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鹿児島(かごしま)の語源

 5月25日(日)の大隅史談会第1回月例会記念講演に来ていただいた古代史・隼人史の研究者 中村明蔵先生の講話の中で鹿児島のいわれについて、「鹿児島という地名は、桜島が中心部にあり、この火を噴く山を“かぐしま”(かぐは火の神カグツチのカグ)と呼んだことから地域全体がカグシマとなり、そこからかごしまに変化したのだろう。鹿児という漢字に囚われてはいけない」ということを述べられた。

 つまり「かぐしま」から「かごしま」への訓音の変化があったとされたのであるが、その時、ふとそのような転訛は起こりえず、九州・沖縄方言の原則からはむしろ「かごしま」から「かぐしま」の変化なら有り得るのだが・・・(オはウになる。またおおむねエはイになる)、と首をかしげた。このことは大隅史談会のホームページの中の「月例会情報」→「第1回5月25日」の部分の最後に疑問として付け足しておいたのであるが、『三国名勝図会』(薩摩藩の地理歴史百科全書。天保14年成立。現在は青潮社版全4巻本が公開もしくは入手可能)を調べると、鹿児島及び桜島を「カグ島」と呼んだことはないことが分かった。

 以下に手短に論拠を抽出しておく(引用はすべて青潮社版による。漢文は読み下し文に、また年号等はアラビア数字に変えてある。※は私注)。

1、鹿児島の項(第1巻 63ページ~66ページ)

 「鹿児島」の初見は、『続日本紀』天平宝字8年(764年)に、「12月、大隅・薩摩両国の境、(中略)麑島信爾村の海に於いて…」とあるのが最初である(麑は鹿児の合体字)。

 『三代実録』貞観2年(860年)に、「春3月20日、庚午、薩摩国、鹿児島神…」。

 『延喜神名式』に「大隅国、鹿児島神社」。

 『倭名抄』に「薩摩国、鹿児島、加古志萬(かこしま)」。

 「鎌倉右大将公御教書」(頼朝公の下文)には国字で「かごしま」。

 (※初見の時以来、鹿児島はずっとカゴシマである。)

2、鹿児島神社の項(第3巻 国分郷 37ページ~40ページ)

 「鹿児島」の語源には二説ある・・・①「籠」説 と ②「鹿子」説

 ①は、いわゆる天孫降臨神話で天孫の二代目「ホホデミ命」が龍宮に出かけた際に「無目籠(まなしかたま)」の船を使ったことから、出発地の南九州を「籠島」とした―という説。

 ②は、「鹿児」は“天鹿児弓”“天真鹿児弓”があるように「鹿の子」ではなく「鹿」その物を指し、また応神天皇紀に見える「鹿子水門(かこのみなと=兵庫県加古川市の地名譚)」の説話で、南九州の諸県君牛諸井(もろかたのきみ・うしもろい)が瀬戸内海を渡って来るときの姿(角の付いた鹿皮を身にまとって航海していた)が天皇を驚かし、その船団が着いた所を「鹿子水門」と名付けた例がある―という説。

 南九州諸県の船人の話から船人を「水主・船手」とも書いて「かこ」と読むうえ、鹿児島は古来鹿の生息地であり、鹿皮も上納もされていたことから ②の「鹿子」が当て字されて「鹿児(子)島」となったと考えられる。

 (※伝説の中でも「かぐしま」は無い。)

3、桜島の項(第3巻 903ページ~906ページ)

 大永年間(1420年代)に、巣松という僧が『乱道集』を著したが、それによると「向島(桜島の通称)がひとたび歌集に載って以来、“桜島”と呼ばれるようになった」とあり、大永年間以前は「向島」それ以降は「桜島」と呼ばれた。

 (※桜島も「かぐしま」と呼ばれたことは無かった。)

 以上から言えることは、「鹿児島(麑島)」という地名は奈良時代後半以降に使われており、一度も「かぐしま」と表記されることは無く、また桜島も「火の島」であるにしても、一度も「かぐしま」と表記されることは無かった。したがって<鹿児島=桜島=かぐしま>説は成り立たないことが分かる。

 

 鹿児島の語源は上の中では2の②説が最も説得的で、船人を「カコ(水主・船手)」と呼んだことと、鹿の皮を上納品としたことがある南九州の地を「船手(かこ)の島」と呼び、漢字は「鹿児島」としたものであろう。これが一番合理的な解釈だと思う。

 私見ではこの「船手(かこ)」の内でも半島方面にまで船足を伸ばした者(族)を、「鴨」(族)と考え、そのような族人が多数蝟集していた地域を「鴨着く島」(かもどくしま)と表記したと思っている。

 南九州人は縄文中期(4000年前)の頃から黒曜石の入手のために北部九州まで船足を持っていたことは確実で、縄文後期(3500年前)頃の大隅半島を中心に多量の市来式土器を残した市来式時代人は南は沖縄から北部九州・半島南部にまで足跡を残している。

 このような南九州人の特に海に特化した属性を「鴨族」と称し、この「かも」は「かこ」の転訛である可能性が強いと思うのである。

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