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盗っ人ロシアの面目躍如

 9月21日にモスクワで開催された日露外相会談では、日本は見事に肩透かしを食った。Cimg6025 会見終了後に憎たらしく笑うラブロフと不満げに口を真一文字に結んで握手する岸田外相。(画像は朝日デジタルより転載)

 なぜ岸田首相は不満なのか―ラブロフが北方領土問題を議題にしなかったからである。

 記者会見ではさらにこうも言っていた。

「千島列島が第二次大戦で勝利したロシアのものであることは国連憲章を読めばわかる。(だから今さらどうこう言ってもしょうがない。)」(カッコ内は引用者の補足)

 第2次大戦にたしかに旧ソ連は勝利した。しかしソ連が戦勝したのはドイツに対してであり、日本ではなかった。日本とは中立条約を結んでいて、中立国同士だったのだ。

 ところが英米は狡猾にも1945年2月の「ヤルタ会談」において、大部分は戦後のドイツの処遇についてだったが、スターリンに日ソ中立条約を破棄して日本への参戦を求め、その見返りとして樺太と千島列島をソ連に与える約束をしていた。いわゆる秘密協定である。

 したがって今回ラブロフが「国連憲章を読めばわかる」と言ったのは誤りで、本当は「ヤルタ会談での取り決め(秘密協定)を読めばわかる」が正しかったのだ。「秘密」だから大っぴらに読めとは言えなかったのだろう。

 旧ソ連のスターリンはドイツの(ヒットラーが自殺して)降伏が決まったら3か月後には参戦するとヤルタ会談で述べており、ドイツ降伏の5月8日からちょうど3ヶ月の8月8日に、中立条約を破棄して宣戦布告し、満州を侵略して略奪・暴行・兵員強制連行シベリア抑留、また樺太・千島列島を日本がミズーリ号上で降伏文書に調印する前にすべて我が物としたのである。

 このことがあるので「盗っ人ロシア」と言うのだ。火事場ドロボーと言い換えてもよい。また秘密協定を結んだので、英米は北方領土に関してはソ連に対して火事場ドロボーだったから返せとも何とも云えず、「知らぬ存ぜぬ」を通している。

 この当時共産主義であり国際連盟にも参加していなかった(アメリカも参加していなかったが)ソ連が、戦後は英米主導の国際連合に迎えられ、しかも安全保障理事国の常任理事国に据えられたのは、ひとえに英米主導の「連合国」側に立って枢軸国(独日など)と戦ったからなのである。国際連合の設立意図もそこにあったから、英米の最も嫌う共産主義国でありながら堂々と「連合国」の仲間入りができたというわけである。

 中国共産党政府も実際には枢軸国の一員であった日本との正式な戦いはせず、しかもカイロ宣言(1943年11月)では英米は中華民国の蒋介石政府が中国の正統な連合国一員であるとして、ポツダム宣言でも英・米・中華民国の名で発表しながら、1971年に中国共産党政府を国連に加盟させ、翌年には中華民国を追放して共産中国を安全保障理事会の常任理事国の地位に繰り込んでしまった。

 つまり現在70周年を迎えた国際連合というのは、旧敵国である日独などを押さえつけておくのが目的だということが以上の経緯から明らかなのであって、したがって日独がどれだけPKOに参加し、遅滞なく多額の分担金を払おうとも、安全保障理事会の「常任理事国」には逆立ちしてもなれないのである。

 こんな国際連合には見切りをつけて、脱退した方が日本人の精神衛生上よほどましなのだが、あえて事を構えると「それ見たことか。やはりもう一度戦争を仕掛けて来るに違いない」とかっての連合国に悪意に取られかねないので、参加したままで「永世中立国」を宣言してしまえばよい。ただし憲法9条にその旨を書き加え、かつ「固有の自衛権に基づく専守防衛のための軍隊を持つ」ことも付け加えなければなるまい。

 永世中立国というとスイスだが、スイスのようになるとすると「徴兵制」になりはせぬか―という反論も出るだろうが、自分としては「徴兵」を含む「徴農」「徴工」・・・など、18歳から22歳くらいの年代に2年間をめどにそういった一種の体験・ボランティアなどを課すような仕組みがあったらと思う。

 軍事体験ががボランティアでできるか!―と言われそうだが、体験入隊から始まって初期訓練からプロの軍人へとなりたい、あるいはなれる人材を確保するうえでも上のような意味での「ゆるい徴兵制」があった方がむしろいいだろう。

