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太平洋戦争はなぜ起きたか(続)

 ヘンリー・ストークス『反日中韓の詐偽を暴いた』の第1章はなおも次のように、西洋によるアジア植民地化の姿を描き出している。

<中国は植民地支配の新たな獲物として狙われていた。西洋人にとってアジアには――中国にもインドにもインドネシアにも――国境線など全く存在しなかった。また、住んでいるのは“先住民”だけだった。だから人として扱う必要など一切ないと考えていた。

 ルールは「弱肉強食」…そこには良心の呵責は無かった。白人優位の世界観が当たり前のように語られ、アジアやアフリカを侵略するのは白人の特権だと信じられ、まさに早い者勝ちの状況だった。

 そんな狩場のような世界に巻き込まれていなかったのが日本だった。しかし、西洋人の植民地主義者の間では「遅かれ早かれ、ヨーロッパの大国のどこかが日本を奪うだろう」と緊張が高まっていた。

 そんな中、イギリスはアヘン戦争(1840~42年)後、中国を切り刻みつつあった。フランスはインドシナの大部分を獲得してもなお物足りなく、さらに野望を燃やしていた。青島に拠点を置いたドイツは出遅れたが、その反動もあってハングリーだった。またロシアは樺太(サハリン)の一部を略取していた。

 白人諸国は有色人種の諸国を食い散らかそうとする衝動をさかんにし、アジアで争奪戦を繰り広げていた。>(同書 64~5ページ)

 この認識は幕末日本の開明君主、たとえば薩摩藩主島津斉彬などがいち早く察し、その後の維新への原動力となったわけであるが、「栄光の明治維新史」に拘泥して、この著者の言うような世界史の潮流が根底にあったことを、今日のわれわれの歴史認識に於いて忘れがちなのは残念である。

 <第2章>「慰安婦は性奴隷ではない」では、次の箇所が実に興味深い。

<ところで、この「性奴隷」という表現を無理やり日本軍と結び付け、日本を非難することを策略して最初に実行に移した“犯人”は日本人であることを指摘しておきたい。

 戸塚悦郎という日本人弁護士と、元社会民主党党首の福島瑞穂(現副党首)の実質的な夫らしい弁護士の海渡雄一の二人である。1992年(平成4)2月、こともあろうに国連人権委員会の場で「日本軍の性奴隷」を喧伝したのだから実に罪深い。>(同書 105ページ)

 弁護士なのに自国を弁護せず、逆のことをしているのだからたちが悪い。戦後の知識人・進歩的文化人は日本のことを貶める発言(自虐発言・自己否定的発言)をすることが多い。上記の著者の見解を冷静になって学んで欲しいものだ。

 そう言うと、多分、「中国を侵略し、朝鮮を植民地化して何を言っているのか」と反論されるだろうが、「欧米がまず真っ先にアジア・アフリカでやったことは侵略であり植民地化ではないのか」―とこの本の著者は繰り返し苦言を呈しているのだ。

 韓国の「植民地化」の是非については、この著者は呉善花の書いた物をおおむね評価しているが、呉善花が「日本は韓国を植民地化したが、善政を布いたので合併前より教育にしろ経済にしろ発展を遂げた」(要旨)という点について、著者は日本が行った合併は「植民地化」ではない、と断言している。

<・・・ここで重要なのは、日本人と一緒に朝鮮人も授業を受けていることだ。イギリスの(植民地の)インドや香港での統治で、イギリス白人とインド人や中国人が一緒に学校教育を受けることなど有り得なかった。イギリス人の私が言うのだから確かだ。植民地の先住民に対して宗主国が教育を熱心に施すことなど考えられないことだった。南アフリカのアパルトヘイト政策と同様に宗主国の欧米列強の白人の学校に、先住民を入学させ共に学ぶなどということは想像することさえできなかった。

 この意味でも、日本の朝鮮統治は「植民地統治」などとは全く違う別次元、別世界のことだと言ってもいい。>(同書 97~98ページ)

<第3章>「まやかしの南京大虐殺」

 南京大虐殺については、今は著者は「なかった」と認識しているが、以前はこうだったという。

<なにしろ、英語で出版されている「南京」に関する本、雑誌、論文等はほとんどすべてが「南京大虐殺」を史実と位置付けている。(中略)「南京大虐殺はあった」とする内容が英語の世界では圧倒的で、それを否定する論述はほぼゼロに等しいのだ。>(同書 129ページ)

 そのため著者も南京大虐殺はあったのだ、と思っていたらしい。

<その私がなぜ見方を変えられたかというと、「史実を世界に発信する会」(代表・加瀬英明)の英文データベースで、圧倒的に史実とされている「南京大虐殺」を否定する側の論述をよむことができたからだ。(中略)その中で最も衝撃的だったのは東中野修道教授が著した『国民党極秘文書から読み解く南京事件』(草思社)だった。(中略)その内容が衝撃的だったのは、中国側の史料によって「南京大虐殺」が無かったことを論じていたからである。日本側の史料ではなく、中国側の(国民党の)極秘文書によって、いわゆる「南京大虐殺」などなかったことが明らかにされていた。これは、説得力があった。

 繰り返すが、「南京大虐殺」などというものは、中国政府によるプロパガンダで、史実ではない。散発的にわずかな暴力行為はあっただろうが、むしろ日本軍が南京を占領したことで治安が回復し、20万だった人口が1か月後には25万人に増えているのだ。>(同書 131ページ)

 この第3章は著者も触れているように、加瀬英明代表の「史実を世界に発信する会」の英文による南京事件(主として東中野修道教授の前掲書)に負うているらしく、230ページの本のうち50ページを割いて詳しく「まやかし」が行われた真因を記述している。

 最後の方で著者はこう述べている。

<その「南京大虐殺」が問題として最初に大きな衝撃を与えたのは、連合国総司令部(GHQ)が製作しNHKで放送された『真相はこうだ(のちに『真相箱』)』であり、東京裁判でのことである。「南京大虐殺」などというものは東京裁判の法廷で検察側が持ち出すまで、そんな言葉も無く、まったく話題にも上がらなかったのである。

 そういう意味では、「南京大虐殺」という中国の偽りのプロパガンダを煽って火をつけたのはアメリカだった。>(同書 167ページ)

 話はその東京裁判を描<第4章>に移っていくが、今日はここまで。

 

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