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「生前退位」のご意向

 天皇陛下がご自身の意思として「生前退位」のご意向だという。Cimg1441 (画像は7月13日夜7時のNHKニュースから。以下同じ)

 4年前だったか、心臓の手術をされており、いつかはというお気持ちだったのだろうと拝察する。Cimg1444 昨年12月の天皇誕生日を前にして記者会見を受けられたが、その時に「天皇の公務を十分に果たせる者が皇位にいるべきだ」との発言をされており、暗に退位をほのめかされていた。Cimg1445 もっとも『皇室典範』(昭和22年施行)によれば、第三章「摂政」の第2項において、

 「天皇が精神もしくは身体の重患または重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。」

 と書かれているので、以前に受けた心臓手術を「身体の重患」とみなせば摂政(具体的には皇太子による摂政)を置くことは、「皇室会議」によっては可能であった。

 しかし、今上陛下ご自身が「皇位に就いたまま摂政に国事行為の代役をさせること」を望まれなかったので、結局、皇室会議も開かれぬまま、公務の「過重負担」を極力減らす方向で落着したようである。

 しかしながら、5年前の東北大震災以降、災害地に足を運ばれることが多くなり、翌年の2月には心臓の手術を受けられ、なおも放射能避難の福島原発事故被害者への見舞い、戦地の慰霊の旅・・・等、80歳近い身体で国事行為以外の公務にも精励されているお姿は痛ましいくらいであった。Cimg1446 生前退位についてはすでに皇太子や秋篠宮様へも伝えられており、ご了解は得られているようである。

 ここまでくれば、Cimg1451 明治になって天皇の意思による「生前譲位」の慣例は廃止され、藩政時代にさかのぼる第119代光格天皇が生前に120代仁孝天皇に崩御の11年前(文化14年=西暦1817年)に譲位をしているのが最後であった――のだが、慣例は慣例とし実際問題として、今上天皇の最近の熊本地震への見舞いなどが、とっくに「過重負担」であろうことは拝察されるので、皇室会議の一議員でもある安倍首相などが今度の天皇陛下ご自身のご意向を踏まえて「生前退位」への道筋を早急につけるべきだろう。

 安倍首相がそう発議しても、もう「臣下の分際で天皇陛下に退位を慫慂するとはけしからん。何たる不忠!」などと反発する人はいないだろう。天皇ご自身が「生前退位」と発言されているのだから、ここはすみやかに皇太子への譲位に動いてもらいたいものだ。

 天皇陛下はあと数年は「今のままでよい」とおっしゃるが、美智子皇后陛下を含めて公務への責任感による行事参加・災害地見舞い・激戦地慰霊などもう十分に働き尽されたと思う。80歳を超えてなお「現役の象徴天皇としての国事行為」の数々に邁進するのは国民として拝見していて「無理をされているのだろうな」と、むしろ心が痛む。

 『皇室典範』の第4条「即位」の部分(崩御によってのみ皇位継承)は改正しなければならないが、国会の承認を得るのは難しくないだろう。

 ついでながら、すぐ上の写真画像は皇居(二重橋)だが、ここは旧徳川幕府の本拠地「江戸城」であり、維新政府が旧幕藩体制を打倒した象徴として、京都御所におられた明治天皇をこちらへ「行幸」させ、そのまま皇居に転用したものである。

 大日本帝国憲法では天皇を「陸海軍の総帥者」として「元帥(=武闘派)天皇」を作り上げ、それまでの文化・祭祀を主たる「国事行為」とされていた天皇の地位をおかしな所に祭り上げた。

 戦前のそういう天皇には武力の殿堂である「城」は皇居としてある意味似つかわしかったかもしれないが、それは本来、平安朝以来の日本国天皇の平和主義、あまつさえ戦後の平和を基軸とした「国民統合の象徴である天皇」になってからは、全くふさわしくない――と思うので、是非とも「還都」(皇居を京都御所に戻すこと)を断行して欲しい。

 こんどの都知事選候補では誰もそのようなことは言っていないが、「首都分散」をも視野に入れ、平和と文化と歴史の国日本の象徴として世界にアピールしたらどうだろうか。

 都知事みずからが、「還都する」「首都分散する」などと言ったら、「お前は自分で自分の首を絞めるのか?」と言われるだろうが、西郷さんなら失脚も顧みず断固としてそうするだろう。

 

 

 











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