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桜島大正噴火100周年

 今日の午後、KTSテレビ番組でラサール石井が司会する桜島特番があった。

 桜島の北部に位置する「黒神小学校」の教室を使い、京都大学桜島火山研究所長の井口氏を招いて小学生に桜島噴火のメカニズムと、100年前の大正3(1914)年1月12日に起きた大噴火の模様を学習するというものだった。Cimg8279桜島は今から2万5千年ほど前に現在の霧島市国分を中心に噴出した「姶良カルデラ」の南の縁相当する外輪山で、10500年頃に大規模に噴火して現在の姿になった。

 2万5千年前の噴出物が俗に「シラス」と呼ばれている火山灰で、鹿児島県のほぼ全域を覆い、厚い所では100㍍も積もっており、それまで住んでいた旧石器時代の南九州人はまず死に絶えただろうと言われている。

 10500年前の桜島の出現時の大噴火も相当なものだったが、 この時は生き残った人々は多かったようで、縄文草創期(11000年前以前)と縄文早期(10000年前~7000年前)とでは土器に様式上の連続性がある。早期の終わり頃には世界で最も古い「壺型土器」が作られるほど先進的だったのだが、6500年頃に起きた南海上の「喜界カルデラ」の噴出で縄文早期の先進文化は壊滅してしまった。Cimg8273 夕闇に映える桜島の噴火(この写真は徳島県の写真館経営の人が桜島の小噴火にほれ込んで月一くらいの割合でせっせと足を運んで写した作品である。)

 100年前の大噴火によって桜島が大隅半島と地続きになったのはよく知られているが、死者の数が58人だったことまで知る人は少ないだろう。Cimg8264 さらに桜島には当時2万人近い人々が暮らし、5つほどの集落が呑み込まれて移住を余儀なくされ、鹿児島市はもとより大隅半島の各地に入植しているのであるが、他県人には知られていないと思う。

 けれども10数年前に東京都の三原山が大噴火を起こし、全島民が避難したことがあったので、そのことを思い出せば桜島の噴火の大きさと苦難が想像できるだろう。

 桜島はその後もしばしば小噴火を繰り返し、降灰は春から夏は鹿児島市を中心とする薩摩半島に、また秋から冬にかけては大隅半島に被害をもたらしている。Cimg8281 そんな桜島に住むお年寄りは、「桜島は大噴火を起きさえしなければいいところだ」と言う。降灰や爆発・噴火の恐れを口にしても仕方がない、気候温暖の恵み、海の恵みといういいところだけを前向きにとらえてこう話す。 Cimg8284 降灰のため、時には目を開けて歩けないような日もある鹿児島市内の住民もやはり前向きだ。

 このように火山の爆発・噴火を日常的に目の当たりにしてもなおここに暮らして行く鹿児島県人、熊本県人 そして一部の宮崎県人の気質は「火を恐れず、共に生きる」ということから神話上「ホスセリ(火須勢理)」(火が勢いよく燃え盛る)とされる「隼人の祖」にダブってくる。

 隼人以前の南九州人は「熊曾」と言ったが、「熊」は「能」+「火」の合成語で「火をコントロールできる」と言う意味であり、これはさっきの隼人の祖「ホスセリ」と同義と言ってよいのである。また、熊という動物は動物の中では珍しく火をこわがらないそうだが、その意味で「能+火」の「熊」という字をあてがわれたに違いない。

 先日(3月16日)、「三国名勝図会から学ぶ歴史講座」で、頴娃郷について学んだのだが、その中の「開聞神社」(かいもんじんじゃ。「ひらききじんじゃ」ともいう)の項で、開聞岳の大噴火で神社は壊滅的な被害を受けた―という記事を読んでいて「これあるかな」といたく感じ入った部分があった。

 それは貞観16年というから西暦874年のことであったが、開聞岳の大噴火と開聞神社の大惨禍が大宰府を経由して朝廷に報告されると、「開聞神山」の怒りを鎮めようとして勅使を差し向け封戸2000戸を神社に賜ったという。

 それはそれでいいのだが、勅使に立った人物がすごいのだ。何と右大臣・藤原基経が勅使としてはるばる開聞までやって来たのだそうだ。当時の天皇は清和天皇、左大臣は源融、そして右大臣が基経。都を去ること数百里の辺陬の地に時の最高クラスの顕官がわざわざ下向して開聞岳の噴火を「神の怒り」とし、それを和らげようとしたのである。(基経は不比等の次男房前の子孫でその6代目が道長)

 いかに当時、火山の噴火が畏れられていたかがよく分かる記事で、このような土地柄の地に住み火(山)と共に生きる南九州人は、ある種の「畏敬の念」をもって見られていたと類推しても構わないだろう。

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