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永吉天神段遺跡の説明会(曽於郡大崎町)

 大崎町で発掘調査中の永吉天神段遺跡で「円形周溝墓」が見つかった。

 周溝墓は弥生時代の周溝を持つ盛り土墓(円墳とまでは言えない)で、鹿児島県では志布志市松山町の京ノ峰遺跡ですでに20基位がまとまって見つかっており、今回の発見は2例目である。

 大隅地方は朝から小雨が降っており、それにもかかわらず説明会が午後行われたので見学に行った。Cimg0247 遺物の展示プレハブ内に貼られていた航空写真(南側から写している)。

 赤い矢印の箇所が今回の発掘現場である。右手の川は持留川、そして左手は小流の谷で、天神段は両河川に挟まれた「舌状台地」の上に展開している。(右上の橋はグリーンロードの一部)

 我が家からは笠野原を経由して串良町十三塚を抜けてグリーンロード(農免道路)に合流し、そこからは7,8キロ走って現地に到着。約25キロあった。Cimg0214 現地発掘事務所の周りには想定外の多数の車が集まり、関心の高さをうかがわせた。Cimg0216 20人以上がグループになり、それぞれ説明員に先導されて回ったが、6~7グループはあったから見学者の総数は150名くらいだったようである。Cimg0226 集合場所から道路を渡ってすぐにお目当ての円形周溝墓がある。周溝まで入れて直径は8mを数える。

 このあたりは今回の発掘現場ではほかよりやや高くなっており、そういうところを選んで築かれたようだ。Cimg0225 説明者の手前に壺型土器が見えるが、これは周溝墓築造よりはあとの時代の物であるという。なぜなら壺には開聞岳由来の噴出物「暗紫ゴラ」という火山灰が覆っており、この暗紫ゴラの噴出年代は1900年前と分かっているからだそうだ。

 周溝墓の年代はそれより古く、約2100年前としている。弥生時代中期である。周溝墓の被葬者はこの台地に葬られた他の弥生時代人がすべて「土壙墓」に葬られていることから、彼らの上に立つ首長であろうと考えられている。Cimg0237 他に珍しい遺構が見つかっている。それは角柱を使ったらしい大きな建物(約32㎡)の跡で、一般の住居跡が11㎡程度であるのに比べて格段に大きく、北部九州で数例見つかっている「墓前建物」であろうという。

 「墓前建物」は葬式などの祭祀を遂行するための建築物で、もしそうなら南九州では初出土ということになるらしい。Cimg0241 さらに北部九州との関連の考えられるのが、「横口式土壙墓」である。普通の土壙墓は縦に深く掘って遺体を納めるが、この場合はある程度掘り下げてから横に遺体の安置スペースを掘り広げるという変わった手法を取っている。(赤土状の土は喜界カルデラ由来のアカホヤ火山灰層である。)

 一周して元の集合場所に返るまでずっと雨で、半袖ではやや肌寒さを感じるほどだった。

 最後に、発掘された遺物の展示プレハブを覗いた。Cimg0222 800年前の中世の物から8000年前の縄文早期の物まで、年代幅は非常に広い。Cimg0220 弥生時代の発掘品の中に瀬戸内系の土器(壺)の一部が出ていたが、同じ時代と思われる鹿屋市の王子遺跡でも瀬戸内式の高坏が出土しており、水運を通じた交流は意想外に広いものと改めて認識させられた。

 永吉天神段の発掘は平成23年度から行われており、24年・25年そして今度の26年と毎年説明会がある。

 昨年は行けなかったが、一昨年見学に行った時のブログはここから

 




















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