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やっと見えた御来光

 正月も早一週間が過ぎようとした今朝、東の肝属山系の上にようやく朝日が昇り、御来光を観測した。Cimg1876 午前7時半、肝属連山の稜線が黄色身を帯びて明るくなった。間もなく太陽が昇りはじめる。Cimg1880 東には薄い棚引く雲と、桜島からの噴煙の流れがたゆたっているが、それ以外の空は完璧に晴れ上がっている。東を振り向くと十六夜の月の名残りが浮かんでいた。Cimg1887 さあ、いよいよ太陽がお出ましになる。Cimg1891 7時35分ごろ、今年初めて我が家の庭から見た御来光だ。

Cimg1900 いつもより遅めの朝食後に、テレビの「ニュースアップ!」(テレビ朝日)を見ていると、思わぬニュース解説があった。

 ここのところ桜島の山体が顕著に膨張して来ているーというのである。昨日1月6日に鹿児島気象台が発表したらしい。Cimg1897 山頂から半径2キロまでは火砕流の流れる危険性があり、噴火の際には噴石などに要注意とのこと。

 去年までの2年間くらいは年間爆発・噴火が450回くらいに減少して活動は低下しいたが、時折り4,5000mの高度まで噴煙を上げることがあった。

 それが今年になってから一転して急に爆発・噴火回数が増え、気象台発表の火山情報によると今日の午後3時頃までにもう30回を数えたそうだ。一日5回のペースであり、たしかに要注意だ。

 しかも精密な観測では桜島の山体の膨張が見られるという。その原因は火口内部にマグマ由来の噴出物が溜まり、そのガスが多くなっているからのようである。

 『三国名勝図会』によると、桜島は文献上では平安時代から噴火災害が記録されているが、特に最近の三回、古い順に「文明8年(1476)」「安永8年(1779)」そして「大正3年(1914)」が大きかった。

 文明8年の噴火は旧暦の9月12日から19日まで連続噴火し、大降灰と島の西南の海が隆起して本島とつながり、死者数を知れずという有り様だった、という。

 安永8年の噴火は旧暦の10月1日から5日まで連続噴火し、島民の死者は240人余だったという。

 そして大正3年の噴火は新暦の1月12日、島民と鹿児島市内での死者は併せて58名。この時の溶岩流で島と大隅半島が地続きになっている。

 どの噴火でも前触れとしては2日前から5日前くらいから地震が頻発するようになり、井戸水が温水になったり枯れたりしている。大正の大噴火直前では真冬であったにもかかわらず、カエルや蛇などの冬眠動物が姿を見せたという。

 気になるのは三大噴火の起きた間隔だが、文明と安永間はほぼ300年、安永と大正間は240年で、200年以上とかなり長い。

 大正大噴火から今年までまだ101年と半分以下なので、当分無いだろうと思いがちであるが、あの2011年3月の東北大地震が引き金になって日本列島に大きなゆがみ(大陸プレート間のずれ)が促進されてしまった、という考えも生まれており、安心はできない。

 

 山体膨張が一過性のものであることを祈りたいが、もしも大噴火したらーということも一応考えておくに越したことはないだろう。















 

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