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吾平山陵の桜(鹿屋市吾平町)

 一昨日行った玉泉寺公園は8分咲きだったので、今日あたりはもう散り始めているだろうと思い、今日はさらに山手にある吾平山陵を訪ねてみた。Cimg2700 思ったほどの人の出ではなかったが、それでも普段は閑散としている駐車場に、10台くらいの車が停められていた。

 桜はまさに満開から散りはじめたところで、駐車場の路面は花びらで白くなっている。Cimg2705 山陵入口に架かる大橋も花びらで埋め尽くされている。Cimg2706 この前来た時(2年前だったか…)には日本語だけの案内看板が、半分のスペースに英語の説明があるようになっている。

 このところ鹿屋市内の到る所でリニューアルが見られるが、ここもそうで、おそらく今秋に開催される「国民文化祭鹿児島大会」に合わせて予算が付いたのだろう。Cimg2708 山陵大橋から見た姶良川の流れ。桜の咲いている所には東屋がある。Cimg2710 山陵への道には二本の石橋が架かるが、こちらは第一石橋。Cimg2712 広い砂利道の向こうに、ウガヤフキアエズ尊の墓といわれる洞窟墓の吾平山陵(正式には吾平山上陵)がある。洞窟なのに山上陵というのも変だが、江戸時代の薩摩藩地歴書『三国名勝図会』では「吾平山陵」となっている。

 昔、といってもそう遠い昔ではないが、明治時代中ごろまではここに「鵜戸神社」があり、墓主のウガヤを祀っていたが、山中で参拝に不便ということで旧吾平町役場の隣りにあった「田中八幡神社」のところに移設し、田中八幡は別の場所に移転させたという経緯がある。

 吾平山陵の起源は不明だが、田中八幡神社の由来ははっきりしている。江戸時代の正式名は「正若宮八幡宮」で、島津荘を開発した平季基の弟の良宗が当地を支配したことが、この神社の宝物として奉納された古鏡の銘「長久四年  平判官」とあることで分かっている(長久四年は1043年)。Cimg2713 ここは宮内庁書陵部の管轄で、木の看板には「吾平部事務所」とある。「Ⅰlove(アイ・ラブ)事務所」とは洒落ているな。Cimg2715 事務所の手前に川に降りる石段があり、流水に手が届く。伊勢神宮の五十鈴川を真似た(一説によると伊勢神宮が真似た)という姶良川の清流がゆるやかに静かに流れる。Cimg2714 石段から下流方向を見ると遠くに第二石橋が望まれる。

 この山陵の敷地の中にはソメイヨシノも山桜もないが、清流に似合うモミジが青々と美しい。























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