« 変顔のアサガオ | トップページ | エリザベス女王の在位 »

抗日戦勝利70周年パレード

 9月3日午前、北京で中国共産党政府主催の「抗日戦勝利70周年」を祝うという建前の軍事パレ-ドが行われた。Cimg5721 天安門前の広場では次々に中国の新兵器がパレード。(画像はTBS「ひるおび」から。以下同じ)Cimg5729 最新作の無人攻撃機。おそらく米軍のパクリだろう。

 こうして世界に中国の軍事力の大きさを見せつけるのがこのパレードの狙いで、米国軍事力への対抗が主眼になっている。Cimg5738 習近平の演説が焦点だったが、Cimg5736 戦時中の中国には人民の自由はむろん無く、正義も国民党の目指す正義と共産党の目指す正義には大きな違いがあり、この二党の内戦のほかに各大都市には軍閥が跋扈し、混乱の極みにあった。

 日本軍が上海から南京に入城した際は、このような混乱の中でむしろ整然と進出してきた日本軍を歓迎する市民が多かった。そのため南京の人口が当時20万だったのが25万に増えている。つまり南京市内は国民党軍、南京軍閥によって一般人民が略奪や暴行に晒されていたのに、逆に日本軍の占領により安定と平穏が保たれたのである。

 当時の南京攻略軍司令官だった松井石根大将は、孫文の御廟である「中山陵」を決して破壊せぬよう細心の注意を払っている。孫文こそは日本が日清戦争で満州人支配の清国を打ち破り、それに乗じて旧弊を打破して新しい中国を築いた「辛亥革命」の主導者だったからである。

 日本は孫文提唱の「三民主義」を高く評価したが、革命後は最大軍閥の代表である袁世凱との確執で思うように主導権を握れずに、次第に力を得て来た共産党軍との戦いも加わり、1925年に孫文が死ぬと国民党は蒋介石、共産党は毛沢東の時代に入り、以後内乱状態が続くようになった。

 しかし昭和12年(1937年)7月7日の「盧溝橋事件」に端を発し、日本と国民党政府が本格的に戦争状態になって行く。この盧溝橋事件は共産党軍(八路軍)の陰謀だという説もあり、そうでないにしても国民党政府軍は日本軍と戦うことによって消耗し、結果として共産党軍は勢力を温存することができた。

 このことを裏付けるのが1949年に共産中国が誕生した時のいわゆる「共産革命第一世代」の毛沢東はじめ周恩来・劉少奇・林彪・鄧小平などの指導者は日本への親近感を抱いていた―とされることである。

 抗日・反日が中国国内の学校教育で声高に叫ばれ始めたのは「革命第二世代」の上海閥の江沢民時代からである。江沢民の父は日本軍が南京を占領したあとに設立を助けた「南京臨時政府」(代表・汪兆銘)の要職にあったゆえ、その事実を糊塗するために余計に日本軍悪辣説(つまり反日)を唱えだし、ありもしない南京大虐殺30万をでっち上げた。

 それが端緒でいまだに中国国内では公式的に「南京大虐殺を引き起こした日本軍国主義に打ち勝った」というのが彼らの歴史認識になっている。またそう言っておかないと1971年に国連に加盟が許され、1978年に米中共同宣言で米国が共産党政府を認め、安全保障理事会の常任理事国であった台湾国民党政府を追放してその後釜に据えられた理由が問われた時に「国連で連合国と戦って敗れ、憲章の53条で旧敵国とされている日本と戦って打ち勝った。だから安全保障理事会の常任理事国になって当然だ」とうそぶくことができる―というわけである。

 しかし米国も米国だ。いくら同じ中国人だとはいえ、自由・民主主義体制の台湾政府に替えて、自由も民主主義も何もない中国共産党政府をこともあろうに安全保障理事会の常任理事国のポストを当てるにあたってなぜ拒否権を行使しなかったのか? しなかったのはやはり「旧敵国日本」対策だったのだろう。

 「竹のカーテンを開けてやったぜ」とアメリカが喜んでいる間に中国はどんどん肥大化し、ついに上記のような軍事力を誇示し、南沙諸島を軍事要塞化してしまった。安保理の理事会に掛ければよいものを、なにしろ中国は拒否権を持つ常任理事国様だから手も足も出ない。Cimg5731 しかも軍事パレードには米国が体質的に最も嫌うロシア(これも安全保障理事会の常任理事自国だ)を隣りに立たせて仲の良さを内外にアピールしている。

 こんな中国に誰がしたかと言えば、アメリカである。自業自得というべきか、それを自分で解決するのは共産党政府を引っ張り込んだ手前できないし、対中貿易赤字の巨大さの前に迂闊に文句も言えないので、「じゃあ、そろそろ日本に加勢させようか。日本と中国がドンパチやってくれたらしめしめ・・・」というのがアメリカの本音である。

 日本には日本の行き方があり、他国との付き合い方もある。しかも先の大戦の結果、武力による解決はもうやめにしよう―というのが国是になっている。大東亜戦争によって欧米による人種差別的植民地主義は雲散し、民族自決の当たり前の世界になった(このことはヘンリー・ストークス『反日中韓の詐偽を暴いた』に詳しい)以上、今後ともその国是を変えてはなるまい。

 国連憲章53条で「旧敵国」になっている以上、原加盟国(反日・反独連合国)に付与された集団的自衛権を、日本なりドイツなりが行使することはできない。ましてすでに日米安全保障条約が機能しているのであるから、ますます集団的自衛権の行使は難しい。

 日米安保を解消したうえで、改めて集団的自衛権によりアメリカとの「相互防衛協定」的なものを結ぶ―というのが筋だが、「旧敵国」である以上、原加盟国(連合国側)だけに許されている集団的自衛権の行使はできない。

 となれば、日本はやはり日本独自の立場、つまり、「およそ国である以上固有の権利として許される個別的自衛権により専守防衛の軍事力を持つこと。スイスのような永世中立国となること」の二点を憲法に書き加えるのがよい。

 むかし社会党を中心とする革新政党は「非武装中立」を唱えたが、これは書生論で、当時のアンケートなどでは必ず最も好きな国の第一位が断トツでスイスだったのだが、スイスが「国民皆兵(徴兵制)」の国だと知れると、たちまちダウンしたことでも分かるように、とにかく「金科玉条=第9条(非武装)」であった。

 今日はもう「非武装」などという考えの人間はほとんどいないと思うが、今またスイスのような永世中立武装国への道すじが改めて考えられてもいいと思う。

 願わくば、平安京へ「還都」したうえで、天皇の御言葉として「永世中立」(ただし武装)が宣言されんことを!

 

 











|

« 変顔のアサガオ | トップページ | エリザベス女王の在位 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 変顔のアサガオ | トップページ | エリザベス女王の在位 »