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あれから50年(番外編)

 久し振りに行った序でに東京見物など――

 スカイツリーCimg7132 いやはや高いな。とんでもないのが建ってしまった、が第一印象。

 東京タワーだと今見上げている位置は鉄骨の下で、こんなふうに頂上は見えないだろう。本当にこれほど支柱のカバーする面積がコンパクトでいいのか、しかも三本柱だ。大した技術力である。Cimg7141 350mからの展望。3時過ぎだったがあいにくの曇り空で、東京タワーは見えたが、その右手の方に見えるはずの富士山は雲の中だった。

 静岡県掛川市から来たという小学生の一群が大はしゃぎだった。修学旅行だろうか、昔は東京タワーだったろうに・・・。Cimg7144 下りてから今度は「三囲神社」(みめぐりじんじゃ)に行く途中、一緒に行った中学校時代の友人を前景として見たスカイツリー。
 三囲(みめぐり)神社Cimg7146 墨田区向島の業平小学校の隣りにある三井(みつい)家ゆかりの神社。

 創建は行基の時代だというから奈良時代の中頃ということになるが、近江商人だった三井家が伊勢松坂に移り、さらに江戸開府後にこちらに移って来た時に呉服店(越後屋=三越)を開いたのが成功の始まりで、この神社の存在を知り「三井」の井が囲まれている「三囲神社」を三井家の守り神としたことで有名になった。祭神はウカノミタマで稲を代表とする穀霊である。

 三井家は近江商人だった頃、「三井(みい)寺」との関係があり、三井寺はまた京都の下鴨神社とのつながりが強いので、自分としてはとても興味のある存在だったので、是非とも来たかった。

 友人のF君は怪訝に思ったらしいが、娘の婿が三井住友生命に勤務しているらしく、それなら大いに参るべしと得心してもらった。Cimg7150 二の鳥居も花崗岩製の立派なものである。向うにライオン石像が見えるが、あれは三越にあったビアホール「ライオン」の飾りだったのを閉店を機にここへ奉納したものだ。Cimg7151 境内の一角には三井家の祖先を祭る「顕名(あきな)霊社」という小社も建立されている。Cimg7156 三囲神社から隅田川の対岸に渡ると、「待乳山聖天(まっちやましょうてん)」という観音様の霊場があるがその一角に何と鬼平犯科帳の作家・池波正太郎の生家跡の石碑があった。これは収穫だった。

 ここから南へ数百メートル歩いて着いたのが浅草寺だ。Cimg7157_1 5時近かったので、本堂も五重塔もすべてライトアップされていた。見応え十分だった。Cimg7161 仁王門と五重塔。

 ここから左手へは「仲見世通り」で、観光客、とりわけ外国人が目立った。

 六義園

 Cimg7177 翌々日の午後、高校A組クラス会参加の前に行った「六義園(りくぎえん)」。

 母校(小石川高校)から不忍通りを渡って5,6分のところにある名園である。幕府の側用人だった柳沢吉保の屋敷跡で、明治になってから富豪として知られる岩崎弥太郎が周囲の何軒かの大名屋敷を購入して拡大し大衆に開放したという。

 土曜日だったからか大変な人出で、お目当ては紅葉らしい。Cimg7182 庭の中心部を相当な面積で占める池があるため、ほとんど起伏を感じない庭園だが水分を好むモミジの名所になっているようだ。Cimg7187 観光客があちこちでシャッターを切っていた。Cimg7199 一周回ってきたら「江戸伝統芸能の何とか組」の3人の一座が「傘回し」の見世物を開陳していたのには驚いた(というよりはラッキーだった)。

 高校生の時に1回は来ているが、季節が違っていたのだろう、こんなに人出のあるところではなかったと記憶する。もう50年近い昔のことだ。



























 

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