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「日本の歴史家を支持する声明」

 一ヶ月前の5月4日にアメリカで出された「日本の歴史家を支持する声明」というのが話題になっている。Cimg4106 昨日(6月5日)の朝7時のNHKニュースで、アメリカの歴史研究者180名が連名で出した(次第に賛同者が増えて400名を越したそうだが)「日本の歴史家を支持する声明」が取り上げられた。Cimg4105 連名者の中に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いた著名な歴史家エズラ・ボーゲルと『敗戦を抱きしめて』『容赦なき戦争』などを著したジョン・ダワーなどもいるそうだ。

 歴史認識と言えばお隣りの韓国や中国が執拗に「日本が戦前に起こした侵略に対し、謝罪せよ。それが歴史認識だ」という論調が一世を風靡している感がある。今度はアメリカからそう言われるのか―と危惧が生まれた。

 しかし、声明を読んでみると、むしろ逆の印象を受けた。以下は「毎日新聞インターネット版」から入手した声明文の中から要点を抜き書きする。

<日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第2次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対して、心からの賛意を表明するものであります。>

<戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察犬の節度ある運用と政治的な寛容さ、は日本が科学に貢献し他国に寛大な援助を行なってきたことと合わせ、すべてが世界の祝福に値するものであります。>

<しかし、・・・(中略)・・・歴史解釈の問題があり、その中でも争いごとの原因となっている最も深刻な問題の一つに、いわゆる「慰安婦」制度の問題があります。>

 ここまで読んできて、ははあ、やはり慰安婦の問題に切り込んで来たな、と思った。しかし続けて、

<この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、余りにゆがめられてきました。>

<元「慰安婦」の被害者としての苦しみが、その国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、それは問題の国際的解決をより難しくするのみならず、被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなります。>

 とあるのを見ると、韓国や中国、特に韓国のアメリカでの「慰安婦像」の設置などにみる行き過ぎた民族主義的な愚行に対して、警鐘を鳴らしているのである。

 一方で、世界史的な認識と日本への提言もある。

<多くの国にとって、過去の不正義を認めることはいまだに難しいことです。(中略)アフリカ系アメリカ人への平等が奴隷制度廃止によって約束されたにもかかわらず、それが実際の法律に反映されるまでには、さらに一世紀を待たねばなりませんでした。人種差別の問題は今もアメリカ社会に根深く巣くっています。米国、ヨーロッパ諸国、日本を含めた19、20世紀の帝国列強の中で、帝国にまつわる人種差別、植民地主義と戦争、そしてそれらが世界中の無数の市民に与えた苦しみに対して十分に取り組んだといえる国は、まだどこにもありません。>

<今年は日本政府が言葉と行動に於いて、過去の植民地支配と戦時における侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です。四月のアメリカ議会演説に於いて、安倍首相は人権問題という普遍的価値、人間の安全保障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ちを称賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません。>

 上の最初の見解は、まったくその通りだと思う。ただ、日本と欧米の植民地支配の構造が大きく違い、日本は諸民族の教育の普及・向上によりアジアの各民族の自決(大東亜共栄圏構想)を目標にしていたのに対し、欧米のアジア・アフリカ植民地支配は人種的蔑視に基づいた「民族の自治権は認めない」という属領支配だったのである。

 日本が欧米の圧力よる開国後の不平等条約(治外法権あり・関税自主権なし)を撤廃したいということで懸命に欧米の文化・文明を取り入れ、諸制度を充実させ、日清・日露戦争を経てようやく平等な関係を築いた。さらに、1919年のパリ講和会議(全権公使・西園寺公望)において「人種差別撤廃案」を提出し、議決にかけたら多数の支持を得たにもかかわらず議長の米大統領ウィルソンによって「全会一致でなければ認められない」と強引に葬られてしまった―こういう歴史事象に触れないのは片手落ちだろう。日本の意見が取り入れられていたら、もっと早く人種差別はなくなり、「民族自決」が実現していたに違いないのである。

 あと半分の提言では、安倍首相のアメリカ両院合同議員会における演説を高く評価している。しかし、その内容に応じた「大胆な行動を期待する」という意味をどうとらえたらよいのか、首をかしげる。安倍首相は慰安婦問題に対して過去の「村山談話」つまり謝罪を支持すると言っているわけで、これに加えて何か行動を起こせ―というのだろうか? どんな行動を期待しているのか、よく分からない。8月に出すという「戦後70年を迎えての首相談話」では、マスコミによると「謝罪はいれない」らしいが、そのことに対して釘を刺しているのだろうか?

 最後に再度「慰安婦問題」を取り上げ、しめくくっている。

<性暴力と人身売買の無い世界を彼ら(注:アメリカで歴史を学んでいる日中韓等の留学生のこと)が築き上げるために、そしてアジアにおける平和と友好を促進するために、過去のあやまちについて可能な限り全体的で、できうる限り偏見なき清算を、この時代の成果として残そうではありませんか。>

 性暴力と人身売買は何も日本人だけの問題ではない。たしかに太平洋戦争の最中には日本軍人に対して「慰安所」が設けられ、それは日本軍人が利用する以上、日本軍の関与があったことは事実であるが、「強制連行」とか「拉致」はなった。ちゃんとした「公募」だったのである。むしろ彼女らの「高級」に目のくらんだ親・親族が募集業者に積極的に関与していた疑いの方が強い(韓国でも同じ。もっと凄まじかったかもしれない)。

 日本軍は「慰安所」を設けることで、占領地における日本軍人の現地民婦女子への性的暴行を可能な限り防いでいたことも見落としてはならない。しかも当時の日本では「赤線」と言われる性風俗地域が公認されていた(当時の世界はどこでも似たり寄ったりではなかったか)わけで、今からみればずいぶん非道なことと思われるだろうが、それが過去の現実であった。

 この最後の声明は、過去の現実は現実として認め、未来の現実に向かって一歩でも二歩でも進めよう―というメッセージを、過去に現実に「慰安所」という組織的な性暴力機関を設けてしまった日本がまずは過ちを認め、世界に対して積極的にこのようなことがあってはならないと表明して欲しいという期待感の表れとみたい。

 ※上記の深紅の太字で書いた中の「人種蔑視」に関して、最初のほうで紹介した歴史家ジョン・ダワーの『容赦なき戦争』の一節には、こう書いてある。

<フィリピンの征服…この戦闘(注:アメリカのフィリピンへの侵略戦争)でアメリカ人は、どのような特性を敵に与えただろうか。戦闘では、推定で二万人のフィリピン人「暴徒」が殺され、二十万人にのぼる市民が破壊に伴う上と病気から死んだとされる。フィリピン人は「卑しい裏切り、ぞっとする残忍行為」を平気で行う連中であると、陸軍長官は述べた。茂みの中に隠れている「ゴリラ」だと、ある将軍のレポートは記し、―「文明化した諸国では戦争の掟として知られることを常習的に破る野蛮人」と別の将軍は語った。(中略)ラドヤード・キップリングの有名な詩「白人の重荷」は、フィリピンでの戦争に応じて1899年に書かれたが、「取り乱した連中、乱暴で不機嫌な人々、半分は悪魔で半分は子供」という、西洋のフィリピン人及びアジア人に対する認識を不朽のものにした。>(同書197~8ページ)

 いかにアメリカ人や西洋人がアジア人を蔑視していたかが、また欧米の植民地支配の苛烈さがよくわかる。日本が「アジア民族の自立を!」と叫んでも、欧米人の目から見れば「チャンチャラおかしい、バカを言うな」ということだったのだ。これが太平洋戦争の遠因であった。

 




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