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初詣2014(鹿屋市田崎町)

 午後3時過ぎに田崎町に鎮座する「七狩長(ななかりおさ)田貫神社」(通称・田崎神社)に初詣で。Cimg7662 夕方に近いが、かなりの車が初詣にやって来ている。Cimg7651 鳥居の手前の狛犬は5~6年前に立派なのが新調された。堂々たる大きさである。Cimg7653 ところが、鳥居をくぐり、石段を10段ほど上がった境内入口に、去年、一対のこれまた立派な御影石製の馬が備えられた。

 まさに今年の干支である「午年」に因んだものであろう。Cimg7656 参拝客は引きも切らずに訪れる。祭神は京都の上賀茂神社と同じ「別雷(わけいかづち)神」で、伊勢国の住人・田丸玄播という人が賀茂神社の分霊をここに招致した、という。Cimg7655 拝殿で参拝を済ませ、左手の奥に歩を進めると、そこには別宮がある。「西之宮」といって、これこそが本来の地元神で、「七狩長(ななかりおさ)」という地元の豪族が祀られている。(手前が西之宮の本殿。向うが田貫神社の本殿)

 田貫神社とは「田主神社」のことで、農耕を司る神(別雷神は稲妻を象徴とする神で、水と稔りを左右する神と言われる)であり、狩長は文字通りには「狩猟の主」で、もともとは狩猟の豊饒を司る神々だった所へ、農耕神が付加され、むしろ上位神となったもののようである。

 風変わりな神社名がそのことを物語っているのは面白い。

 『山城国風土記』の逸文によると、下鴨神社に祀られている「鴨建角身(かもたけつぬみ)神」は、曽の峰(霧島山か高隈山か)に降臨し、そこから大和葛城山に移り、さらに木津川中流の岡田鴨に移動し、ついに鴨川をさかのぼって京都の現在の場所に到り、そこに鎮座したという伝説を持つ神である。伊勢の国の田丸玄播という人はおそらくそのことを知っていて、当地に「本地返り」させたのではあるまいか。Cimg7654 田丸玄播の墓碑。「田丸玄播神」と刻まれた墓塔が祀られている。

 鴨神はここもだが、串良町下小原の万八千神社も賀茂氏が招致したというし、大崎町の「横瀬古墳」の前方部に祀られているのも賀茂神社で、大隅地域は加茂氏とのつながりが強い。この辺りのことをもう少し詳しく調べてみたいと思っている。Cimg7659 広い境内の向こうには樹齢900年という大楠が聳えている。その左隣のは二本に分かれたイチョウで、楠に比べると見劣りがするがあれはあれで結構な大木なのである。そういえば、イチョウは「鴨脚」と書くんだったから、加茂(鴨)氏を想像させる。(京都の賀茂神社は「葵の御紋」で、実は鴨の足の形を表しているとの説がある・・・)

 とまれ、本年の恙なく、穏やかならんことを!

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