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御嶽山の噴火事故

 木曽の御嶽山(おんたけさん=3056m)と言えば、よく知られた民謡「木曽節」で、いの一番に謳われている名山だが、9月27日(土)の11時52分、突然噴煙を上げた。Cimg0553 NHK夜7時半からの「クローズアップ現代」(9月29日)では、番組制作のため御嶽山を登って撮影していたクルーがその最中に、噴火に遭遇し、カメラでとらえた様子を放映した。Cimg0549 撮影クルーは噴火の50分前に8合目の王滝山荘に到着し、連休の土曜日とあって多くの登山者に出会っている。その時点では前触れらしきものは何もなく、至極ふつうの著名登山地の姿を写していた。

 クルーはこのあと数十分で山頂に到り、それから北にある摩利支天岳(2950m)に移動し、そこから御嶽山の山頂方面を撮影していたが、まさにその時に突然白い積乱雲のようなものがモクモクと昇りはじめたという。

 最初、噴火とは気づかず、しかし雲にしては動きが早過ぎると悟り、「噴火した」とクルーの誰かが叫んでいたのである(最初の画像)。

 摩利支天岳は御嶽山山頂からわずか750mしか離れていないが、それでも大爆発のような音は聞こえていなかったという。Cimg0538 9月30日NHK朝のニュースでは、死者・心肺停止者併せて36人という。まさに「想定外」の大惨事になってしまった。Cimg0529 かなりの大きさの「噴石」が飛び(UFOではない)、Cimg0532 100度に達する熱と火山灰、そして硫黄分を多量に含んだ熱風が登山者を襲ったのである。Cimg0547 登山口まで無事に降りてきた登山者の灰まみれの姿にはびっくりする。

 予兆はなかったのか―と誰しも思うのだが、噴火の一週間前に突然の群発性地震が山頂部には起こっていたのを気象庁の火山観測を統括している部局では認識していた。しかし2日ほどするとパタッと地震が収まったので、「入山規制」につながる「レベル3」に格上げすることはしなかった、そうである。

 結果としてはレベル3に引き上げて入山規制すべきだったのかもしれないが、それはあくまで結果論であって、山頂付近にいた登山者も噴火直前までまさか吹き上げるとは誰ひとり予期しなかったほどの突発的噴火(水蒸気爆発)であってみれば、気象庁を責めることはできまい。

 ここは、自然現象のしからしむるところとし、亡くなった人の浄福を祈りたい。山好きは純な人々が多いから、きっと真っ直ぐに往生されるだろう。

 ※桜島はこの40年近く、入山規制に当たるレベル3が適用されているから、こういった事故は起きようがないが、ちょうど100年前の1月12日には島の2割ほどの地区が熔岩に埋まるほどの大噴火を起こし、対岸の鹿児島市と合わせて58人が亡くなっている。

 規模に比べて死者の数の少なかったことは意外だが、つね日頃から火山の脅威と恵みに親しんでおり、ちょっとやそっとの異変ではどうもなかった(どうもないような暮らしぶりだった)。

 自然現象への信仰心にも似た畏怖(おそれ)を持っていたからだろう。
















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永遠のマドンナはリリィか、それとも・・・(寅さんシリーズ特別編)

 去年の10月だったか、寅さんシリーズ「男はつらいよ」をBSジャパンで48作全部を放映するということで、毎週土曜日夕方を楽しみに観ていたが、先週の土曜日に最後の48作目「寅次郎ハイビスカスの花」で終わったかと思ったら、今日、「寅次郎ハイビスカスの花・特別編」が放映された。Cimg0459 これは何作目かは忘れたが、マドンナ役二度目の地方回りのクラブ歌手・浅丘ルリ子が沖縄に行った時に身体を壊し、とある病院に入院した際に寅次郎が沖縄まで出向き、親身の世話をする―という内容のもので、二人がしばらく沖縄の同じ民家に厄介になるという物語である。Cimg0457 だが、この映画には導入部があり、寅さんの甥の満男が「20年前の出来事を回顧する」という設定になっている。Cimg0428 沖縄の病院で、まるで夫婦のようにリリィに親身の世話をする寅次郎。Cimg0458 同じ病室の患者たちとも打ち解けて笑わせる寅次郎。主題歌を渥美清でなく八代亜紀が唄っていたが、これは寅さんこと渥美清がこの特別編を製作した時にはすでに死んでいたことを間接的に表現したものだろう。Cimg0433 沖縄の民家で、「あたしも身を固めたいわ」とそれとなく寅さんへのラブコールをするリリィに対して、「所帯を持つという柄じゃないよ」とまたしても引いてしまう寅次郎。

 このあと「あんたは女の気持ちが分からない!」とリリィにたしなめられるが、やはり薄らとぼけてしまう寅次郎。Cimg0441 沖縄では喧嘩別れをして離れ離れになるが、いつしか「とらや」に現れるリリィ。このとき寅次郎は「お前と所帯でも持つかなあ」と言ってしまうが、言ったあとにはっと気づき、すぐに前言を翻す。

