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岩川八幡神社で講演会

 11月4日午前10時に曽於市岩川の八幡神社で「弥五郎どんの謎」をめぐる講演会があった。

 去年の暮れに開通した東九州自動車道を笠野原から乗り、約25キロで弥五郎インター。そこから岩川までは3キロ足らず。我が家からほぼ40キロ、45分くらいで到着した。Cimg6652 昨日は弥五郎どん祭りがあって、弥五郎どんがこの鳥居をくぐって街に繰り出したのだが、後の祭りということで今はひっそりとしている。Cimg6641 早く着き過ぎて鳥居を上がったところで時間を潰していると、近くの保育園だろうか子どもたちを連れて階段を上がって行ったので一緒に上がる。Cimg6646 岩川八幡神社拝殿。子どもたちは右手の方に向かって行った。Cimg6645 昨日一日中街中を練り歩いた弥五郎どんがそこにいたのだった。記念撮影中。身の丈4.85mもある弥五郎どんはいったい何者なのか、なぜこんなに大きいのか―今日の講演のテーマでもある。Cimg6647 講演は拝殿の中で行われた。宮参りで拝殿に上がり神主の祈祷など受けたことはあるが、講演を聞くというのは初めてだ。10時前には3~40名の人たちが集まった。Cimg6648 講師は勝目興郎氏。宮司さんの紹介によると、曽於市(大隅町)文化財センターの文化財係長など歴任し、退職後に「南峰文化研究会」という歴史研究団体を立ち上げた人物である。

 1時間半程度の講演だったが、よく整理された話しぶりは好感が持てた。

 <弥五郎は「大人弥五郎」と「大人」を付けて呼ばれるのが習わしで、では「大人」とは簡単に言えば「先祖や鬼」という意味で、祖霊の事。そして「弥五郎(やごろう)」。「弥」は「いよいよ、ますます」との意味で「永遠に、数多く」のニュアンスがあり、「五郎」は「御霊(ごりょう)」だろうとする。

 つまり「大人弥五郎」とは、「偉大な祖霊で、永遠なる御霊(御魂)」を表現したもので、隼人が西暦720年にヤマト王府軍が征伐した際に宇佐八幡宮の八幡神の力を借りて勝利を全うしたが、その後に隼人の霊を鎮めて祟りの無いように祭った。

 その祭りを「放生会」というが、宇佐神宮のはあくまでも勝利者側の祭りであって、敗者の隼人側はこの弥五郎どんに自分たちの先祖を重ね合わせ、「大人」として敬愛の念をささげ、一般の祭りのように祭る人たちの安全・健康などを念願して人形を巨大化した。>

 途中の数々の歴史的、民俗学的、考古的視点は省いたが、結論としては以上のようであった。

 <まさにこの地方独自の祭りと言ってよいが、地元の隼人にとっては精神的なバックボーンとなり、また地方に住む老若男女の人たちを束ねる重要な行事として続けられている。

 このような歴史ある(巨大化した弥五郎人形の有る無しは別にして、江戸初期の延享2年=1674年に行われたという記録がある)行事はますます継承発展して行きたいものだ。>

 というような内容で講演は〆られた。

 これからも弥五郎どんの謎解きは続くだろうが、大隅町の伝統行事として異彩と光彩を放って行ってほしいものである。













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