« 尖閣諸島への中国船侵入 | トップページ | 台風7号が北海道に上陸 »

全国戦没者追悼式(2016年)

 戦争終結後71年を迎える今年の「全国戦没者追悼式」。Cimg1979
 今年はもしかしたら皇太子殿下がご名代でと、ちらっと思ったりしたが、やはり天皇陛下と美智子様であった。Cimg1978
 12時ちょうどに一分間の黙とうを捧げられる両陛下。

 昨年、ここで陛下は参列者一同とともに「黙とうを捧げます」というアナウンスの前にご自分の胸ポケットから追悼の辞を認めた物を取り出して読み始めるというハプニングがあった。

 そのことを陛下は先の「お気持ちの表明」の中で暗に高齢による失態のごとく触れておられ、「生前退位」を表明される一つの理由になっていたが、Cimg1981
 今年のお姿からは何の問題もないように見受けられた。

 追悼のお言葉の最後は決まって「世界の平和と、我が国の一層の発展を祈ります」で締めくくられるのだが、国家元首(世界ではそう見られている)が自国の戦没者への追悼の言葉の中で「世界の平和を」というような大きな願いを口にされるというのは、寡聞にして知らない。

 陛下は安保関連法案によって日米同盟及びありもしない日本の「集団的自衛権」を結び付けたことで、アメリカ主導の世界戦略に加担しようとしている現政権の方向性を危惧されているがゆえに、ことさら「世界の平和」をと表明されたのではないか――と考えることもできるだろう。


 話は変わって――Cimg1991テニスの錦織圭選手がオリンピックで日本人として96年ぶりにメダルを手にしたそうである。
 
 96年前と言えば1920年で、ベルギーのアントワープという都市で開催された。1919年に第一次世界大戦の結果ヴェルサイユ条約が結ばれた翌年のことだが、熊谷という選手が銀メダルを手にしている。大正9年のことで、当時の日本人の世界における活躍の一コマである。
 
 さて、ヴェルサイユ条約締結後の国際会議の中で日本から出席した西園寺公望全権大使の次官(全権副使)であった牧野伸顕が「人種差別反対法案」を提議したが、議長であり人種差別主義者のアメリカ大統領ウィルソンは表決では多数を占めたのに議案そのものを葬り去って早々に帰国してしまった。

 その後、アメリカは自ら提案した「国際連盟」には加盟せず、国際連盟の有力な加盟国になった日本(新渡戸稲造が事務総長を務めたこともある)を敵視し始めたのが太平洋戦争の遠因となっている。

 幕末に結ばされた不平等条約も1911年にはケリがつき、東洋唯一の民族自立の独立国家である日本は独自の道を歩み始めたのだが、間もなく国際共産主義運動(コミンテルン)の潮流にも対抗せざるを得なくなり、国内問題にも飛び火して複雑な国家運営を強いられる羽目になった。

 欧米植民地支配とは違った人種差別のない「大東亜共栄圏」構想はよかったが、いかんせん欧米による長い植民地体制は根が深く、容易には日本の思い描く共栄圏にたどり着くことができなかった。英米による「集団的自衛権」が蒋介石を支援し、またソビエト(スターリン)との密約も画策して、日本は矢折れ、弾尽きて敗れ、310万柱という尊い犠牲の果てに終戦を迎えた。

 あくまでも「終戦」であり、「敗戦」ではない。「敗戦」では「もう一度戦って、今度こそは勝とう!」となってしまう。もう「戦いは終える」、つまり二度としない――ということである。

 陛下が「世界の平和を」というとき、それは「戦争という手段によらない平和」であることは論を俟たない。

 


|

« 尖閣諸島への中国船侵入 | トップページ | 台風7号が北海道に上陸 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 尖閣諸島への中国船侵入 | トップページ | 台風7号が北海道に上陸 »