 永世中立国になった暁には、日米安保も解消し、専守防衛こそ日本の採るべき平和への軍事政策となり、沖縄に過重負担のある基地問題も解決する。なぜなら日本国軍が全国を平等にカバーするからである。もちろん中国共産党政府の最近の拡張主義には警戒しなければならないので、沖縄にそのために多少多目の国軍基地を置かなければならないが、今のように米軍基地がやたらに置かれている状況からは嘘のように軽減されるだろう。

 『反中韓の詐偽を暴いた』(悟空出版。2015年刊)を書いた元ロンドンタイムズ東京支局長のヘンリー・ストークスは日米安保について次のような見解を示している。

<日本が今日まで存続できたのは、アメリカの軍事力という後ろ盾があったからである。アメリカの軍事力がなければ日本はとっくに他国に攻め込まれ、蹂躙されていたに違いない。>(同書232ページ)

 ストークスは「今日までどこからも攻め込まれ蹂躙されずに済んだのはアメリカの軍事力のおかげだ」というのだが、それは結果的にそうだったのであって、アメリカ以外のどこが日本まで攻めてくる可能性があったというのだろうか。憲法上アメリカが日本を丸腰にしておいてよく言うよ―とカチンとくる。

 朝鮮動乱を契機にようやく丸腰ではまずいから「警察予備隊」(これはむしろ内乱を防ぐため)「保安隊」そして「自衛隊」(1954年)へと再軍備しかかったわけだが、時の吉田首相が「再軍備よりも経済立て直しだ」(1955年)としたことで、本来ならサンフランシスコ講和でアメリカの占領が終わるはずのものを先延ばし、つまり「安全保障条約」を結んで今日まで来たに過ぎない。

 この日米安保によるアメリカの軍事的プレゼンスがあったからこそ日本は安全だった―とストークスは言うのだが、もし米軍駐留がなかったらどこが攻めて来たというのだろうか。ソ連?中国?彼らが何のために?何の名分で?

 よく日本人は水と安全はタダだと思っているとか「安保タダ乗り論」が言われてきたが、アメリカ軍の駐留がなかったら日本は日本で当然身を守ったであろうし、憲法9条も早々と改正して戦える日本になっていたであろう(ただし、専守防衛で)。

 戦後、日米安全保障条約のもとで日本は守られてきた―というのは本当は幻想だったかもしれない。アメリカが朝鮮動乱で中国共産党政府軍(人民解放軍)と戦い、38度線まで押し返したのは事実だが、ベトナム戦争やイラク戦争という大義も名分もない戦争に際して沖縄が米軍基地に使われたが、日本が独立自主国家であったらもっと違ったやり方で解決へと導いたであろう。

 「戦争をするのはそれによって利益を享受する輩がいるからだ」―とは去年の9月に現ローマ法王フランシスコ(今、そのアメリカを訪問中である)が述べた言葉だが、戦争の大好きな(戦争によって儲かる軍産複合やその大株主、戦後の復興特需に喰い込むネオコンがいる)「世界の警察官」アメリカへの忠告に違いない。

 また中国の習近平も、たまたま今アメリカを訪れているが、南沙諸島の軍事基地建設問題をはぐらかすかのように、「飛行機を300機買うぜ」と人民からネコババした札びらでアメリカのご機嫌取りをしている。また、高速鉄道の共同開発も行うそうである。

 アメリカがどうせ南沙諸島問題で、たとえば「国連安保理決議」などで追い詰めようとしないのは中国側で重々解っているからだろう。中国にアメリカが保有している多額の投資・資産や中国に買わせている米国債がパーになっては元も子もないからだ。

 その肩代わりを日本にやらせようというのがアメリカの本音で、日中が離反すればするほど円・元は売られ、逆に共通決済通貨ドルも米国債も高値安定するからだ。日中がドンパチやってはアメリカの思うツボだ。

 連合国の重要な一員であった国民党蒋介石政府(中華民国)を裏切り、こともあろうに共産党政府を加盟どころか、常任理事国に祭り上げ、今頃になって「しまった。厄介な国になった」と後悔しても、アメリカの自業自得だ。

 「旧敵国」でしかない国連にも、株(と国債)と武力(産軍複合体制)依存のアメリカにも見切りをつけ、永世中立国を目指すのが日本のこれからの生き方だろう。

 

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