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あれから50年(高校編)

 今度の東京行きでは二つの高校同窓会(同期会)に参加した。

 一つは12月4日に部活の同窓と、もう一つは翌5日のクラス会だ。

 高校に行くようになって電車通学になった。家が赤羽西だったので国電赤羽線の赤羽駅から池袋駅に行き、そこで山手線に乗り換えて巣鴨駅で降車し歩いて通った。

 まずは赤羽駅の変貌から―Cimg7031 赤羽駅西口(昭和30年代)

 赤羽駅へは我が家からほとんど歩いて通ったが、たまに遅刻しそうだと、西口まで国際興業のバスで行くことがあり、その時はここから(普段は南口から)電車に乗ったが、入り口横の売店と改札口を入ってすぐの跨線階段だけは覚えている。Cimg7030 別の角度から写した西口風景。駅舎正面の向こうに赤羽線・高崎線・京浜東北線の各ホームに行くための跨線階段(もちろん屋根付きだ)が高く見える。

 さらにその向こうに階段が見えるが、あれは人道跨線橋で、並行している踏切を渡らずに東口方面へ行ける橋である。小学校の低学年の頃まであの橋の上から電車や列車の往来をよく眺めに来たものだ。Cimg7032 当時走っていた国電赤羽線の車両。十条駅のホームから撮ったものらしい。こげ茶色の車体で戦前からの生き残りのような、外面にぽつぽつと鋲留の鋲の頭が露出している代物であった。せいぜい7両か8両くらいなものだったと思うが、そのうちにグリーンだったかイエローだったかの新しい車体にとって代わられた。

 Cimg7044 あれから50年の赤羽駅。12月とあってイルミネーションが飾られている。西口の駅前ロータリーにはひっきりなしに循環・池袋行き・王子行き・浮間行きなどのバスが発着。どれも車体がグリーンなので以前と同じ国際興業バスである。

 駅舎は二階建てで完全に駅ビル化しており、改札口などはすべて線路の向きに対して直交していた。この駅ビルの上にさらに埼京線と東北など各新幹線の線路が「二階建て」で上乗せされているが、下からはよく分からない。Cimg7041 そこで中学時代の親友F君の好意で、F君の今の実家から撮らせてもらったのが地上30㍍ほどからの赤羽駅の俯瞰図だ。

 実はF君の実家は西口から100mほど南へ「岩槻街道」を下った商店街の一角にあったのだが、駅前再開発のため移転廃業を余儀なくされ、駅前の総合ビル「ビビオ」の15,6階建ての住宅部分のうちの12階に住んでいるのである。お邪魔をして撮らせてもらった。

 夜写した場所からそのまま30㍍上がった所から見た赤羽駅の現況で、これではここはどこの駅だ?と問われたら、自分は無論だが地元の人間でも言い当てることは難しいかもしれない。

 ちょうど今三階に当たる部分の線路を上りの新幹線が通過しているが、その真下が埼京線、さらに向うの線路の露出して見えている部分に高崎線・宇都宮線・東北線・京浜東北線などのホームがある。すべて高架ホームになり、開かずの踏切と言われた西口と東口とを結ぶ踏切は無くなり、商店や飲食店の建ち並ぶ歩車道に変貌した。

 通学生だった50年前の赤羽は東口の方がビルも多く、道も広くて「近代的」だったが、今は逆転してしまった。Cimg7043 同じくF君の実家から「岩槻街道」を見下ろす。再開発で最初に建設されたのが左手のビル「アピレ」で、右手のイトーヨーカドーが建っているすぐ向こう並びにF君の「東屋ふとん店」があった。

 もともと赤羽駅は乗客用ではなく、軍事物資用の貨物駅だったというのも今度調べてみて分かったが、その東口には軍服用の製麻会社と染色会社があり、終戦後の跡地が東口駅前広場などに転用されたり、商業化されたそうである。

 また赤羽台団地や稲付中学校辺りまで陸軍の砲兵隊などの軍事基地(兵器処と呼んでいた)があり、物資や兵員輸送用の鉄道が引き込まれて、現在の赤羽駅の北数百メートルに設置された貨物駅につながっていたのだという。

 そうしてみると赤羽はいわゆる「軍都」だったのである。敗戦後は米軍に接収され、同じ引き込み線は米軍が撤収するまでは使われており、小学校のごく低学年の頃まではジープなどに乗るアメリカ兵を見た記憶がある。

 次は山手線巣鴨駅―Cimg7168 巣鴨はとげぬき地蔵の縁日で有名だが、今は「おばあちゃんの原宿」として活況を呈しているようだ。JR巣鴨駅の西口(池袋寄り)から本郷通りに出て、手前方面がそのお地蔵さん、高校へは向こうに歩いて10分ほどの駕篭町と云う所にあったが、地名が変わり「千石」何丁目かになった。

