« 陛下!南の満州・盤山にもお出で下さい! | トップページ | 沖縄全戦没者追悼式 »

梅雨の雨間に田植え(鹿屋市大姶良地区)

 大姶良川沿いの池園・田淵・獅子目あたりでは、今が普通作の田植えの最盛期だ。Cimg4320 大姶良川の土手のすぐ下の田では、4~5条植えの田植え機が稼働している。見ている間に端から端まで行く。動きはかなり早い。Cimg4323 隣りの広い田んぼでは夫婦で補植の最中。Cimg4324 植えたばかりの田んぼにしては水が少ないと思い、おばさんにきいてみた。

「タニシが出て来て、苗を食い荒らすので少なくしている。こうしておくと1週間くらいで出て来なくなるから・・・」

 タニシとはジャンボタニシのことで、ずいぶん前に食用として導入され、転作田を中心に流行ったことがあった。食用として成功したという話は聞かないから、今では自然繁殖して各地の田んぼで害虫化している。

 稲が幼苗だと全滅することもあり、かといって食の安全のためには殺虫剤も使えず厄介な代物となってしまった。<特定外来生物の撲滅>というような国策で何とかならないものだろうか。Cimg4326 大姶良川を渡り、獅子目地区の田んぼに行く。正面の丘の上には南北朝期から戦国時代まで獅子目城があり、藤原姓富山氏の一族・獅子目氏の居城だった(後裔は志々目氏)。Cimg4329 獅子目城跡の下の田ではいま代掻きをしている。Cimg4331 どの田を見ても、今は機械植えのために短冊状に真っ直ぐに整備されている。奈良時代に律令制が開始しされ条里制が施行されたが、その頃こんな田だったら国や郡も租税単位として把握しやすかったろうが、あいにく1300年もかかったうえ、今は自由作の時代だ。

 ここでも老夫婦が補植の最中。

―あら、おとうさんここで会ったねえ。

―じゃっどが。はら、おみゃ、腰が痛くなかや?
















|

« 陛下!南の満州・盤山にもお出で下さい! | トップページ | 沖縄全戦没者追悼式 »

おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 陛下!南の満州・盤山にもお出で下さい! | トップページ | 沖縄全戦没者追悼式 »