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コスモスで地域おこし(鹿屋市南町)

 鹿屋市南町の南郵便局前の推定で3ヘクタールほどある田んぼにコスモスが植えられ、いま見頃を迎えつつある。Cimg0775 手前が郵便局に近い田で、向うの中原橋まで約300m近くの一群の田んぼにコスモスが植え付けられた。Cimg0766 郵便局前の道路際にはこのあたりの水利組合「水土里サークル」の看板が立つが、ちょうどその後ろ側の田んぼが満開に近かった。Cimg0768 満開は満開だが、どれも丈が低く、まだこれから花を咲かせながら大きくなって行くのだろうか。Cimg0769 向こうに見える白っぽい屋根は「南小学校」の校舎だ。

 今軽トラックが見えているところからこちら側に青い草の繁っている土手が伸びているが、これは大姶良川支流の土手である。

 土手を手前に走って行くと間もなく大姶良川本流の土手と合流し、300m先の中原橋に行き当たる。Cimg0774 左が大姶良川(本流)。向うに見えるのが中原橋。ここを左手に渡って行くと池園地区に入る。

 このあたりの田の幅が最も広いが、コスモスの成長はまだまだのようだ。Cimg0771 土手の斜面にも一部植えられているが、斜面を耕すのは一苦労だったとみえて、面積的にはほんのわずかしかない。

 しかしそれでもコスモスはけなげに咲いている。田んぼのと比べてそれほど見劣りはしない。

 もともとコスモスは荒れ地でも十分に育つ植物だから、こんな肥料も何もないような斜面でも成長する。Cimg0772 来年は蒔く時期をもっと早くすれば、中秋のこの頃に丈も高く見応えのあるコスモスの群生が見られるのではないだろうか。

 南町の地域おこしサークルにエールを送りたい。

 
















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ジョウビタキの不可解な行動(鹿屋市池園町)

 4日前から我が家の庭に姿を見せたジョウビタキ。Cimg0758 居間から南の窓の外を眺めていると、急に鳥影がして庭に置いてある洗濯物干しに一羽の鳥が止まった。

 カカッ、カカッとせわしげに鳴く。すぐに飛び立ち、やがてまた帰って来る。Cimg0759 こっちの方を見ているようでもあり、気づかれないようにそっとデジカメの焦点を合わせた。Cimg0756 しばらくしてから向うの合歓の木に止まった。何やら口にくわえている。餌だろうか、それとも巣をつくる材料か?

 一昨日あたりからこのジョウビタキは、不可解な行動をとりはじめた。窓の網戸に飛んできてほんの少しの間、中の様子を窺うような首の振り方をする。Cimg0750 それから東側の一室の向こうにあるヒトツバ(槇)の飛び出た枝に飛び乗り、ほどなく、枝から出窓のガラスに向かって飛びかかる。虫の捕食かーと見ても窓ガラスに餌になるような虫は付いてはいないのだ。Cimg0754 さっと枝に戻ると、やがてまたすぐに窓ガラスに体当たりするのだ。(右上にオレンジ色っぽい尾羽の広がったのだけが見える。)

 Cimg0742 これは今朝撮影したものが、もう少し鳥の姿らしいのが撮れている。

 透明な窓ガラスに気付かずに鳥が体当りしてしまうのは、割とよくあることだが、このジョウビタキは何度も何度も同じこと(あやまち)を繰り返しているのだ。

 懲りない性格なのか、それとも何か意味のある行動なのだろうか。

 考えられる一つに、外敵からは安全な部屋の中に巣を作ろうとしているというのがあるが、こう何度も繰り返せばそれが無理なことは分かるはずだ。どうもそれは違うようだ。

 外敵のカラスやモズ、猛禽類に追われてのことなら、こんな頻度であればもうとっくに捕獲されてしまっているはずだ。

 よく分からない。

 だが、「鳥は魂を運ぶ」という伝承を思い出してみると、我が家に縁のある魂が何かを訴えかけているのかもしれない。吉なのか凶なのか・・・。











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拉致被害者の調査団派遣

 安倍首相は今日、北朝鮮当局の日本人拉致被害者の現状調査がどのようになっているかの進展を聞くために調査団を派遣する意思を固めた。Cimg0725 外務省の東アジア担当局長を団長に、27日から30日までの予定で派遣するが、その際に北朝鮮に「拉致問題の解決こそが両国間の最優先事項であることをしっかりと伝える」そうだ。