 再びリリィは帰って行くが、寅次郎と妹のさくらが柴又駅まで見送る。リリィを乗せた電車のドアが閉じかかると、寅次郎は「幸せになれよ」とリリィに最後の言葉を掛ける。

 結局、寅次郎とリリィの恋は成就しないで終わる。Cimg0448 寅さんとリリィの沖縄での恋が終わって20年後に、満男が回顧しつつ柴又の帝釈天通りを歩いて行くところで「ハイビスカスの花・特別編」は大団円を迎えた。

 寅次郎の恋はすべて成就しないが、ただひとりリリィ(浅丘ルリ子)とは所帯を持つ寸前まで行った。しかも浅丘ルリ子のマドンナ役は三回あった。もし寅次郎が結婚をするとしたらリリィしかいないだろうとの余韻を残しながら、寅さんシリーズは終わった。

 これでいいのかもしれない。

 しかし本当のマドンナは実は妹さくらだったのではーと考えもする。幼い頃に母に捨てられたトラウマを持つ寅さんは、腹違いだが妹のさくらこそマドンナと思っていた節がある。

 43作目だったか、寅さんが柴又に帰って来て再び旅に出る際に、さくらに向かって「お前の顔も見たし、さて稼ぎに行くとするか」というようなセリフを吐いていた。

 さくらは妹だが、そこに自分を常に肯定的に受け入れてくれる母親的な存在感を見出していたのである。

 古来の伝統に「おなり神」という観念があり、「おなり」とは姉妹のことで、兄弟にとってはやることなすことを肯定的に祈りをもって後押しや見守りをしてくれる有り難い存在であった。

 さくらは寅さんにとってまさに「おなり神」そのものであった。さくらこそ「永遠のマドンナ」なのではないだろうか。













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満開の彼岸花(鹿屋市池園町・横山町)

 台風16号が発生してから南九州は曇り空か雨模様かのどちらかで、晴天には見放された感じの日々が続いたが、今日は久しぶりに快晴に近い晴れ間が広がった。

 今年の彼岸花はちょうどまさに彼岸の入り頃からあちこちで咲き始め、23日の中日を過ぎてもまだ次々に独特の姿を見せ続けている。Cimg0376 我が家から東へ500㍍ほどの畑の畦に、いつもながらの彼岸花が満開を迎えていた。

 向こうに見える山々は肝属山地の主峰群で、左から国見岳・黒尊岳・甫余志岳を繋ぐ稜線。海抜900㍍内外のトレッキングルートだ。Cimg0377 南方面の背景は横尾岳山系で、こちらは我が家から4キロと近く、500㍍を少し下回る稜線が続いている。Cimg0379 北は大隅半島の主峰・高隅連山。

 こんなにくっきりと四周の山々が望まれたのは9月に入って初めてかもしれない。それほどこの9月は晴天に恵まれなかった。

 よく見ると、彼岸花のちょうど直線上には霧島の高千穂まで見えるではないか。Cimg0380 彼岸花の向こうの畑で深くUの字にえぐれた先に、うっすらと青く見えている。こっちはもっと久し振りで、おそらく8月以来初めてではないかと思う。

 午前中は昨日までの湿気が残っていて蒸し暑かったが、午後になってから快晴かつ西風のおかげで湿度がぐんぐん下がって空気が澄んで来たのだろう。

 町中で見かけた彼岸花の群落では今年のニューフェイスと思われるのが、横山町の県道交差点近くにあった。Cimg0383 歩道の先は信号のある交差点で、歩道と椿か山茶花の畑(植木販売用)の間に赤と白の二種類の彼岸花が列をなして咲き誇っている。

 右手前にずっと続き、その列の長さは50m近くあるだろう。Cimg0388 去年まではなかったので今年の春に球根を植えたと思われる。来年以降はちょっとした名物になりそうだ。
















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小烏神社の相撲大会(鹿屋市野里町)

 鹿屋市の野里地区には大津と呼ばれる地区があり、そこの鎮守を小烏(こがらす)神社という。

 毎年9月23日には神社の下の広場で「野里消防団大相撲大会」が開催される。今年で62回とかで、戦後の疲弊した近隣地区の意気を高めようと始められたようである。

 我が家からは北西に5キロほど離れており、神社は広大な野里田んぼを見下ろす位置にある。

 神社へは高須川に架る大津橋を渡るが、その橋の手前に田の神がある。Cimg0360 この田の神は約250年前に製作されたもので、端正な造りで年代もはっきりしているということで県指定の文化財になっている。

 田の神様は広い野里大津の田んぼを見守っている。Cimg0366_2 もう間もなく刈り入れを迎える田んぼは黄金色に輝いている。左手奥にこんもりとした森になっているところが目指す小烏神社だ。Cimg0359 神社の近くまで来ると、なるほど消防団の主催らしく、中型の消防車がでんと構えていた。Cimg0351 雨は落ちて来ていないが用心のためだろう、観客席から土俵まで大きなブルーシートで覆われている。

 土俵では小学生の取り組みで、地区別の団体戦らしい。Cimg0352 いくつかの対戦が済み、最後の大将戦は一方の不戦勝であった。土俵下に勢揃いして勝ち名乗りを受ける。

