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「鴨着く島」のカテゴリー転換

 9月の後半になって突然画像のアップが難しくなった。

 なぜか理由はわからないが、それまではデジカメからパソコンのマイピクチャーに取り入れておけば、ブログの記事の合間に挿入するのがいとも簡単だったのに、画像そのものではなく画像のhtmlが表示されるようになって面倒至極になってしまった。

 この10月でブログを始めて満10年となり、アップしたブログの数が1100タイトルを超えた。使った画像は一ブログ当たり少なくとも5画像はあるので、総計で5000画像はブログに載せたことになると思う。

 ココログフリーでは余りにも多くて、重くなったのかなと感じている。そろそろ潮時だろう。

 これまで「鴨着く島(かもどくしま)」では、主に大隅半島を中心としたあらゆる歴史およびよしなしことを取り上げてきたが、ちょうど大隅史談会の会長を辞任するタイミングでもあり、これからのブログでは画像を伴わないニュース性のもの、特に戦後の日本の歩みを踏まえた未来への提言のようなものを中心に綴って行きたいと思っている。

 今のところブログのタイトル「鴨着く島」を変更するつもりはないが、もし新しい取り組みがこれから100回、200回と続けられるようであれば、新たなタイトルを付けるかもしれない。

 内容としては自分の希望であるーー「武装永世中立国・日本」をうち立てるにはどうしたらよいかーーということを念頭に考えていくことであるが、やはりまずは今の日本が置かれている状況を把握するうえで戦前・戦中・戦後の歴史的な視点を外すことはできない。

 と、まあ、老いの繰り言の如きものが頻発する可能性はあるので、読者よ諒とせられたい。

 (なお、歴史に関してはホームページ「鴨着く島おおすみ」において継続する。こちらのほうは来年4月の大隅史談会会長辞任とともにタイトルを変更する予定。)

 

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ドゥテルテ大統領の「過激発言」

 フィリピンの新大統領ドゥテルテが来日した。
 その10日前には中国を訪問して例の南シナ海領有権問題を棚上げして2兆円を超える巨額の借款を引き出している。

 来日前の記者会見などでは、「アメリカなどの外国軍隊は2年以内に出て行かせる」とか、麻薬撲滅のために多くの密売人・使用者を殺害していることに関してアメリカ政府が重大な懸念を表明していることに対して「アメリカ政府(国務省の役人)は馬鹿だ」などと突っ込んだ発言を繰り返した。

 また「仲間にできるのは日本・中国・ロシアだ」などと、アメリカへの当てつけ的な発言も口に出している。
 
 前のベニグノ・アキノ政権や独裁で有名だったマルコス政権が対米従属だったがゆえに、「フィリピンは親米国家」と評価されてきたことに対する全否定的なスタンスを採っていることへの驚きが全世界に衝撃を与えている。

 だが、こうしたアメリカへの挑戦的な発言の背景にあるのが、アメリカによる過酷なフィリピン植民地支配であることを想起しなければならない。
 
 フィリピンは欧米の帝国主義的・人種差別的植民地支配の犠牲になっていたのである。日本でいえば戦国時代の末期の1570年代にスペインの植民地となり、約300年後にはスペインに代わってアメリカが支配をした。

 1902年にはアメリカの支配が完了したとして「フィリピン統治法」なるものがアメリカ議会で成立し、その後アメリカから総督が送り込まれ、人種差別的な植民地支配(アシェンダ)が確立し、その過程で反抗するフィリピン人60万が犠牲になっている。

 日本軍がフィリピンに進攻したとき、「アイ シャル リターン」と言ってフィリピンから落ち延びたマッカーサー米国総司令官の父親はその総督だったことがあるのも因縁めいている。

 今日、ドゥテルテ大統領は経団連、岸田外相そして安倍首相と会談をし、日本へのこれまでの平和友好的な経済援助への謝辞とともに、さらなるフィリピン発展のための種々の借款・支援を要求しているようだが、中国の南シナ海進出への法的な対応を日本とともにとることだけは確約した。

 果たしてどれほどの実効性があるのか定かではなく、日本が心配する「アメリカへの義絶発言」の真意が不可逆的なのかどうかしばらくは見守るほかない。
 
 だが、ドゥテルテ大統領の、「アメリカは自分の首にヒモをつけて犬にしたがっているが、冗談じゃない、我々は真の独立国家だ。我々の考えでやっていく」という胸のすくような発言は、戦後70年も経って相変わらず「二人羽織外交」(もちろん前面に顔を見せているのが日本、後ろから手を出して操っているのがアメリカ)を事としている日本の政治家・外交当局に聞かせてやらなければなるまい。