 拉致被害者は鹿児島でも何人もあり、そのうちもっともよく知られているのが、鹿屋市輝北町出身の市川修一さんと鹿児島市の増元ルミ子さんのカップルである。Cimg0728 二人は薩摩半島の吹上砂丘に夕日を見に行くと言って出掛けた際に、北朝鮮の工作員によって拉致された。

 NHK夕方の鹿児島県版のニュースでは、増元さんの姉と市川さんの兄が映り、それぞれコメントを述べていた。Cimg0729 先月の次官級会談で向うの次官が「ピョンヤンで拉致問題調査の責任者に会って直接確かめて欲しい」と申し出、今回それにこたえる形で調査団を派遣することになったのだが、被害者家族はこれまで何度も北朝鮮には虚をつかれているので、今度も「またどうせのらりくらりと真相をはぐらかせるのだろう」との疑念を捨てていない。Cimg0732 鹿屋市輝北町市成に住む市川修一さんの兄さんは「被害者が帰ってこない限り、北朝鮮には経済援助をするな」と、ほぼこれまでと同じコメントを述べているが、いったいいつまでこの繰り返しが続くのかと、うんざりの態であった。

 拉致問題を北朝鮮に認めさせたのは小泉元首相の功績で、2002年に首相自らピョンヤンに赴き、当時の最高指導者金正日と対面して謝罪させた。

 そして2年後の2004年に再訪し、5名の被害者を直接連れて帰ったのであった。

 あの小泉首相自らの思い切った訪朝により、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりだった北朝鮮ペースを打ち破った功績は大きい。

 今回もこれにならって安倍首相自らが訪朝し、金正日の息子で現最高指導者の金正恩と直接対面し、調査の進展状況を問いただしたらよかったと思う。

 日本の最高指導者自らが訪問することは、拉致被害真相解明への日本の並々ならぬ決意と気迫があることを北朝鮮にも国際社会にも知らしめるチャンスだろう。

 一回目ですべてが解明されないというのであれば、小泉元首相のように二回目を考えてもいいのではないか。その上でもし万が一、他の拉致被害者の死亡が本当ならば、被害者家族も相当程度納得できるだろう。

 いたずらに小出しに調査団だ次官級会談だと相手のペースに合わせていると、拉致被害者の問題は永遠に先送りされかねず、拉致被害者家族の胸のつかえは深まるばかりだ。

 ここは是非とも、小泉元首相の訪朝に同行したことのある安倍首相の英断に期待したいものである。










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鹿児島に草創期の土器が多い理由

 木曽の御嶽山が9月27日(土)の昼少し前に大爆発を起こし、頂上付近にいた登山者のうち60名余りが命を落としたが、いまだに遺体の発見されない7名の行方不明者があるものの、昨日(10月17日)の捜索活動が最後のものとなった。Cimg0717 降り積もった火山灰が台風18号の雨でドロドロにぬかるんだあと硬くなり、さらにその上に雪が積もったことでいよいよ捜索(発掘)が困難になったことと、想定していたしらみつぶしの捜索範囲を100パーセント終えたからという。

 行方不明者の家族には気の毒だが、来春の雪解け時期を待つほかなくなったわけである。Cimg0720 昨日(10月17日)は、行方不明者の家族19名が麓の王滝村のヘリポートから大型ヘリに分乗し、御嶽山の山頂付近を上空から視察をした。おそらく捜索本部から「今日が捜索活動の最終日になるので、慰霊的な視察を・・・」というように言われていたのだろう。

 残念ながら、この日の3時頃には新たな発見者もなく、捜索活動が終了した。

 それにしても9月27日のただ一度だけの水蒸気爆発で、60数名の犠牲者を出したことを思うと、火山の爆発・噴火の威力はすさまじいものだ。

 

 ところで、テレビニュースで捜索活動の模様をたびたび目にしたが、噴火直後の捜索では積もった灰で足をすべらせ、積もった灰がもうもうと立ち上がったりしていたが、台風18号の時の雨のあと、今度は逆に水分を含んだ灰が粘土状になって足を取るようになっていたが、その変化は劇的であった。Cimg0666 まるでモルタル(生コンクリート)の中を歩いているような状態(画像は10月9日のTBS「ひるおび」から。以下同じ)。Cimg0660 「変化する火山灰」というタイトルで降り積もった火山灰の状態変化をまとめている。