 さてこの相撲が奉納される神社を「小烏神社」というが、珍しい神社名である。鹿児島県神社庁のホームページによると祭神は「ヒコホホデミノミコト」で、創建の由緒は不明であるという。Cimg0353 しかしインターネットで「小烏神社」を検索してみると、山口県の防府市に同じ小烏神社があり、そこの祭神は「八咫烏(ヤタガラス)」となっている。Cimg0355 ヤタガラスは南九州からのいわゆる神武東征のとき、熊野の山中で道に迷った一行を導いたカラスで、別名は「賀茂建角身(かもたけつぬみ)」である。

 カモタケツヌミは京都にある下鴨神社の主神で、下鴨神社は京都では最も由緒の古い神社である。その主神カモタケツヌミは『山城国風土記逸文』によると、遠い昔に「曾の峰に天下りした神」であるという。そして「神武天皇一行の御前に立って先導した」というから、まさにヤタガラスと同じことをしている。

 そんな祭神がここに祭られている由緒は不明とはいえ、南九州から神武やカモタケツヌミが出発して大和地方にあるいは京都の鴨川の上流に到達したということがまんざら嘘ではないように思われるのだ。Cimg0357 普段は参詣客の少ない神社にも今日は人の気配が濃厚である。このあたりにしては大きな立派な鳥居の向こうに豊かな田園が広がっている。

 京都の賀茂神社の祭礼といえば何と言っても「葵祭り」だが、実は「カラス相撲」という神事もある。ヤタガラスの故事に因むものだが、ここ小烏神社の相撲大会はもしかしたら賀茂神社のそれを倣ってのものなのかもしれない。

 そうなると県の神社庁の祭神「ホホデミノミコト」は当たっていないのではないか。京都の賀茂神社の方に縁があるとした方がよいだろう。

 今でこそ消防団主催の勝ち負けに特化した「大相撲」になっているが、本来は賀茂神社の場合と同じように「相撲という神事」だったのではないだろうか。このあたり調査の要ありとみた。 

 







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「かぐや会」のみなさんへ

 東京都立旧小石川高校昭和43年卒A組のみなさん、お元気でしょうか。

 わたくしこと松下高明も、何とかどうやらこうやら南の果ての鹿児島県大隅半島の鹿屋市というところで暮らしております。

 何でそんなに遠い所にいるのか―と言われても、理路整然ここに至った経緯を、つぶさにはそう簡単に説明するわけには参りません。

 どうかそこら辺のところはお汲み取りを願いまして、とにかく現在ここ鹿屋市に存在しているという事実だけを認識していただければ幸いでございます。

(・・・たった今しがた、例の寅さんの再放映(BSジャパン)を観終わったばかり、その余韻の中でこのメッセージを書いる関係で、若干寅さん風の言い回しになってしまいましたが、お許しください。

 まあしかし自分の人生を寅さんに重ねてしまう一面もあって、この一年は毎週のように―観られないときは録画して―楽しませてもらいましたよ。)

 そこでまずは現況をーCimg0342 これが今朝8時頃に撮った最新の松下高明です。間違いありません。本人です。

 撮影した家内が「お父さんボタンを上まで止めたら」と言うので、ボタン一つだったのをもう一つ上まで止めたのですが、何か窮屈そうで、止めなければよかったとパソコン画面で見ながら思いました。が、これが現実というものです。

 うしろの壁面に見えるフォトフレームのうち、僕の頭の左手に半分見えているのが息子で(嫁は隠れている)、頭の右側のが孫の写真です。女の子二人で、下は今年の1月に生まれました。岡山にいます。Cimg0348 雨が降っていなければ、いつものように朝6時の散歩に出る犬の「ウメ」と一緒に撮ろうかと思ったのですが、これが玄関前での全身写真です。一人です。

 雨の中を家内が頭にバスタオルをかぶって撮ってくれました。感謝です。ついでにどうして家内と一緒に撮らないか―との疑問にはパスします。

 僕もですが、家内はもっと○”○”なので遠慮したいそうで、僕もそれには賛意を表しました。悪しからず。

 ちなみに自分は2か月前まで80㌔ありましたが、夜8時以降は固形物を一切摂らない―というやり方でダイエットを始めたところ、2か月後の現在、75㌔にまで落とすことに成功しました。実に単純な方法ですので、同じ悩みの同士諸兄にはお勧めします。

 娘も一人いますが、去年結婚しました。子供はまだいません。

 今は寅さん的生活が祟って、アルバイトなどして暮らしを補っています。現在64歳と8か月、あと4ヶ月で満65歳となれば年金が満額になるはずで、そうなっても大した額ではないのですが、まあそこそこの暮らしは可能かと思っています。

 ところで趣味は結構多彩で、一つには歴史関係、もう一つには音楽関係があります。(パソコンや家庭菜園や寅さん映画の観賞などは入れていません。)

 歴史では《大隅史談会》という会の会長をやっています。大隅地域のあらゆる歴史事象を調査対象に扱う歴史研究会で、創立63年目という由緒ある団体です。しかし御多聞に漏れず、会員や役員の高齢化で前途多難です。

 自分としては邪馬台国問題から古代史までの範囲を中心にやっていますが、やればやるほど蒙を開かれる思いがして興味が尽きません。

 幹事の矢口氏宛てに最新号『大隅57号』をお送りしますので、興味のある人は是非覗いてみてください。(このブログもホームページも見てやってください。)Cimg0349 最新号『大隅57号』。