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ノーベル文学賞2016

 今年のノーベル文学賞が歌手のボブ・ディランに与えられたのは驚きだった。
 
 ボブ・ディランは自ら作詞作曲するシンガーソングライターだから、歌詞のほうを評価されての受賞となったらしい。

 なるほど「詩」も文学であるから、歌の歌詞が評価されてもいいのかもしれないが、やはり違和感がある。

 ボブ・ディランの場合は特に反戦平和・公民権運動家としての活動に精力的であったから、既存のノーベル賞ならむしろ平和賞がふさわしかったのではないか。

 もしくはノーベル音楽賞を新たに設けてそちらの栄誉ある最初の受賞者だったら良かった。

 同じ芸術でも文学と音楽は全く違う分野だ。もちろん人間の心魂に訴えかけて揺さぶったり、心地よい気分にさせたりする方向性は同じだが、表現方法が全然違うから、文学賞を音楽分野から選ぶというのは疑問だ。


 それにしても日本の文学界からは川端康成と大江健三郎の二人以来受賞していないのは残念、というよりかノーベル賞選考委員会の選定基準はどうなっているのだろう。

 日本くらい文学的な作品が量産され、翻訳され、巷に氾濫している国はそう多くない。内容も純文学(外国文学を含む)・大衆小説・歴史小説・劇作・詩・短歌・俳句・・・と作者も読者もせっせと制作に読書いそしんでいる。

 書店(最近は大型書店ばかりだが)に行けば、ありとあらゆるジャンルの単行本・文庫本・新書本さらには純文学の日本・世界全集から個人別作家の全集までこれでもかというくらい並べてある。

 今年も日本の文学者では村上春樹が候補に挙げられていたが、また選ばれなかった。もう10年越しでノミネートはされているのだが、受賞に至らない。

 村上春樹の場合、日本の作家によくある「英語に翻訳されていないか、翻訳作品が少ないので選考委員会では圧倒的に不利だ」というのとは違って、世界中で各国語に訳されてよく読まれているという。

 それでもなお選考から洩れてしまうのは、どこに原因があるのか。

 そのヒントは日本人作家でノーベル賞を受賞した上記の川端康成・大江健三郎がなぜ選ばれたか――にある。

 どちらも「日本固有の伝統的な背景(歴史)と感性」に裏打ちされている描写や表現法が余すところなく使われており、村上春樹にはそこが曖昧だ・物足りないということではないか。

 スウェーデンノーベル賞選考委員会の委員は当然欧米人であり、彼らの求めているのはそういう日本固有の視点ではないだろうか。


 

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泥沼の豊洲市場移転問題

 小池新都知事が「都連はブラックボックスだ」と言っていたような事態になってきた。

 築地市場の豊洲への移設において、鮮魚・青果等の建物の地下が空洞になっていた問題で、専門家の「全面的な盛り土をした上で、その上に各施設を建設するのが妥当」という提案を無視して、東京都側が空洞を設けて建設したということが明らかになった。

 その空洞があるという認識を現場最高責任者の市場長が持っていなかったこともだが、小池都知事が再調査させてまとめた報告書にも、だれがいつそのような建設形態に変えたのかについても、全くあいまいなままなのだという。

 つまり誰が地下空洞を設けるように指図したのかが分からないのだというのである。

 呆れて物も言えない――とはこのことで、都連のみならず、東京都の行政組織の在り方そのものがブラックボックスだったということになる。

 役人は責任を取らされることを極度に恐れるものだが、それは公務というものが「自らの提案なり進言なりでどうにでもなる」というのとは対極の、「案件に予算が付いたから自分の意思を殺して執行する」のが公務だからだ。

 そういう役人心理をうまく衝いたのが自民党都連のドンに違いない。

 東京都の持つ豊富な予算(つまり利権)に絡んで、ひと儲けしようという阿漕な輩が、「予算をつけさせさえしたら、後はしめたもの」という腹黒で、東京都の役人をほんろうし続けた結果が今日の事態を招いているのだろう。

 都議でありながら大手建設会社のかばん持ちに食い込み、法外な建設費用をでっちあげて潤沢な東京都の予算を分捕り、その挙句に盛り土をしたように見せかけ、執行しなかったら本来東京都に返すべき金(予算)を搾取するという現代版「越後屋おぬしも悪よのう」の見本のようなやり方だ。

