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鹿児島に草創期の土器が多い理由

 木曽の御嶽山が9月27日(土)の昼少し前に大爆発を起こし、頂上付近にいた登山者のうち60名余りが命を落としたが、いまだに遺体の発見されない7名の行方不明者があるものの、昨日(10月17日)の捜索活動が最後のものとなった。Cimg0717 降り積もった火山灰が台風18号の雨でドロドロにぬかるんだあと硬くなり、さらにその上に雪が積もったことでいよいよ捜索(発掘)が困難になったことと、想定していたしらみつぶしの捜索範囲を100パーセント終えたからという。

 行方不明者の家族には気の毒だが、来春の雪解け時期を待つほかなくなったわけである。Cimg0720 昨日(10月17日)は、行方不明者の家族19名が麓の王滝村のヘリポートから大型ヘリに分乗し、御嶽山の山頂付近を上空から視察をした。おそらく捜索本部から「今日が捜索活動の最終日になるので、慰霊的な視察を・・・」というように言われていたのだろう。

 残念ながら、この日の3時頃には新たな発見者もなく、捜索活動が終了した。

 それにしても9月27日のただ一度だけの水蒸気爆発で、60数名の犠牲者を出したことを思うと、火山の爆発・噴火の威力はすさまじいものだ。

 

 ところで、テレビニュースで捜索活動の模様をたびたび目にしたが、噴火直後の捜索では積もった灰で足をすべらせ、積もった灰がもうもうと立ち上がったりしていたが、台風18号の時の雨のあと、今度は逆に水分を含んだ灰が粘土状になって足を取るようになっていたが、その変化は劇的であった。Cimg0666 まるでモルタル(生コンクリート)の中を歩いているような状態(画像は10月9日のTBS「ひるおび」から。以下同じ)。Cimg0660 「変化する火山灰」というタイトルで降り積もった火山灰の状態変化をまとめている。

 それによると、噴火の翌日の捜査活動では「火山灰で足元が滑る状態」であったが、6日目(10月2日)の雨で積もった灰が水分を含み、10月4日の活動ではぬかるんで「足元が埋まる状態」になっている。Cimg0668 10月5,6日は台風18号の襲来で捜索中止。7日(画面では「おととい」となっている)には再開したが、多量の降雨でさらにぬかるみは増して「10m進むのに20分かかり」「山頂付近でぬかるんだ火山灰に首まで沈んだ」という。

 多量の雨が降って灰が流されたのならいいが、粘土状になっているため流れずにドブドブ状態になったわけである。Cimg0669 一昨日(10月16日)は1,000人態勢で臨んだが得るところ無く、さらに昨日の活動でも同様であったので、長野県知事の決断で今季の捜索活動は終了となった。

 これらの報道を目の当りにして、ふと想像したことがあった。

 それは「火山灰こそが土器の原料だったのではないか」ということである。特に上の画像の最後から二番目からは、火山灰は適度に水分を含むと粘土状になるーと考えてよいようである。

 

 この粘土状の物をこねてから器の形にし、乾燥させてから焼けば「土器」状の物が生まれるではないか。焼き割れを防ぐために何かを混入させれば使える器になるに違いない。

 

 火山灰と言えば、鹿児島はまさに本場中の本場である。特に現在も毎日のように噴煙を上げ続ける桜島は、土器の原料たる火山灰の最大の供給源だろう。

 

 この桜島は、国分(霧島市)を中心とした姶良カルデラの大噴火(約25000年前)の時に形成された外輪山の一つで、外輪山の最南部に今から12800年前に噴き出た火山である。

 

 この時期の火山灰が適度な水分を含むような環境に埋もれて粘土状になり、鹿児島縄文草創期から早期の高度な土器文明を生んだのだろう。

 

 草創期から早期の土器の特徴は模様が「貝殻文様」で、形は「角型円筒式」という鹿児島を中心とする独特のもので、しかも約8000年前にすでに「壺型土器」(単純に壺と言ってもいいが、考古学上はこのように表現している)を発明している。世界最古である。

 

 しかしこれらの縄文草創期・早期の文明は、7300年前の「鬼界カルデラ大噴火」により壊滅した。「鬼界」とは「鬼界島」のことで、薩摩半島の南海上に位置する硫黄島を歴史上こう呼んだことがあって名付けられた。硫黄島は桜島が姶良カルデラの外輪火山であるのと同様、鬼界カルデラの外輪火山である。

 鹿児島を中心とする南九州は、以上のような巨大なカルデラを他にまだ二つも有しており、火山の恵み(気候の温暖・地熱・温泉)を持つ一方で噴火・火砕流・降灰の被害も大きいとは一般によく言われる。

 この恵みに加えるに、土地の歴史を考える際には火山灰の堆積による粘土からの「土器の発明・発展」を考慮すべきではないかーと御嶽山の噴火被害の報道を目の当りにして触発されることであった。

(追記)

 九州島で最も古い土器と言われるのが長崎県佐世保市の「泉福寺洞穴遺跡」で発見された豆粒文土器で、13000年前の物と言われている。これは鹿児島の最古の土器と大した差はない。

 長崎県も火山の多い土地で、雲仙・島原地方には有名な温泉地帯がある。

 また、今のところ日本最古と言われているのが青森県外ヶ浜町の大平山元Ⅰ遺跡で発掘された無文土器の破片で、放射性炭素による測定で16500年前とされる。

 青森県もやはり火山が多く、恐山・岩木山・八甲田など枚挙にいとまない。

 日本全体で活火山は110ほど、そのうち常時観測の対象となっているのが47火山と、世界でも例のない多さで、これからも火山灰層の中から「最古の土器」が見つかる可能性がある。

 


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