 それによると、噴火の翌日の捜査活動では「火山灰で足元が滑る状態」であったが、6日目(10月2日)の雨で積もった灰が水分を含み、10月4日の活動ではぬかるんで「足元が埋まる状態」になっている。Cimg0668 10月5,6日は台風18号の襲来で捜索中止。7日(画面では「おととい」となっている)には再開したが、多量の降雨でさらにぬかるみは増して「10m進むのに20分かかり」「山頂付近でぬかるんだ火山灰に首まで沈んだ」という。

 多量の雨が降って灰が流されたのならいいが、粘土状になっているため流れずにドブドブ状態になったわけである。Cimg0669 一昨日(10月16日)は1,000人態勢で臨んだが得るところ無く、さらに昨日の活動でも同様であったので、長野県知事の決断で今季の捜索活動は終了となった。

 これらの報道を目の当りにして、ふと想像したことがあった。

 それは「火山灰こそが土器の原料だったのではないか」ということである。特に上の画像の最後から二番目からは、火山灰は適度に水分を含むと粘土状になるーと考えてよいようである。

 

 この粘土状の物をこねてから器の形にし、乾燥させてから焼けば「土器」状の物が生まれるではないか。焼き割れを防ぐために何かを混入させれば使える器になるに違いない。

 

 火山灰と言えば、鹿児島はまさに本場中の本場である。特に現在も毎日のように噴煙を上げ続ける桜島は、土器の原料たる火山灰の最大の供給源だろう。

 

 この桜島は、国分(霧島市)を中心とした姶良カルデラの大噴火(約25000年前)の時に形成された外輪山の一つで、外輪山の最南部に今から12800年前に噴き出た火山である。

 

 この時期の火山灰が適度な水分を含むような環境に埋もれて粘土状になり、鹿児島縄文草創期から早期の高度な土器文明を生んだのだろう。

 

 草創期から早期の土器の特徴は模様が「貝殻文様」で、形は「角型円筒式」という鹿児島を中心とする独特のもので、しかも約8000年前にすでに「壺型土器」(単純に壺と言ってもいいが、考古学上はこのように表現している)を発明している。世界最古である。

 

 しかしこれらの縄文草創期・早期の文明は、7300年前の「鬼界カルデラ大噴火」により壊滅した。「鬼界」とは「鬼界島」のことで、薩摩半島の南海上に位置する硫黄島を歴史上こう呼んだことがあって名付けられた。硫黄島は桜島が姶良カルデラの外輪火山であるのと同様、鬼界カルデラの外輪火山である。

 鹿児島を中心とする南九州は、以上のような巨大なカルデラを他にまだ二つも有しており、火山の恵み(気候の温暖・地熱・温泉)を持つ一方で噴火・火砕流・降灰の被害も大きいとは一般によく言われる。

 この恵みに加えるに、土地の歴史を考える際には火山灰の堆積による粘土からの「土器の発明・発展」を考慮すべきではないかーと御嶽山の噴火被害の報道を目の当りにして触発されることであった。

(追記)

 九州島で最も古い土器と言われるのが長崎県佐世保市の「泉福寺洞穴遺跡」で発見された豆粒文土器で、13000年前の物と言われている。これは鹿児島の最古の土器と大した差はない。

 長崎県も火山の多い土地で、雲仙・島原地方には有名な温泉地帯がある。

 また、今のところ日本最古と言われているのが青森県外ヶ浜町の大平山元Ⅰ遺跡で発掘された無文土器の破片で、放射性炭素による測定で16500年前とされる。

 青森県もやはり火山が多く、恐山・岩木山・八甲田など枚挙にいとまない。

 日本全体で活火山は110ほど、そのうち常時観測の対象となっているのが47火山と、世界でも例のない多さで、これからも火山灰層の中から「最古の土器」が見つかる可能性がある。

 


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秋晴れの稲刈り(鹿屋市川西町)

 鹿屋市川西町と川東町とを結ぶ「役所の下橋」に差しかかると、肝属川沿いの田んぼでは稲刈りをしている農家が多い。

 台風19号の被害もなく、晴天下の稲刈りはそれなりに絵になっている。Cimg0704 間もなく役所の下橋という直前の右側の田んぼでは、高齢者が一条刈りのバインダーを押していた。Cimg0707 田んぼへの下り道の左手の田はもう刈り取られていて、4人の家族と思われる男女が掛け干しを始めていた。(すぐ後ろの青々とした土手の向こうは肝属川が流れている。)

