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エリザベス女王の在位

 昨日9月9日にイ1ギリスのエリザベス女王が在位63年7ヵ月と3日を超え、5代前の高祖母ビクトリア女王のこれまでの最長在位期間を塗り替えたそうだ。Cimg5742 会見に臨むエリザベス女王。(画像はNHK6時台のニュースから。以下同じ)Cimg5746 1952年2月、前国王の父ジョージ6世の逝去を受け、戴冠式により王位を継承。まだ満25歳の若さだった。Cimg5748 25歳の女性にしては立派な鼻筋。Cimg5749 1975年には初来日(50歳)。夫君はフィリップ殿下だが、国王としての統治権(海外を含む)及び英国国教会の祭祀権は女王に属している。Cimg5752 イギリス国内での王室支持率は70パーセント。

 海外の連邦国・地域は16を数え、大国としてはカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどが挙げられる。

 ところが最近ニュージーランドではイギリスの国旗ユニオンジャックを標榜しない新国旗の制定を国民投票で行うという動きがある。連邦離脱というわけではないらしいが、新しい意思表示である。

 エリザベス女王がもし退位(おそらく逝去によるだろうが)することになれば、英連邦からの離脱を宣言する国や地域が出て来るに違いない。

 過去の大英帝国輝やかかりし頃は、ヘンリ-・ストークス氏が指摘したようにアジア・アフリカ最大の植民地宗主国であったが、日本人の大東亜戦争(目的:アジア民族自立)によって世界地図は大きく塗り替えられた。

 エリザベス女王が即位した1952年は日本が敗れてサンフランシスコ講和が実施に移された年(締結は前年)でもある。この頃には欧米のアジア・アフリカ植民地は次第に独立を果たし、10年後の1961年は「アフリカ独立の年」といわれるほど独立ラッシュが続いた。

 大英帝国―その栄光から挫折へ―を目のあたりにして来たのがこのエリザベス女王であった。それでもいまだにグレートブリテン・北アイルランド及び海外16国と地域の女王様である。

 栄光を築いたのは高祖母のビクトリア時代で、植民帝国、世界の工場、科学技術の先進地として世界を席捲した。在位は1837年から1901年の63年で、ビクトリアからエリザベスまでの間は男子国王が4代続いたがその合計在位は51年しかなく、世界共通で女性は長生きなのだといっても女王2代で126年、男王4代で51年はアンバランス過ぎる。

 日本でこれに似ているのが女王卑弥呼か。時代は1800年もさかのぼるが、当時の倭国(九州国家)では後漢の桓帝(在位147年~167年)から霊帝(在位168年~188年)の間に大きな戦乱があり、最後に卑弥呼が女王に立てられて収まった。その後卑弥呼は、死去する247年頃まで女王として君臨していた。

 桓帝と霊帝の間のどの時期に卑弥呼が擁立されたのかは不明だが、仮に霊帝の最後の年188年に擁立されたとすると、卑弥呼の倭国王としての在位は最低でも59年、足掛け60年となり、ビクトリア・エリザベス両女王に匹敵する長期間であったことになる。

 また女王ではないが、昭和天皇の在位も長かった。大正15(1926)年12月25日に大正天皇が崩御してから、昭和64(1989)年1月7日崩御までの足掛け64年、正味は62年と14日。これは日本の皇室では最長で、おそらく世界中の歴代男子国家元首の中でも最長だろう。

 日本という国号が生まれ列島全体が統一国家となったのは天武天皇の時代で西暦660年代。それから連綿と今上(平成)天皇まで1350年余、よくぞ続いた日本の皇室。現存する王家として世界最長を誇るが、ノルマン王朝(始祖ウィリアム1世:1066~1087年)から始まるイギリス王家に敗れたとはいえ、日本の伝統を決して棚上げにしてはなるまい。

 













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