 毎年4月末に発行しています。200ページ内外で会員や客員の論稿を集めて編集しています。地方史としては結構歴史も内容も濃いものがあると自負しています。

 ※史談会では年に二回の役員会(8名)がありますが、この日取りを決めるのに以前はまず8名全員に3~4個の日程を通知し、返事を貰うわけですが、全員の都合の良い日が1個でもあることはまれで、いきおい別の日取りを提示するようになったり、最少の欠席者で済む日取りを選ばざるを得ないようになったりします。

 いずれにしてもハガキ→電話→再電話(不在)→再々電話というように何度も何度も連絡する羽目になり、時間のロスやイライラは大きいものです。

 そこで僕は日取りを固定してしまうことにしました。具体的に言うと、一回は4月29日(みどりの日=昭和天皇誕生日)、もう一回は12月23日(現天皇誕生日)にしました。すると役員は他の用事に当てる日程をこの二つの日だけ空けざるを得なくなります。なにしろ一年前から分かっているわけですから。

 以上の方策で役員会日程の日取り決めの煩雑さから解放されました。実に楽です。あとは当日の参加不参加を問う一回の電話だけで済みます。

 来年からは是非そうしてください。もっとも来年は32歳で亡くなった弟の33回忌(12月5日)があるので東京の実家へは必ず行きます。できれば12月5日に近い日程でお願いしたいという希望です。

 もう一つの趣味は音楽で、特に沖縄民謡にはまり、60歳の時に三線(さんしん)を習い始めました。僕の父が奄美の出身で、子供のころに「島育ち」「島のブルース」などをよく聞いていました。そんな環境が多少影響しているようです。

 9月18日には、娘の勤めている介護施設で「敬老会」があり、余興に3曲ばかり披露してきました。Cimg0302 余興のトップバッターとして「星影のワルツ」「島育ち」「おおすみ慕情」の3曲を唄う。

 星影のワルツは施設職員から、「良かった」と言われました。さらに研鑚に励んでレパートリーを広げるべく、日々の楽しみにやって行こうと思っています。

 乞う!ご期待。いずれ御目もじを願っております。

 矢口氏はじめ幹事、同窓のみなさん、そして竹内先生の御多幸・御清祥をお祈りいたします。またの機会まで、ごきげんよう。

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とある敬老会にて

 今日は娘の勤めているグループホームに勤務者の親として招かれ、半日を過ごした。

 家内は行けなかったので自分だけだったが、場所が変わっていて、大隅湖畔に建つ「カピックセンター」というアジア農村研修センターのレストランで行われた。Cimg0283 11時に準備方々集合し、12時からバイキング形式の昼食会。入所者の家族、勤務者の家族を含め、50人ほどが一堂に会した。Cimg0302 1時過ぎからの余興にトップバッターとして得意の(?)三線(さんしん)を披露した。三曲を唄ったが、最後の一曲は自作の「おおすみ慕情」を披露。本邦初公開(!!)。

 高音部に苦労したが何とか様になった。

Cimg0305 そのあとは日本舞踊の股旅もの。おんとし70余歳が、網タイツを穿いて・・・。Cimg0309 こちらは80歳の姉さん姿。動きはいまいちだったが、小柄な身体で愛想を振りまく。Cimg0308 驚かされたのが、90歳と4ヶ月というマジシャン。マジック用の小道具類をたくさん用意して、「今日は時間が余りないから、半分だけやります」とのたもうて、ずいぶんやった。

 トークもしっかりしていて、とても90歳には見えない。「去年の今頃に大腸がんの手術をした」とこともなげに言うではないか。それなら立って歩くだけでも大変だろうに、畏れ入った。お見事!Cimg0315 次に、4年前に三線(さんしん)を習った時の一年先輩の方々4名が「安里屋ユンタ」をはじめ7曲を演奏した。

 聞けばあちこちに慰問に出かけているようだ。ついこの前には桜島の施設に行ったという。

Cimg0317 最後は施設職員による仮装踊り。Cimg0322 定番のおはら節総踊りでお開き。ちょうど3時だった。

 小さな施設とはいえ、介護の現場はなかなか大変だ。






















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敬老の日に思う

 今日は町内会主催の敬老祝賀会があり、今年は班長(全部で9班)を務めているので公民館での行事に参加してきた。

 70歳以上の高齢者が対象で、参加者は65名ほど。実際の人数は165名というから参加率はわずか4割である。病弱だったり入院中だったりのお年寄りは無論参加はできない。

 それよりも70代前半の人たちはほとんど参加していないことの方が大きいらしい。まだ年寄りには入らぬ―と粋がっている面もあるが、恥ずかしさが先に立つようである。

 たしかに出席者の面々はほとんど80代で、自分たちの先輩方との同席は話の合わない気まずさもあるのかもしれない。

 11時半に始まって、町内会長や同じ町内の市議会議員や地区の中学校の校長先生の祝辞があり、それから乾杯の音頭を高齢者代表がとって祝宴となった。(町内会長の話では、今年は町内から満100歳が誕生したそうである。)