 この掛け干しは完成すると、Cimg0716 このようになる。鹿屋ではひと馬(掛け干しの一列を馬という)に屋根状に掛けるのが普通で、これだと、ひと馬で二段掛かるので能率的である。

 この田は今の右手の田とは道路を挟んで反対側になる。Cimg0708 土手の向こうに見える茶系の建物は鹿屋下水処理センターで、この田んぼ地帯からは川を挟んだ川東町に属する。右手に高く聳えるのは高隅連山の御岳(1182m)。左隣は妻岳(1145m)。Cimg0710 田んぼ道を入って行くとさっきの高齢者と同じようにバインダーを押している人がいた。Cimg0711 奥さんと二人で刈り取りをしているようだ。少し離れたところから全体を撮ろうとしていたら、上空に海上自衛隊鹿屋航空基地に向かうP3C対潜哨戒機が飛んで来たので写し込んだ。Cimg0714 田んぼの傍まで行くと、奥さん曰く「稲株が寝ているので大変。こういう時は大型機械は無理でバインダーでなくては・・・」と。

 台風の影響かと思ったら、どうやら茎に病気が入ったらしい。

 たしかに茎が煤けたような色に変色している。しかし実の方はよく着いているように見える。

 何にしても米は太陽と水と大地(田んぼ)、そして人とのコラボレーションで出来上がる優れものだ。

 TPP何するものぞ。日本のコメ作りは伝統文化、田園は芸術だ!

 世界文化遺産にしよう!

















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台風19号が枕崎市に上陸

 早朝から台風の動きに各テレビ局のニュースセンターが慌ただしい。

 つい今しがた、KTS(フジテレビ系)の「とくダネ!」を見ていたら速報のテロップが現れ、「8時半頃、台風19号が枕崎に上陸した」と報じた。Cimg0697 1時間前のニュースでは、中心は枕崎の西60キロあたりにある―と言っていたが、急激に進行速度を上げたことになる。

 9時現在、暴風圏がちょうど九州全体をすっぽり覆っている。中心の気圧は970hPaに下がり猛烈な台風とは程遠いが、今後は日本列島を縦断しつつ大雨をもたらす可能性が強いようだ。Cimg0699 10年前の2004年、同じ10月に連続して22号、23号が列島を席捲したが、その二つの台風とコースが非常に似ているとのことで、特にあとからの23号は豪雨により甚大な被害をもたらしたという。Cimg0700 22号では9名、23号では何と98名の人が死亡または行方不明になっている。

 京都の舞鶴市や豊岡市で大洪水が発生したのも、台風23号によるものだった。

 今度は先の18号での死者はなく、この19号でも今のところ死者は出ていないので、2004年ほどの被害はまずないと思うが、しかし想定外の事態がこの頃は普通になっているので、通り過ぎてみなければ分からない。

 枕崎では上陸したという8時頃からは急に雨風が衰え、とくダネ!の現地レポーターも不思議がっていたが、同じ頃ここ鹿屋でも風が目に見えて弱まって来た。まさか同時に台風の目に入ったわけではあるまいが、目のすぐ近くに位置していることに変わりはないので弱くなったのだろう。

 雨は小雨が降り続いているが、風は暴風というより強風ていどである。上陸してからはあっという間に日向灘に抜けるだろう。吹き返しもさほどではあるまい。Cimg0692 2日前に沖縄に接近して来た時の気圧はまだ920とか930とかえらく低い台風だったので、これは危ないと思い、取り付けてから初めて、テラスのアクリル製屋根の上に土嚢を載せておいた。

 こう弱まって来ると無くもがなだが、備えあれば憂いなしーで、また台風が来るかもしれないので、しばらくは載せておくつもり。Cimg0694 ウメの「避難」小舎にも台風対策でとして、ヨシズの日除けすだれを三つ折りにして立て掛けておいた。








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鹿児島県出身者初のノーベル賞受賞

 待ちに待ったというべきか、鹿児島県出身で名古屋大学名誉教授(現・名城大学教授)の赤﨑勇氏(85歳)が今年度のノーベル物理学賞を受賞した。青色発光のダイオード(LED)を発明した基礎研究に対してである。

