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政府と翁長沖縄県知事の会談が実現

 去年の12月の沖縄県知事選挙で選出された翁長知事と政府要人との会談がようやく実現した。

 これまで翁長知事が何度も上京して会おうとしても会わなかった政府が、普天間基地に隣接する「西普天間米軍住宅地」の返還式典に合わせて会談することになった。Cimg2827 会談のため訪れた県庁で初顔合わせだが、翁長知事は顔をそむけているように見える。(画像は読売テレビ「バンキシャ!」より。以下同じ)Cimg2828 席上で、翁長知事は米軍によって接収されて基地となり、その後どのような変遷があって今日に至ったのかを説明したようだ。そして「普天間基地が返還されたとしても、辺野古に新たに米軍基地ができるのでは沖縄の基地の面積は変わらない。辺野古への基地建設はやめるべきだ」。Cimg2825 バンキシャ!の解釈では、今回これまでかたくなに会うのを拒んできた政府が会談することになったのは、「政府が基地負担軽減に取り組んでいることがアピールできるから」というもの。Cimg2779 たまたまこの日は沖縄で米軍に追い詰められた住民が集団自決をした読谷村の「チビチリガマ」(ガマは九州南部から沖縄にかけての方言で「洞窟」)の70周年ということで慰霊祭が行われていた。(画像は「関口宏サンデーモーニングより。以下同じ)Cimg2778 沖縄戦では県民20万の死者が出たが、半分は純粋の民間人であった。

 当時の沖縄県人口は60万とされているので、民間人6人に1人の割合で死者が出たことになる。これは原爆を投下されて瞬時に8万の死者が出た長崎市に匹敵する割合だが、その後も宿敵米軍の統治下に置かれ、解放後も多数の米軍基地が置かれたままの現状は、長崎をはるかにしのぐ苦境である。

 翁長知事は会談の中で、「沖縄は自ら望んで米軍を置いてくれといったことはない。すべて米軍を日本本土の防衛のため必要だとする政府の政策による。」と寸鉄を刺したが、まったくその気持ちはよく分かる。

 しかし、米軍が沖縄はじめ日本各地に駐留しているのは決して日本を守るためではなく、国連憲章52条の「敵国条項」に該当する日本をいつまでも牽制しておくためだと知るべきである。

 国連憲章から敵国条項を削除せよとの意見はドイツも提出して国連の多数意見になっているのだが、なにしろ「一国でも拒否権を行使したら、その採択は無効」という強大な権限を与えられている安全保障理事会の常任理事国の米英仏露中のうちまず中国が反対し、露も反対に回るであろうから不可能なのである。日本の常任理事国入りを英米すら積極的に支持しないのもかっての「敵国」だからである。

 現国連の設立の経緯からすれば当然の帰結で、では日本は今後どうすべきなのか。国際連盟の時のように脱退するべきか? 国際連盟では日本は常任理事国であったのに、満州帝国をめぐる英国主導の邪魔立てにけつをまくって潔く連盟を後にしてしまったが、今現在、そのようなことは無理であろう。

 そうなるとスイスのように国連とは距離を置く、永世中立を目指すほかあるまい。ただし昔のように「非武装中立」などという書生論では話にならない。やはり自国は自国で守るという「専守防衛」意思をはっきりと表明すべきだ。

 その流れの中で、沖縄や日本本土に置かれた米軍基地も縮小して行くのが現実的だろう。沖縄の米軍基地がゼロになった時点で、北方領土も返還されるようになるはずである。これが歴史認識に基づいた戦後体制の解消法であると考える。

 これが本当の「日本を取り戻す!」(以前の自民党の選挙用スローガン)ことで、集団的自衛権(実はこれも連合国同士による対枢軸国つまり日独などへの自衛権というのが歴史的経緯なのであるが…)なるものを拡大解釈して行くのは自滅への道と知るべきである。

 沖縄県としては普天間の代替施設としての辺野古を一応は容認し、海上基地を作らせ、いずれは米軍が沖縄から撤退した時、日本防衛軍の基地に転用すればよいと私などはそう思っている。








 







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