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集団的自衛権について

 国会で集団的自衛権をどうするか、という論戦が始まった。Cimg7864 (写真は衆議院予算委員会で安倍首相に質問する民主党の岡田克也議員。)

 安倍政権では何としても集団的自衛権を発動できるようにしたい意向で、例えによく出されるのが、「もし(日本を守っていてくれる)アメリカ第7艦隊のイージス艦が敵(北朝鮮など)のミサイル攻撃を受けた場合、日本は憲法では他国との武力行使をしてはならない―とうたっているので助けることはできません、とアメリカに言えますか」―という答弁である。

 こういうことを言い出した背景には、あのアメリカの引き起こした湾岸戦争で、「ショウ・ザ・フラッグ」(現地で日本国旗を見せてくれ)というアメリカ側の要請にかかわらず、自衛隊を派遣しなかった日本が終戦後に90億ドルを提供したのに何ら感謝されなかった―というトラウマがある。

 あのような同盟国アメリカへの軍事支援が出来ない憲法を改正したいというのが安倍首相の狙いなのだが、しかしそもそも「集団的自衛権」というのは、米英が日本を降伏させた翌年に制定した「国連憲章」の条文(第51条)に登場した概念で、この際の集団的自衛権というのは英米主導の連合国に敵対した枢軸国(日独伊)とその同調国に対して、連合国側が「お互いに協力し合おう」と条文化したものであって、基本的には国際連合国家群の敵国になっている日本(第53条=敵国条項)は、残念ながら彼らの集団的自衛権を発動すべき対象国なのである。

 だから日本が「集団的自衛権を発揮してアメリカを助けましょう」ということは安倍首相がどう力んでもあり得ないのである。アメリカも期待はしていないし、認めようとはしないだろう。ただ、日本の国会での民主的な議論には内政干渉になるので口を挟まないだけなのである。

 米英は第二次大戦の直前に「大西洋憲章」を取り決めて、ドイツや日本の進出に対処しようとした。これが言わば「集団的自衛権」の走りであった。その後、日本の中国への進出を阻止すべく、1943年には中華民国の指導者・蒋介石を招いて対日戦線を共同で行うように取り決め(カイロ宣言)、また1945年2月には、こともあろうに共産ソビエトのスターリンを交えて対日戦線を共同で行うように秘密協定を結んでいる。

 どちらも「英米に敵対する憎き日本を封じ込める」ためである。そのためには共産主義者だろうが何だろうが、日本の敵に回ってくれればOKだったのだ。その場しのぎでしかなかった。

 その証拠に、日本が降伏すると間もなく中国では中国共産党軍(八路軍)が大攻勢を始め、そんな中国国内を「国内問題だから干渉しない」と、中華民国を裏切り、結局中国は共産党の支配下に置かれることになった。その挙句に朝鮮動乱では中国共産党軍が攻め入り、南北が分断することになってしまった。中華民国が支配していれば、こんなことにならなかったはずだ。

 ソ連との関係にしても、第二次大戦が終われば元の木阿弥で、英米とソ連は「鉄のカーテン」で隔てられ、ケネディ大統領の時にはキューバ危機(ソ連が同盟国キューバに核弾頭を配備しようとした事件)さえ起きている。二国間の冷戦は1989年にソ連が崩壊するまで、実に40年以上続いた。

 そんな英米とは水と油の関係にあるソ連(崩壊後はロシア)だが、戦後は一貫して国連の安全保障理事会の常任理事国である。おまけに中華民国に代わって中国共産党政府が常任理事国に居座ることになった。英米の自由主義に敵対する国がソ連と並んで二つも国連の主要国になったのである。英米もいい加減なものだと思わざるを得ない。

 日本が第一次大戦のパリ講和(ヴェルサイユ条約)のあとにできた国際連盟の常任理事国だったのが夢のようだが(ただし、国際連盟発足後12年して脱退したが)、仮に集団的自衛権を国会で承認されました、皆さんと同じように普通の国になりましたと言っても、日本が国際連合で常任理事国になることは、国連の発足経緯からして絶対無理なのである。 

 「かなりの額の国連分担金を延滞なく納めている我が日本を、いつまで敵国条項に入れておくのだ、いい加減にしろ!」と叫んでも、国連から英米露中(中共)がいなくならない限りは無理なのである。(ただしフランスは日本の敵国条項からの抹消を認める可能性が高い。)

 これが現実である。歴史的経緯からしてどうしようもないのだ。まさに「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び」を地で行くようだが、平和に徹して生きていくほかないではないか。そのうち英米露中以外の世界各国が日本へエールを送って来るだろう。

 英米、とくに安全保障条約を結んでいる米国の桎梏を離れるには、「武装永世中立」を宣言して集団的自衛権など考えず、つまり「大量兵器はなかった」と対イラク戦終了後にぬけぬけと言い放ったあの馬鹿ブッシュの率いるようなアメリカの「世界戦略」に引っ掛かることなく、粛々と世界の平和のみを考えるモデル国家になるべきだと考える。

 

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