 同時受賞者に名古屋大学時代の教え子で現在同大学教授の天野浩氏(54)、そして地方大学出身で地方の化学工業会社に就職後、青色発光ダイオードを工業化(量産化)に成功した中村修二・カリフォルニア大学教授(60)がいる。

 Cimg0629_1 赤﨑教授は鹿児島県南九州市知覧町の出身で、鹿児島市内の旧制二中(現・甲南高校)から京都大学工学部を卒業。その後松下電器などを経て名古屋大学教授になり、研究室に入って来た天野氏とともに青色発光を作る化合物を発見した。

 その結果、それまであった緑色と赤色との光の三原色コンビによって「白色」が出せるようになった。Cimg0634 それぞれの色物を近づけていくと、Cimg0635あら不思議、白色(というか半透明)の光になる。このことは美術の教科書でもおなじみである。(以上の画像はNHKテレビから)

 白色が可能になったことで、従来の白熱電球・白色蛍光灯の分野にどんどん取り入れられ、今のところ高価ではあるが耐用年数が飛躍的に伸びたし、さらに大事なのが同じ明るさを維持するための消費電力が何分の一かに激減し、節電・省エネルギー効果が大幅にアップしたことだろう。

 太陽光発電パネルとの相性がよく、今後世界の未開発地域への電灯の普及が大いに期待されるともいう。

 

 それにしても近年のノーベル賞受賞者に東大の出身者が見当たらないのはどういうわけだろう。

 今日の「関口宏サンデーモーニング」で一覧表を挙げていたが、Cimg0680 全部で22名の日本人ノーベル賞受賞者を見て行くと、日本人初の湯川秀樹博士は京大であるが、そのあとの朝永振一郎以下大江健三郎までの7名はすべて東大出身者。

 しかし2000年の白川英樹氏からはほぼゼロに等しく、小柴氏と南部陽一郎氏が物理学賞をもらった以外は、全国いたるところの(といっても旧帝大が中心だが)学者・研究者が獲得している。

 中でも多くなったのが、名古屋大学である。「理工学なら名古屋大へ」という具合になりはしないだろうか。

 ただ面白いのが、理系以外のノーベル賞は全部(といっても3名だが)東大出身者である。

 
 文学賞の川端康成・大江健三郎、平和賞の佐藤栄作の三人だ。

 今年度の文学賞はフランス人作家が受賞したが、このところ常に候補に村上春樹が挙げられている。数年内の受賞は間違いないだろう。もしそうなったら初の私立大学出身者(早稲田大学)の快挙ということになる。

 また、平和賞は女性への教育環境の整備を訴え、イスラム教の極端な女性軽視と戦いながら自らも銃撃されたマララ(17歳)に与えられた。ノーベル賞史上最年少である。

 虐げられながらも打ち克とうという勇気に与えられたと言ってよい。

 佐藤栄作は総理大臣として粘り強く沖縄返還交渉を成功させ、1972年に沖縄祖国復帰を果たした当事者であり、それを評価されて平和賞を受賞した。

 ノーベル賞がもし日本と戦った世界の植民地分割闘争の当事者である英米仏などの国が与える賞であったとしたら、決して日本人は受賞できなかったであろう。スェーデンのような欧米列強とは一線を画した国だからこそ、不当に占領したままのアメリカから奪い返した佐藤栄作の力量を評価したのである。

 もし次に日本人が平和賞を受賞するとすれば、沖縄をはじめとする米軍基地を撤去、もしくは大幅に縮小したうえで連合国軍による常駐を認め、同時にすみやかに天皇による「永世中立国宣言(ただし武装)」を発すようにすれば、そのお膳立てをした総理は十分に受賞対象になるだろう。

 安倍総理がそうなったら、私立大学出身者(慶応大学)初のノーベル賞受賞者になるかもしれないのに、米軍に媚びて「集団的自衛権」にのめり込んで行くようではどうしようもない。




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高円宮典子女王と千家国麿氏との婚儀

 10月5日(日)に皇室の一員・高円宮家の次女の典子女王と、出雲大社宮司家・千家家の長男千家国麿氏とが結婚式を挙げた。

 場所は出雲大社で、拝殿内部で式が執り行われた。Cimg0575 警護員のすぐ後ろが式の際に斎主(進行役)となった国麿氏の叔父・隆比古権宮司。次にお二人が並んで本殿に向かう。Cimg0587 典子さまは大社本殿内で「小袿(こうちぎ)」と「長袴」に着替えられ、いよいよ式場となっている拝殿へ。Cimg0591 式では玉串を奉奠し、盃(三々九度)を交わし、国麿氏が誓詞を読み上げたそうである。Cimg0614 式が終わって拝殿の前に出て来られ、待ち構える人々に挨拶をされた。Cimg0616 午前中に式と挨拶が済み、略装に着替えられた。これで晴れて夫婦となり、典子さまは高円宮家を離れて千家典子として出雲にお住まいになる。