 祝宴といっても女性参加者が多いので、焼酎だ、ビールだと飲み干す人は少ない。目の前のテーブルに置かれていた仕出し弁当をぱくつくだけである。

 おおむね弁当が空になる頃、カラオケが始まった。4名の高齢者が唄ったが、達者なものだった。

 カラオケの後は「ビンゴゲーム」による賞品獲得。獲得といってもすべての出席者の分だけあり、賞品の種類は豊富だがどれも同程度の金額の物であるらしい。

 だからビンゴはただ賞品を選んで持って行く順番を設けるためたけの、いわばダミーゲームだ。でも数字を読み上げられて自分のビンゴ表に該当する数字があるかどうかを探すスリルがちょっぴり味わえて、お年寄りの頭脳へは良い刺激になったかもしれない。

 1時過ぎには終了となり、みなそれぞれ満足げに帰宅して行った。

 夜7時のNHKニュースによると、65歳以上の高齢者の数は、Cimg0251 今日の時点で約3300万人。今年、団塊世代の昭和24年生まれが65歳になったので、去年より111万人増えたとか。Cimg0252 去年、65歳以上の人口の全体に占める割合が25パーセントを越え、今年は25.9パーセントになった。

 国民の4人に一人が65歳以上という「超高齢化社会」が現実になってしまった。Cimg0254 驚くのはまだ早い。あと20年経つと、65歳以上は33.4パーセントで国民の3人に一人が高齢者と予想されている。よほどのことがない限り、これは現実化するだろう。

 しかしわが町内会では、とっくの昔にこのようになっている。都会の場合と違うのはこちらでは高齢でも働ける田畑があり、家庭菜園があることだろう。

 これらは高齢者に食材と生きがいと、少々の収入をもたらしてくれる優れものである。同じことをしているから高齢者同士のつながりも強く、趣味でもグラウンドゴルフ、日帰り旅行など共通点も多い。

 都会ではこのような近所づきあいはなかなか得難いはずで、多くは横のつながりではないだろうか。

 ○○同好会とか○○倶楽部などといったサークル活動の種類の多さは田舎では望むべくもないが、そこそこの物は用意されているので、町内とはまた違った付き合い方も可能である。要はやる気一つに掛かっている。

 

 日本の男性の平均寿命がついに80歳の大台に乗り、女性とともに世界一の長寿国になったとも聞く。

 また世界最高齢は男女ともに日本人であるらしい。

 人口700人ほどのわが町で一人が100歳を超えたのだから、日本全体で5万人以上というのも頷ける。いまから50年前に100歳以上の人口統計を取り始めた時は200人足らず。それが今は250倍以上の5万人余り。人口爆発ではなく高齢者爆発である。

 それに比例して困るのが子供の減少だ。今さら子供の爆発的増加は期待できそうにない。「待機児童をなくして女性が活躍できる社会を目指す」のはいいけれども、そうしたらますます女性は子供を産まなくなる。ジレンマは目に見えている。

 いっそのこと「逆児童手当」を創設して、一人目に月額3万、二人目は月額4万、三人目は月額5万・・・というふうに累進的に手当てを増やすようにすれば、女性はどんどん子供を産んでくれるのではないか。

 つまり、女性が子供を保育所や託児所にほっぽり出さずに家庭で子育てに専念でき、地域社会に有用なはたらきのできる体制を整えるのがよい。長期的に見たら必ず国のためになる。

 え、その原資はどうするかって?

 それは年金支給額を減らして当てるしかないだろう。年金受給者が80歳になったら最高額を20万までとし、差額を児童手当の方に回せばよいではないか。

 以上の試(思)案は、数か月前にある温泉に入った時に、同じ湯船に浸かった知り合い同士と思われる高齢者二人の次の会話で思い付いたのである。

―おはんな、まだ生きちょったか。(冗談交じりの軽口で・・・)

「じゃっど(そうよ)、80じゃが、まだけっしまんど(まだ、死にはしないよ)」

―おはんな、よかなあ、公務員年金じゃろ。

「じゃっどんが(そうだが)、そげんよくはなかど(そんなによくはないよ)」

―んにゃあ、ないがよくないちや?(何がよくないって?)ずんばい、もろちょって(たくさん、もらっているのに)。もう80歳で打ち切ればよかとになあ。毎日ぷらぷらしっせー、パチンコしっせー(ぶらぶらして、パチンコをして)遊んじょいばっかい(遊んでいるだけだ)・・・・。

 鹿児島でも過疎地に属するようなこの辺では民間会社の給料は少ない一方で、地方公務員は比較的給料が高く、手当はしっかり、仕事はてげてげ(適当)という職業とされているため、一般人の風当たりややっかみが強い。

 上の会話は公務員上がりの80歳ほどの老人と、公務員ではない一般人(農業者かもしれない)と思われる二人の、親しいが故の歯に衣を着せぬ物言いが面白くて記憶しておいたのであるが、一般人の言う「80歳で年金打ち切り」は非現実的としても、おそらく高い支給額であることは事実で、せめて上限を20万程度に抑え、その差額を子ども・子育てに向けては―と思い付いたのである。

 あと20年経つと65歳以上が3人に一人という人類始まって以来の超高齢化社会が日本に出現しそうだが、子供を今の年間100万人出産から二倍とは言わないが150万くらいまで増やさないと国が果たして持つのか心配になる。

 もうじき65歳の仲間入りをする者の杞憂でなければよいが・・・。



 




