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火山噴火情報に関する検討会

 今朝のNHKニュースで、昨日気象庁で「火山噴火情報についての検討会」が開かれたとあった。Cimg2276 公式に国民に対して噴火情報を伝えるにあたっての検討会のようだ。Cimg2279 7時のニュースではその模様を映し出していた。(上は6時半のもの。下は7時のもの。どちらもNHK画面から)Cimg2280 この検討会は去年の9月に起きた御嶽山噴火(爆発)による登山者の大量遭難を受けてのものであり、日本列島にある110と言われる活火山への登山や観光への災害対策に重点が置かれている。Cimg2277 その結果「噴火速報」を発表することになったらしい。その速報度で気象庁側は5分ほどかかると言い、検討者側の委員たちは1,2分以内でないと意味がないと言っている。

 鹿児島ではすでに桜島噴火・爆発(噴火と爆発の違いは火口から溶岩性のものが漏れるか漏れないかである)に関しては、視聴者側の設定により速報が画面に自動表示されており、我が家でも設定して見ている。

 噴火或いは爆発が起きると画面左側に帯状に表示されるようになっているが、まず「第一報」というのが最初に出るわけだが、噴火(爆発)時間と表示時間とのタイムラグは5~6分はある。

 別に桜島登山して山中にいるわけではないので、何分かかろうが差し支えはないが、これが登山の最中だったら、たしかに危険は大きくなるだろう。火砕流が発生した場合、その速度は時速100㌔ほどにもなって山肌を下るそうだから、情報をキャッチした際の3分の違いは生死を分ける可能性が大である。

 しかしそもそも今後活火山に登るというのであれば、やはり常日頃の火山情報をキャッチしておくことが必須だろう。観光的に容易に登れる火山は眺望も抜群なため、そんな準備もいらないくらい「みんなが登っているから大丈夫、気にしない」と気軽に登ってしまうが、これからはそうは行くまい―と御嶽山の遭難は教えてくれた。

 ところで、2月14日のブログにも書いたが、桜島の活発な爆発・噴火は収まる気配がない。

 今朝、本棚で探し物をしていたら、かなり昔の『かごしま 茶の間の地球科学』という本が目に入った。昭和56年発行(発行所・南郷出版 執筆は鹿児島県教育地質調査団)の地学系の大学教授・高校教諭の手になる鹿児島県全域の地質・火山活動・植生などを地域別に「地学散歩」というコンセプトで書かれた本である。

 そこの桜島の記載部分に図があったので次に載せてみる。Cimg2288 この図が桜島の噴火・爆発のメカニズムで、鹿児島湾(別名・錦江湾)の海面下10キロにある「アイ良マグマだまり」(姶良マグマだまりのことで約25000年前にここを根源とする巨大噴火が起き、桜島を南限とする直径20キロ以上の大カルデラが出現した。霧島市の大部分はその時の火口原。また噴出した火砕流は鹿児島県本土を覆い、シラス台地という名で残った)から、桜島直下2~3キロの「桜島マグマだまり」にマグマが供給され続けている―という。(同書1-33ページ)

 桜島の大正大噴火(1914年1月)によって、この直下のマグマが放出され、桜島の山体が沈降したのだが、最近また(というか大正噴火以後継続して隆起はしていたが)格別に膨張して来ているらしい。つまり直下のマグマだまりには大正噴火前の90パーセントの量にまで回復しており、近い将来相当な噴火があってもおかしくない状況になって来ている―と言われている。Cimg2287 こちらは桜島の火山(火口)の図で、同書によると、約13000年前に噴火し形成されはじめた桜島だが、北岳が最初期の噴火口で、その活動が終わった頃に今度は2キロ南部に南岳火口の活動が始まったという。

 南岳は最近では昭和30年(1955)頃から活動が活発となり、この本が書かれた56年(1981)の一年前の55年(1980)当時の生々しい記述がある。

「桜島南岳は、昭和55年の1年間に277回も爆発を繰り返している。爆発が一番多かった月は5月の69回であるが、なかでも5月8日は連続7回も爆発したと報道されている。

 一噴(ひとふき)千両!地球のささやきが聞こえる国(鹿児島)!―と観光客には讃嘆されるが、降灰の悩みは大きい。55年(1980)4月の降灰量は鹿児島市で1㎥あたり259㌘もあったらしい。降灰地域はその日その時の風向き次第でくるくる変わる・・・・・・」

 こんな悩みは今でも続いている。

 2006年からは南岳に代わってその東側の山腹八合目に位置する「昭和火口」(上の図の赤丸)が噴煙を上げ始めた。

 昭和火口の噴出は昭和10年ごろに始まり、昭和21年(1946)には大規模な溶岩流をもたらしている。南岳の寄生火山と言われるので、南岳の火口が蓋をされたので、火道の途中から噴火口ができたわけである。Cimg2286 昭和火口から昭和21年に流出した溶岩を赤く塗ったが、その範囲は半端ではない。この時に桜島登山をしていた人(学生ら)がいたと聞いたが、幸いにも死者はいなかったようである。だが、登山コースのある山の西側に流出していたらエライことになっただろう。(同書1-31ページの図)

 大正の大噴火の火口は東西二か所あり、そのうちの西側の「なべ山」火口から流れ出た熔岩は桜島と大隅半島の間の瀬戸(早崎海峡)を埋め、地続きにしている。

 「なべ山」はこの図では昭和熔岩に囲まれたドーナツ円の中心部であるが、この山は高さが350mほどしかないが、この火口のはるか上(標高800mくらい)の昭和火口が大噴火を起こしたら、いったいどうなるか心配である。最悪の場合「山体崩壊」になるかもしれない。

 今、ちまたでは「富士・箱根両火山が危ない」と言われているが、こちらとの連動も考えられる。「2020年頃には・・・」と言う学者もいる。

 東日本大震災を引き起こした太平洋プレートと北米プレート間の「ずれ修正」の余波が、日本列島を載せている他のプレートにもひずみを与えているらしいから絵空事とは言えなくなってきた。














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