天皇に信任状を手渡し、軽く握手を交わす。右手の岸田外務大臣が手にしているのが信任状だが、シャチこばった姿勢でいるのが面白い。

 握手のあと、陛下は10分ほども「立ち話」をされたそうだが、どんな内容だったのだろうか。まさかキャロラインは「江戸城の皇居より京都の方がお似合いで・・・」などと言いはしないだろう。いくらなんでも、儀礼中の儀礼の席なのだから・・・。

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