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永吉天神段遺跡の説明会(曽於郡大崎町)

 大崎町で発掘調査中の永吉天神段遺跡で「円形周溝墓」が見つかった。

 周溝墓は弥生時代の周溝を持つ盛り土墓(円墳とまでは言えない)で、鹿児島県では志布志市松山町の京ノ峰遺跡ですでに20基位がまとまって見つかっており、今回の発見は2例目である。

 大隅地方は朝から小雨が降っており、それにもかかわらず説明会が午後行われたので見学に行った。Cimg0247 遺物の展示プレハブ内に貼られていた航空写真(南側から写している)。

 赤い矢印の箇所が今回の発掘現場である。右手の川は持留川、そして左手は小流の谷で、天神段は両河川に挟まれた「舌状台地」の上に展開している。(右上の橋はグリーンロードの一部)

 我が家からは笠野原を経由して串良町十三塚を抜けてグリーンロード(農免道路)に合流し、そこからは7,8キロ走って現地に到着。約25キロあった。Cimg0214 現地発掘事務所の周りには想定外の多数の車が集まり、関心の高さをうかがわせた。Cimg0216 20人以上がグループになり、それぞれ説明員に先導されて回ったが、6~7グループはあったから見学者の総数は150名くらいだったようである。Cimg0226 集合場所から道路を渡ってすぐにお目当ての円形周溝墓がある。周溝まで入れて直径は8mを数える。

 このあたりは今回の発掘現場ではほかよりやや高くなっており、そういうところを選んで築かれたようだ。Cimg0225 説明者の手前に壺型土器が見えるが、これは周溝墓築造よりはあとの時代の物であるという。なぜなら壺には開聞岳由来の噴出物「暗紫ゴラ」という火山灰が覆っており、この暗紫ゴラの噴出年代は1900年前と分かっているからだそうだ。

 周溝墓の年代はそれより古く、約2100年前としている。弥生時代中期である。周溝墓の被葬者はこの台地に葬られた他の弥生時代人がすべて「土壙墓」に葬られていることから、彼らの上に立つ首長であろうと考えられている。Cimg0237 他に珍しい遺構が見つかっている。それは角柱を使ったらしい大きな建物(約32㎡)の跡で、一般の住居跡が11㎡程度であるのに比べて格段に大きく、北部九州で数例見つかっている「墓前建物」であろうという。

 「墓前建物」は葬式などの祭祀を遂行するための建築物で、もしそうなら南九州では初出土ということになるらしい。Cimg0241 さらに北部九州との関連の考えられるのが、「横口式土壙墓」である。普通の土壙墓は縦に深く掘って遺体を納めるが、この場合はある程度掘り下げてから横に遺体の安置スペースを掘り広げるという変わった手法を取っている。(赤土状の土は喜界カルデラ由来のアカホヤ火山灰層である。)

 一周して元の集合場所に返るまでずっと雨で、半袖ではやや肌寒さを感じるほどだった。

 最後に、発掘された遺物の展示プレハブを覗いた。Cimg0222 800年前の中世の物から8000年前の縄文早期の物まで、年代幅は非常に広い。Cimg0220 弥生時代の発掘品の中に瀬戸内系の土器(壺)の一部が出ていたが、同じ時代と思われる鹿屋市の王子遺跡でも瀬戸内式の高坏が出土しており、水運を通じた交流は意想外に広いものと改めて認識させられた。

 永吉天神段の発掘は平成23年度から行われており、24年・25年そして今度の26年と毎年説明会がある。

 昨年は行けなかったが、一昨年見学に行った時のブログはここから

 




















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北海道で大雨特別警報発令

 今日の未明に、北海道の札幌はじめ道南地区に大量の雨が降り、ついに7時には「大雨特別警報」が出された。Cimg0187 7時のNHKニュース画面(以下同じ)。Cimg0191 一部地域では時間雨量100ミリに達した。Cimg0192 午前4時すぎの札幌市内の降り方は、南九州でもお目にかからないような激しさだ。

 8時になると大雨特別警報は胆振地方と空知地方にも出され、函館のような最南部を除いて北海道の南半分が特別警戒地域に入ったらしい。

 この時期の北海道はすがすがしい秋晴れ日和が続き、ともすると霜が降りるのではないかという日もあったりするが、8月後半からの最良の観光シーズンになるはずである。(昔、9月の下旬から10月上旬にかけて出かけたことがあったが、平地で初雪に出くわした。)

 いくら雨が少ないとは言っても北海道にも雨は降る。しかしこんな土砂降りは「経験したことのない大雨」で、だからこそ特別警報が出されたのだが、もちろん北海道始まって以来まさかの発令で、去年の京都豪雨を嚆矢として熊本・兵庫・広島そしてついに北海道にまで飛び火(飛び雨?)したことになる。Cimg0194 

 それに比べると南九州はこのところ大雨にも台風にも見放されている。ありがたいことだが、ここ5年くらい、「列島の北の方に鹿児島が移動したみたいだ」などと冗談ともつかないことをよく言ってしまう。