 台風の余波の雨風が心配されたが、何の影響もなく滞りなく済んだのは幸いであった。

 5月27日に世間を驚かせた婚約発表から4ヶ月余り、これからの皇室と出雲大社の橋渡しとして新たなスタートが切られることになった。

 島根ではテニスの錦織圭選手の全米オープン準優勝で大いに湧いているが、さらなるビッグニュースでなお一層興奮していることだろう。

 ※参考 <出雲国造家と皇室との関係について>

  出雲国造家の祖は「天穂日命(アメノホヒノミコト)」

 天照大神―(玉から生まれた5男神の次男)天穂日命

  皇室の祖は「ニニギノミコト」

 天照大神―(5男神の長男)天忍穂耳命ーニニギノミコト

 すなわち皇室の始祖・ニニギノミコトは出雲国造家の始祖・天穂日命の甥に当たるわけである。年代的に言うと、出雲国造家の成立の方が一世代古いということになる。

 それなのに皇室は現在125代、出雲国造家は国麿氏で85代と、皇室の方が40代も多いのは、王権がらみで兄弟継承の多かった皇室と、親子相続のほとんどであった出雲国造家の構造上(というか立場上の)違いである。

 婚約発表の時のブログで書いているように、ちょうど2000年前の頃、皇室(ニニギノミコト家)と出雲国造家(アメノホヒ家)とは同祖であったと考えてよい。どちらも「天つ神」系の家柄である。

 それに対して、出雲大社に祭るのは「国つ神」の総大将たる大国主命で、皇祖であるニニギノミコトが豊葦原瑞穂国を統一しようとした時に、「国譲り」をして国を明け渡した神である。その神を天孫の一族が祀っている姿が出雲大社なのである。








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台風一過の秋冷

 鹿屋では昨日の午前中にはすっかり晴れ上がり、まさに台風一過の秋晴れとなったが、今日も明け方から晴れている。

 それに伴い気温も急降下、今朝7時の外気温は12.5℃と一か月先の寒さとなった。

 畑地帯には日が昇ると同時に明るい光が差し込み、穏やかな田園風景に戻った。Cimg0618 2週間前までサツマイモが植えられていた畑も、今は大根畑に変わった。Cimg0622 見渡す限りの大根の苗。芽を出してまだ5日位だったろうか、一昨日の台風18号の襲来に耐えて元気なままだ。Cimg0621 本葉が一枚上に伸びて来ているが、それを頭とすると幼双葉は万歳をする両手のようだ。Cimg0623 北に眼をやると大根畑の向こうにくっきりと高隈山系が浮かんでいる。Cimg0624 高隈山系の左端(西端)には桜島がひょっこりと顔を出している。

 ごつごつした山頂の手前下に見えるのは雲ではなく噴煙で、やや北風が強いせいで横に流れているのだ。緩い噴火(水蒸気爆発)のようである。7月頃の噴火爆発頻度に比べると最近はおとなしくなっている。でも、油断は禁物だ。Cimg0625 わが家に戻りつつ瞳を凝らすと高隈山の右手に! やはり見えた、ここから直線距離にして75㌔にある高千穂峰である。Cimg0628 望遠を利かせて撮影しようとしているところへ、自転車の通学生が県道を通り過ぎたが、そのまま写し込んでみた。

 この中学生は赤いジャージを着ているところから見て、大姶良中学校の野球部の生徒だろう。朝7時というのにもう学校へ急いでいる。「朝練」があるに違いない。

 写真ではこの自転車通学生のほぼ真上に、高千穂峰がぼんやりだが写っている。

 

 台風19号が発生して今度の18号と似通ったコースを進んでくるらしいが、もう御免蒙る。

※なお、我が家の猫のモモは7日の夕方6時過ぎにひょっこり戻ってきた。おさわがせネコめ!
 
