 駅の構えは高校の時とは大きく変わっているが、駅入り口などの位置自体は変わっていないので、赤羽よりは「今浦島」感は少ない。

 そしてもう一つ駅の近辺で忘れられないのが「福々まんじゅう」だ。これは部活(バドミントン部)の帰りに小腹がへってよく立ち寄って食べて帰った。駅の北側の商店街の一角にあったが、今度訪ねてみたらまだやっていた。Cimg7167 相変わらずの福々まんじゅう店舗。店名が「駿河屋」だったとは今度初めて気がついた。あの頃は腹を満たすことに精一杯だったんだなア(それが青春ってもんだ)。

 昼の日中だが結構買いに来ていたのは、おばあちゃんの原宿からの流れ客だろうか・・・。

 《高校》Cimg7172 東京都立小石川高校

 高いフェンスのある向こうが正面入り口で、4階建ての校舎が二棟見える。その向こうの高い建物は旧理化学研究所跡地に建てられた「文京グリーンコート」とかいう住宅団地とオフィ―ス・文化施設がコンパクトにまとめられた街区に変貌している。校庭が正門の右手に広がっているが、当時は左手の理研側にあった。Cimg7174 理研近くの通用門から駕篭町都電電停方面を眺める。

 駕篭町は北郷方面へ都電が通り、学校まで歩いて行くとたいてい二つ三つの都電に追い越されたが、あの走る時のゴーゴーガタンガタンという音がいまだに耳に残っている(乗ったことはほとんどないが)。

 小石川高校は現在「小石川中等学校」になり、中高一貫の学校になった。科学教育推進校に指定されて毎年行われる高校生の科学オリンピックなどに出場しているらしいが、将来ノーベル賞候補者が出るのだろうか楽しみである。Cimg7218 旧小石川高校の正門から見た校舎(卒業アルバムから)。

 校門を入るとロータリーがあり、その中心に棕櫚の木が数本植えられていたが、下校時の待ち合わせなどでよく目印に使われ、そこを「ハワイ」になぞらえて「ハワイで待ってる」などと言ったものである。

 部活の帰りにハワイで待ち合わせ(部活だから着替えも一緒で待ち合わせる必要もたいていは無かったが)、巣鴨駅横の福々まんじゅうを食べて帰った仲間が――Cimg7165 これである。秋葉原の駅前で飲んだ後のとある喫茶店でのスナップ。遠方からは(最も顔の赤い)自分だけであとは首都圏に住んでいる連中だ。クラスはみんな違い、当たり前だがそれぞれの道を歩んだ。

 彼らとは5年前にも「還暦記念」と称して会っているから、見た目でそう変化はなかったが、そろそろ孫の話が出始めて来たのが大違いかも知れない。

 

 12月5日は昭和43年卒A組クラス会。Cimg7210 恩師のT先生を含めて12名が千代田区平河町のホテルのレストランに集まった。

 恩師曰く、「僕も後期高齢者になりましたよ」。といっても我々より10歳上なだけだ。当時の先生は若かった。年が余り離れていないのでこうしてまた会えるというわけだ。

 47年ぶりに再会する同級生ばかりだったが、当時の面影が髣髴としてくるから不思議だ。もっとも、小石川高校では一年のクラスがそのまま持ち上がって卒業まで一緒という制度を採っていたから余計に記憶を手繰り寄せるのに時間はかからない。

 学生服やセーラー服を着せたらそのまま高校生として通用するのではないか――と思われるような「老い止まり」の若々しい姿もあった。

 話に花が咲く――と言うほどではなかったが、半世紀近い離別が一気に縮められたクラス会であった。Cimg6976_2 昭和40年4月から43年3月まで一緒だったAクラス49名。このうち物故者は3名。

(追記)

 来年は鹿児島で開こうということになりましたので、みなさん元気にまた集まりましょう。

 

 
 

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コメント

松下様

先日は東京にて、5年振りにフルメンバーの忘年会ができ、大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。
当日の模様を「鴨着く島」のブログに掲載する伺っていたので、そろそろかと思いブログのページを開き、記事を読ませて頂きました。
母校、小石川高校の今昔、福々饅頭の店、横浜という東京の至近距離に住んでいても、「そうそう、こうな風になったんだよね」という思いで新旧の写真を懐かしみつつ拝見いたしました。
A組の集合写真では、前列2列目、左から4番目の松下さん、1列目の左から4番目のI君と1列目右端のMさん、真ん中の本当に若いT先生、私がはっきりわかるのはこの4名でした。ラガーマンのI君、永遠のマドンナというべきMさんは中学時代の同級生です。当たり前ですが、きっと、良いおじさん、おばさんになっていることでしょうね。
来年、鹿児島にてお目にかかれることを楽しみにしております。(B組、鈴木敏郎)

投稿: 鈴木敏郎 | 2015年12月13日 (日) 15時44分

鈴木氏へ
 来年は二つの同期会を鹿児島でやろう――などと大見得を切ってしまったので、どうなることやら・・・。
 まあ、温泉にでも入ってもらって…と手ぐすね引いて待ってますよ。

投稿: kamodoku | 2015年12月16日 (水) 22時39分

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