 鹿児島では1993年(21年前)の、梅雨期から立秋までの2ヵ月間の長雨とその最後に起こった8月6日の「8・6水害」が格別大きな被害をもたらした。この年は台風の当たり年でもあり、8・6水害後も毎週のようにやって来る台風により、水田のコメも平年の6分作という大凶作に見舞われたのであった。

 さらに災害の総仕上げが翌月2日に本土を直撃した「台風13号」だった。その当時、我が家は広島の安佐北区から肝属郡田代町に転居したばかりで、13号の強烈な風で借家の雨戸を飛ばされ、瓦も剥がされ、這う這うの態で小学校まで避難する羽目になった。

 学校も避難していた体育館の屋根が一部吹き飛ばされたため、職員室前の長い廊下に眠れぬ一夜を明かした。翌朝、集落全体に瓦が飛び散り、さまざまのものがあちこちに散乱している中を借家に戻った。幸い、家の中は住める状態だったので安堵したが、借家の古い造りの納屋の屋根全体がすっぽりと横倒しに倒壊していたのには度肝を抜かれたことを思い出す。

 13号台風は大隅半島全域に大きな爪痕を残した。なんでも、役場の屋上に設置してあった風速計は瞬間70mまでは記録していたが、あとは針自体が吹っ切れてしまったとかで、おそらく瞬間風速は80mまでは行っていただろう―と後から聞かされ、よく無事だったなと胸を撫で下ろしたが、停電はちょうど2週間ほど続き、不便この上なかった。その間、電話も不通だった。なにしろ電柱という電柱は高圧線鉄塔も含めて、へし折られていたのであった。

 鹿児島ではその4年後(1997年)の夏に県北西部の出水市針原地区で死者21人という大きな土石流災害が発生したが、これを最後に死者が二桁というような豪雨災害には無縁となっている。

 台風も10年前までは必ず2~3個が上陸もしくはかすめて来たのだが、その後はとんとご無沙汰になっている。

 

 7時のニュースではほかにも同じような時間帯に三陸の石巻・東松島それに大阪の池田あたりでも100ミリとか120ミリの雨が降ったらしいことを伝えていたが、まさに同時多発的ゲリラ豪雨で、今後は8月の広島安佐南区のピンポイント豪雨のような形が当たり前になるのかもしれない。

 以前は「異常気象」と言っていたが、もう普通になりつつある。だからもっと大きな異常が起きても不思議ではないような気がする。何にしても自分や家族は自分で守るという姿勢を持たないといけない。

 鹿児島ではここのところ火山活動が活発になっている。屋久島の東海上にある口ノ永良部島と、十島村の諏訪之瀬島にある両火山が続けざまに2000mの高さにまで噴煙を吐きだした。

 桜島も7月以降はなりを潜めているが、100年前に起きた大正大噴火以前のレベルにまでマグマ(熔岩)の量は回復しているというから、いつ大正大噴火クラスが起きてもおかしくないという。一応シミュレーションしておくに越したことはない。

 

 





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中秋の名月

 今日は旧暦の8月16日だが、月は今日の午前10時頃に完全な満月を迎えているので昨日の夜よりはまん丸く見えるはず。

 ということで夕方になって東の空を眺めたら、若干の雲はかかっているが、まずまずまん丸な満月が望まれた。Cimg0168 だんだんアップして行くと、どうも手に持ったデジカメでは月の表面の模様までは写らない。Cimg0179 ちょうど「月に叢雲」。Cimg0174 最大にアップしたが、やはり模様までは分からない。右上の茶色の筋は月の表面の模様ではなく、雲だろう。

 月が満月なのか新月なのか、あるいは上弦の月か下弦か、潮の満ち引きの時刻までが載っている本がある。Cimg0180 「かごしま暦」といい、発行所は鹿児島県神社庁である。

 たいてい少し大きめの宮司さんのいるような神社には置いてある。今日が旧暦の何月何日なのか―を調べるにはもってこいの冊子で、たしか200円のはず。

 かごしま暦によると、今日(9月9日)は<○望10時38分、重陽、救急の日>とある。昼間の明るい10時38分に「望月(満月)」になったようだ。

 また「重陽」は古代中国の暦法から起こり、旧暦の9月9日(新暦で今年は10月2日に当たる)が陽数(奇数)の最大値である9が重なる日ということで「重陽節」として祝う。

 最後の「救急の日」は最近の命名で、典型的な語呂合わせである。無くもがな―の印象はぬぐえない。

  








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台風14号が発生

 今年は7月に3つの台風が沖縄・奄美を襲い、そのうち8号は鹿児島北部に上陸した。

 ところが8月は一つも発生せず、拍子抜けの態であった。7月に3個ということは8月も同じくらいか少し上回るのでは、と危惧していたからだ。

 うれしい誤算である。

 それでも去年と比べると今夏は雨が多く、その分湿度も高かったので、33℃という夏にはありがちな気温でも相当にこたえた。

 Cimg0108 朝7時の天気予報で、海水面温度が高くなったままなので、南海上に発生した渦巻き状の雲の塊はやがて台風になるでしょう―との解説があった(画像はNHKテレビ画面から。いつも思うのは、薄いピンク色の海面のほうが真っ赤な部分より水温が高いらしいが、色調を反対にしてくれた方が明確ではないか)Cimg0112 昼の天気予報では、台風14号が目出度くちゃんと発生していた。Cimg0113 まだ暴風域の無い豆台風だが、相当な雨雲を持っていそうだ。Cimg0114 進路は北上せずに東方向に行くらしい。上陸の心配は全くないが、とにかく雨が心配である。

