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陛下!南の満州・盤山にもお出で下さい!

 今日夕方のニュースで、天皇皇后両陛下が宮城県・山形県を訪問され、特に「北のパラオ」として有名になった宮城県蔵王町の「北原尾」地区に開拓者を訪ねられたという。

 北原尾は元パラオ移民が引き上げた開拓地で、何年か前にパラオの大統領が訪日した時に、「北パラオ」という地名の縁で交流を持ったのだそうである。

 そのことが陛下の耳に入り、今回特別のご訪問となった。24戸130人ほどの入植者たちにとって全く思いがけないプレゼントだったに違いない。Cimg4274 入植記念碑の前で両陛下に説明する工藤氏(酪農協組合長でパラオで生まれている人物)。(画像は鹿児島読売テレビから)Cimg4277 まだガラスもない住宅ではずいぶん寒かったでしょうね―とねぎらわれる陛下。Cimg4280 感激の工藤氏。Cimg4279 太平洋戦争の激化で、やむなく南の楽園パラオから本土に引き上げて来た佐崎さん。苦労も吹っ飛んだに違いない。

 北原尾は宮城県内でも有数の酪農地帯として頑張っているが、その転機は冷害だそうである。あらゆる畑作物がやられる中で牧草だけが青々と育っていたのを見て酪農一本に賭けて来たという。そして今、それが実を結んだ。引き上げ後も苦労に苛まされ続けた入植開拓者の成功事例なのだろう。

 鹿児島県にとてもよく似た事例がある。それは肝属郡旧田代町の大原地区にある「盤山」である。

 盤山(ばんざん)は満州へ移民した(分村した)与論島出身者の開拓集落で、こちらは「国策」によって満州への入植が奨められ、応じて行った与論島開拓団が入植した「満州国錦州県盤山」に由来する地名である。

 北原尾の人たちと同じように、終戦後に引き上げて来たのだが、こちらは悲惨だった。例のヤクザなソ連軍の侵攻に遭い、総勢630名くらいの引揚者のうち200名が命を落としている(自決した人も多いが、その悲惨さは筆舌に尽くしがたい)。もちろん田畑も財産も持って来れず、ほぼ着の身着のままで・・・。

 昭和21年に田代に入植(54戸・165名)し、飢餓線上にありながら一心に開墾し、色々な作物を作った。だが北原尾のような冷害ではなく、こちらは巨大台風に翻弄されたあげく、台風下でも青々と耐えている「茶の木」を目の当りにして、茶の栽培に本格的に取り組んで今がある集落なのである。

 標高300mから500mにかけて展開する旧田代町大原地区の茶は、寒暖の差が大きく朝霧も多いことから美味い茶ができるところとして有名だ。

 北に「北原尾」あり。南に「盤山」あり。

 両陛下には是非とも「盤山」を訪問され、開拓者へのねぎらいのお言葉をかけていただきたく、衷心よりお願い申し上げる次第です。

 肝属郡旧田代町盤山については拙ブログ「あじさいロード」にやや詳しいので参照のほどを。




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