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台風18号が通過中

 昼の「NHKのど自慢」を観ている最中の12時40分頃から急に風が強まった。

 それまでももちろん吹いていたのだが、空からの風のうねり(唸り音)が聞こえてくるようになったのだ。平均で風速20㍍くらいだろうか。

 雨脚はさほど変わらず、明け方少し前からずっと中降りの雨が降り続いている。Cimg0603 1時のNHKニュースでは現在種子島・屋久島、それに大隅半島南端が完全に暴風圏に入っており、Cimg0607 屋久島では南部の尾之間という所で最大瞬間風速42.6メートルを記録したという。Cimg0604 今後の進路だが、ちょうど北緯30度線を越える頃、急激に東に舵を切るので、鹿児島本土への上陸はほぼ100パーセントなさそうである。(上の画像はすべて午後1時のNHKニュースから)

 1時半頃、雨脚がふと途絶えたのでデジカメをもって外に出て見た。

Cimg0613 菜園は水浸しで、昨日の午前中に植え付けたブロッコリーの苗の葉っぱが千切れたり横倒しになったりと散々だ。台風の通過を待ってからにすべきだった、と反省。Cimg0609_2 倉庫前のセロシアの一群はすっかり横になってしまっている。Cimg0610 家の南側に広がるサツマイモ畑にも強風が吹き、白っぽい葉裏を翻して渡って行く。

 午後2時半現在、相変わらず雨は降り続くが、風は1時間前よりは収まったようで、上空の唸り声もおとなしくなってきた。

 ずっと北寄りの東風が吹いているため気温は上がらず、玄関先で23℃と半袖では肌寒いくらいだ。

 ところで・・・・・・我が家の愛猫モモが朝7時前に玄関から外に出て行ったまま帰ってこない。

 昨日、息子一家が岡山から帰省して一晩過ごしたのだが、孫二人の相手で構ってやれなかったうえ、夜寝る時に孫たちの邪魔になるからと別室に閉じ込めて置いたのがいけなかったらしい。

 閉じ込めたと言っても、虐待ではなく、餌・水それに段ボール箱のベッドを置いているのでモモに支障はない。

 しかし思えば、自分は昨日ちっとも構ってもらえず、夜も「閉じ込められた」(と、本人は感じた)ので、見捨てられたんだ、もうこんな家なんかにいるものかーと家出したのかもしれない。Cimg0593 おいおい、「対話の―」じゃなかった、いつ帰って来てもいいようにドアは常にオープンにしてあるぞ。早く帰れ、モモ。













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次世代の党・平沼赳夫氏の国会質問

 今日の衆議院本会議で、8月に旗揚げしたばかりの「次世代の党」(最高顧問・石原慎太郎)の党首・平沼赳夫氏は開口一番の質問で、安倍政権の押し進めようとしている「女性が輝くような社会を目指し、預ける保育園を増やして待機児童をゼロにする」という政策に噛みついた。Cimg0559 平沼赳夫衆議院議員は1939年生まれの今年満75歳。7年ほど前に軽い脳梗塞を患ったが、見事に復帰を果たした。(画像はNHK国会中継から)Cimg0560 
平沼氏の質問要旨は、

 「子どもを産んですぐ保育所に預けて働きに出るというのは、社会に子どもを育ててもらうわけで、そうなると家庭の機能は低下し、乳幼児にとって由々しき問題だ。3歳までは母親との十分なスキンシップが極めて大切である。アンケートでも女性の80パーセントは外働きよりも家庭を選んでいる。総理は見直す考えはないか?」

 というもので、育てられる子どもにしてみれば至極まっとうな見解であった。

 Cimg0561 これに対して安倍総理は「見直す考えはない」と一蹴。

 どうやら女性の管理職を増やすという「国際公約」の一見スマートな思考の枠組みに囚われてしまったようだ。

 あゝ、子どもに選挙権があったら次の選挙では落選だろうに・・・。

 女性が一番輝いているのは、子育てに専念している時ではないだろうか。外働きをさせたら、子育てと仕事と家事の多くが女性に降りかかる。そうなれば「子どもは一人か二人で十分」となり、生涯未婚のキャリヤウーマンを選択した「子どものいない」女性群を考慮すると、人口はますます減少して行く。

 「子育てこそが女性の仕事」という永遠変わることのない自然性(不易)を十分に浸透させ、それに見合った収入を保証すれば女性は安心して子育てに邁進できる。それに伴って地域社会にも血が通い、安定し、物心両面で豊かになるに違いないのだが。

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