 鹿屋では昼前から東寄りの風が継続して吹いているし、それほど暗くはないがやや厚い雲が空を覆い、全体がゆっくりと東方向に動いている。Cimg0117 南方面の山では500mを超えた部分が雲に覆われている。Cimg0116 西方面へ雨雲が流れて行く。雨にならないのは上昇気流でできた雲ではないからか。Cimg0119 台風の直撃が無かったお蔭でオクラが倒れずに済んだ。Cimg0120 茎から出た葉の付け根部分に花が咲き、受精すると緑の濃いさやになって食べられる。

 収穫したらその葉柄ごと切り取って行くので丈は高いので1メートルを越えた。

 手前右のは、下から二本のさやができ、その上の葉の付け根には黄色い花がこれから咲こうとしている。

 何本かは収穫できそうだ。熱湯でサッとゆでてから刻んでカツオ節をかけると、酒には良いつまみになる。あ、もう5時になる。どれ収穫して・・・・・・。

 では、また。

















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第二次安倍改造内閣誕生

 昨日、安倍政権の内閣改造が行われ、18名のうち女性が5名という「女性登用三割公約」を実現した形になった。Cimg0090 安倍総理を囲む5名の女性大臣。向かって左から、小渕(最年少41歳)・有村(43歳)・松島(?)・山谷(?)・高市(?)の各氏。(画像は9月4日TBSの「ひるおび」より。以下同じ)

 このうち鹿児島に縁があるのが有村氏だ。彼女の4代前はあの幕末勤王の士で西郷・大久保らと行動を共にしていた有村俊斎(のち海江田信義)だそうで、有村家の女子で東郷(平八郎)家に嫁した者がいるから東郷家とも遠縁に当たるらしい。

 女性活躍相という聞きなれないポストだが、期待しよう。

Cimg0086 大臣18名のうち初入閣は件の女性3名を入れて8名。

 注目は小渕氏の最年少・経済産業大臣就任だが、あれっと思わせるのが党の幹事長から入閣した石破氏だ。

 番組に生出演していたが、これまで集団的自衛権を確立するための「安全保障担当大臣」への就任が確実視されていたのだが、ふたを開けてみると新設の「地方創生担当大臣」という。Cimg0083 番組の間中、やや浮かない顔をしていたように見えた。次期自民党総裁選がらみで閑職に追いやられた感はぬぐえない。

 幹事長には自ら総裁選を降りて、結果として安倍政権への道筋をつけた谷垣氏が就任したから、これで大過なければ次の総裁選も安倍氏の優位が続く。

 注文:誰が総理になっても良いが、「皇居の京都への移転」(これを京都側から見ると「還都」になる)をやってくれないか。

 徳川政権取り潰しのための天皇の江戸城への象徴的入城も、役割はとっくに終わった。

 早く本来の都である「平安京」に戻り、天皇にはそこから世界平和への祈りを捧げていただくのが最もふさわしい。

 京都市民は大歓迎だろう。宮内庁も京都へ。ついでに外務省・文科省なども移転すればよい。外国からの大使・公使や賓客も1200年の都でもてなされれば大喜びだろう。

 東京はいま6年後のオリンピック開催に湧いているが、すぐそこまで忍び寄っている「首都直下型地震」をつねに念頭に置く必要がある。そして地震による被害を少しでも軽減するために、早め早めの対応が必要だ。

 皇居の移転・首都機能の地方への大幅な移設は安心安全・地域経済浮揚につながってくる。

 まずは京都への「還都」から行うべし。



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ツバメの勢揃い(鹿屋市下堀町)

 昼に所用から家に戻ると、近くの電線にツバメがたくさんとまっているのが見えた。Cimg0075 道路向こうの二本の電柱の間に点々と見えているのがツバメたちだ。Cimg0076
ここ一週間くらい前からしばしば目にするようになった。

 どういうわけかいつも向かって右の方向に顔を向けてとまっている。電線の行く先は北方向なので、全員が東を向いていることになる。真昼だから東が特に西と比べて明るいというわけではなく、その理由は分からない。

 Cimg0081 まるで五線譜上の音符のように適当に間隔をあけて並んでいるから面白い。Cimg0082 ツバメが南から初飛来したのは2月の下旬だったと思う。それから6か月になり、ツバメ夫婦から3,4羽の子ツバメが元気に育ち、今月中には家族そろって南の国に帰って行くのだろう。

 南へ帰るといえばサシバの渡りが有名で、あれは相当大きな集団で帰って行くので本州最南端の大隅半島では佐多岬をはじめ各地で渡りが見られるが、ツバメは家族単位でバラバラに帰って行くらしく、その南帰行は全く目立たない。

 歌謡曲で「北帰行」(北へ帰る)といえばたいてい一人寂しく傷心を抱いて(「越冬ツバメ」という歌もあったな)・・・というのが相場だが、南へは人間様も鳥たちも心に懐かしさと癒しとを思い描いて帰るようだ。何しろ暖かい所だから・・・。また、元気で帰ってこいよ。

 





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