 そもそも石原慎太郎都知事時代に豊洲移転に踏み切ったのだが、諸施設の建設案として石原都知事自身が専門家に聞いた話として、「コンクリートの箱を積み重ねる方法」を会見で披露していたのが、事の発端だが、しかしその後は専門家会議で「全面に盛り土をした上で諸施設を建設する」ことが最終的に決まっていたはずである。

 ところが具体的な建設に取り掛かると、東京都側が説明もなしに「地下空洞」を設計に取り入れて建設してしまったのだという。

 その経緯が全く不透明なのである。

 そこに利権に絡んだ横槍が入ったとしか考えられない。ここがまさにブラックボックスだ。

 地下空洞という、一見すると透明なボックスに見えるものが、実は建設された経緯はブラックそのものなのである。

 石原元都知事はその辺りのことを知っているはずと思うが、最初は「解明に全面協力する」と言っていたのに、直近では「ヒアリングでは耄碌して記憶違いもあろうから、書面での回答にしてくれ」とトーンダウンしている。

 今年あの宿敵だった田中角栄を持ち上げて『天才』という本を書いているのに、「耄碌した」もクソないだろう。

 知事職の後半は週に2日くらいしか知事室に来なかったと言われ、まさに「殿様知事」になってしまったらしいが、それでは東京都の幹部連はじめ役人のタガが緩むのも当たり前だろう。

 その間隙をぬってうまい具合いに予算分捕りを実行したのが都連のドンに違いなく、役人も簡単に「ドンのひと声」で手懐けたのではないか。長い物には巻かれるのが公務員の性だから仕方がない。

 次期東京オリンピックの新設競技場でも当初予算が大幅にアップしているが、これも「越後屋」のなす所業だろうと思われる。

 とにかく、小池都知事の「自民党と対決してでも都民ファースト」という意気込みに期待したい。

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3年連続のノーベル賞

日本人学者がまたノーベル賞を受賞した。

 東京工業大学栄誉教授の大隅良典氏(福岡市出身)で、今年で3年連続、医学・生理学賞の受賞は去年の大村智氏に続いて2年連続。

 理系だけに限ってみるとここ15年くらいは日本人学者の受賞数が極めて多い。

 もちろん最大の受賞者数を出している国はアメリカだが、かの国の学者は世界各地から寄り集まった言うならば「多国籍学者軍」であり、生まれながらの国籍のまま貰っている数からすれば、日本が世界一だろう。(もっともこれまで受賞したうち、2,3人の学者は米国籍になっているが・・・。)


 お隣りの人口・経済超大国かつ軍事超大国の中国は理系ではやっと去年ひとりの学者が貰ったばかりだ。しかも女性だった。

 基礎科学よりも応用科学、つまり工業化できて儲かる実用工学・情報工学にばかりいそしんでいるせいだろう。銭カネばかりに目が向いていては、繰り返しの多い地道な基礎的実験など気がそぞろなのだろう。

 中国もこれだけ豊かになったのだから、いい加減共産党一党独裁の「人民を欺く専制政治制度」から足を洗って、民生(自由な政治経済活動・全人民への社会保障・民主主義)を中心とした公益にかなう諸制度に変えなければ先がない。

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地震予知に朗報

 大規模な地震が発生する前に地球を取り巻く電離層で多量の電子が動く――という現象がマグニチュード7クラスの地震でもその直前に観測されることが、京都大学の梅野教授グループの研究で判明した。

 地球上を周回する人工衛星からの観測で分かったようだが、それによると地震の発生する一時間前から数十分の間に観測できる電離層中の電子の量が劇的に変化するのだという。

マグニチュード8クラス以上の地震ならかねてから電子の異常な増加が観測されていたらしいが、マグニチュード7という最近では頻繁に発生している大きさの地震では初めての観測で、これなら地震予知に役に立ちそうだ。

 ただ、問題は発生の数十分前からせいぜい一時間程度の先触れでしかなく、緊急地震速報に乗せるにしても果たして迅速な避難と避難誘導につながるのか未知数というほかない。

 それでも大地震の発生が少しでも先に分かれば台所の火を消したり、つぶれたり崩れやすい場所からそうでない場所へ移動するくらいの余裕は生まれるから、人的被害の軽減には大いに役に立つだろう。

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