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どっちが「保護主義」?

 参議院特別委員会でTPPについての議論が行われているが、11月24日は民進党の蓮舫代表が相変わらず舌鋒鋭く質問を飛ばした。

 やはりあの異例の安倍・トランプ会談が取り上げられたが、「あの会談で、トランプさんがTPPを離脱すると言っていることに対して首相はどう述べたのか?」――を問われた。

 安倍首相は「個人的な会談であり内容を申し上げるわけにはいかない」旨の発言に終始したが、リマでのAPEC終了後に「TPPの締結・発効には域内で圧倒的なGDPを占める米国抜きには不可能である」と述べて、アメリカの翻意を促したのだが、それに付けてこうも述べた。

 「世界を覆っている保護主義への動きは断固として反対する。自由公正で法に基づいた多国間の経済活動こそが世界の成長を促すものだからである」

 と、アメリカを念頭におおむねこのように訴えていた。

 確かに、自由貿易、多国間(多国籍企業による)投資や生産活動は経済を活発化させ、経済だけを見れば当然成長をする。しかしたとえ法に基づいた公正な経済活動によって成長するにしても、問題は利益の分配にある。

 世界の経済活動が自由貿易によってパイが大きくなる。例えば、これまで100の大きさの経済指標だったものが2倍の200になったとする。しかし利益(所得)が各分野で公平にそれまでの各2倍ずつになることはない。

 成長産業がより多くの利益を得るのは正当であるが、それ以上に上位数パーセントの巨大企業や投資ファンドが利益の多くをさらっていくだろう。

 農林水産業などは最も成長を遂げにくい分野であるから、短期的な利益など出そうにも出せない。そこには相当程度の保護対策が必要であり、保護対策がなされないなら衰退していくほかない。特に林業などはもう救いがたい状況にまで落ち込んでいる。新鮮な空気(酸素)と水を供給し、二酸化炭素を受容してくれる森林は絶対に無くしてはならない資源である。

 そこに「保護主義」をあげつらって補助金行政うんぬんを揶揄する者がいたら、そういう人間は短期的・表面的な利益にのみ囚われた本当の経済の意味が分かっていない輩である。

 「経済」とは「経世済民(けいせいさいみん)」から来ていて、「経世」は政治・行政と置き換えてよく、「済民」とは文字通り「民を済(すく=救)う」ことである。古来、政治は、民を救う、つまり民の社会保障を主眼としていた。特に東洋の政治思想はこれが目標であった。


 翻ってアメリカこそが最も世界大の自由経済活動「TPP」に賛成すると当然のごとく思っていた日本の自民党をはじめとする指導者層は、機先をそがれたというよりか、「アメリカの賛意を得た上でその後ろ盾で後を付いていけばいいや」と高を括っていたのに、トランプにガツンとやられてしまった。

 「アメリカの保護下でのTPP」という甘い考えはここで消えたと思うべきである。

 それにしても日米同盟では「アメリカの軍事的保護下でぬくぬくとしていられる」という保護主義の恩恵を受けている現自民党はじめ指導者層なのに、安倍さん、よくも、「まさに保護主義に、ですね、まさに陥っては、ですね、まさになりません、ですね」なんて言えたもんだよ。

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トランプが吼えた

 昨日のNHK午後9時のニュース9で、トランプ次期米大統領が公表したメッセージ動画において、「就任初日に発表する諸政策の中で、TPPの離脱を表明する」と述べていたことを報じた。

 このTPP離脱についてはトランプの大統領指名選でも当日の選挙戦でも公約の柱の一つで、もうすでに全世界周知の考え方であるから衝撃度はだいぶ緩和されているが、やはり「やばいな、本当になりそうだ」というのが、自民党(の中のアメリカ追随主義者)を中心とするTPP推進派の本音だろう。

 アメリカではすでにTPPに先行した取り組みである域内完全自由化を謳うNAFTA(北米自由貿易協定)によって、一部超金持ち資本家層とファンドが大儲けした以外は大方の国民にとっては逆に生活に苦しむようになってきている。中でも同じように一部の大企業と資本家のみがいい目を見て国民に貧富の格差が生まれたメキシコでは、困った人たちがアメリカへ大量に渡るようになった。不法移民も後を絶たない。

 さらに30年も前から中国からの洪水のような工業製品が安価に輸入されて国内の工業も圧迫を余儀なくされ衰退の一途をたどっている。

 これらのことを十分に知っているトランプは、格好のいい、「自由貿易で国民に物品への選択範囲が広がってハッピーになる」などという自由貿易協定の宣伝文句はほぼまやかしに近いと思っている。

 アメリカ追随主義者は今度のトランプの言うような、こういったアメリカの実情や本音は聞きたくないらしい。アメリカはいつでも豊かで生きるための選択度も高く、頑張れば「プール付き一戸建て」のゴージャスな暮らしが得られる国だ(要するにアメリカンドリームだ)と信じたいらしい。

 おまけに、アメリカの駐留軍が日本を守ってくれているのだ。いなくなるなんて考えもつかない――としていたい人たちである。日本はアメリカの被保護者でいいと思っている人たちである。

 トランプはそのような幻想に近いアメリカ讃美者については困惑を隠せないでいるのだろう。

 ――もういい加減に自分のことは自分でやれよ。優秀な自衛隊もあり、金も持っているんだろう。必要な武器だけは売らせてもらうが、それをどう使うかは自分で考えてくれよ!

 これが国内が危殆に瀕しているトランプをはじめとするアメリカの本音で、フィリピンのドゥテルテ大統領ほどではないだろうが、まずは強権をもって国内のタガを絞め直そうというのが次期大統領トランプの「アメリカファースト」政策だろう。

 トランプは日本が駐留経費の大幅な上乗せをしない限りは軍隊を引き揚げると言っているがこれも真実臭くなってきた。大いに歓迎だ。もう米軍は引き揚げてもらって、日本は日本の軍隊で守るようにしよう。

 第一、国連憲章上、二国間の軍事同盟は否定されているのだ。国連憲章では集団的自衛権により多国籍による共同戦力は認められてはいるが、日本が国連に加盟した1951年(発効は翌年)以降は、国連憲章適用国になっているので、それ以降にも存在している「日米軍事同盟」は国連憲章上は「違法」なのである。

 自民党が集団的自衛権を振りかざして安保関連法制を成立させたが、この集団的自衛権適用の前提は二国間軍事同盟のないことが必須であった。つまり日米同盟を破棄したうえでなら国連憲章上の集団的自衛権を振りかざせるのであり、そうしないでアメリカとの二国間同盟を結んだまま突っ走ったのはおかしい。アメリカ軍の配下に入ったようなものだ。

 目を覚ませ! アメリカ追随主義者。
 

 

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安倍-トランプ会談

 17日に安倍首相はわざわざ次期大統領のドナルド・トランプ氏の私邸(トランプタワー)にまで出向いて、当選おめでとうを言いに行った。

 まだオバマ氏が現職の大統領でありながら、オバマ氏には会わずにトランプ氏と1時間半ほど私的に会談した後、そそくさと帰国した。日本国を代表する最高職にある人間がやったにしては、やや、外交上非礼ではなかったかと思われる。

 世間(メディア)では、世界が驚くほどの迅速かつ初の次期トランプ大統領訪問だった――などと、持ち上げているきらいがあるが、漏れ聞くところによると、安倍首相は外務省からは次期大統領は民主党のヒラリー・クリントンに間違いないとして様々なレクチャーを受けていたようだったが、トランプが当選を決めた際には、

 「話が違うじゃないか(馬鹿者)!」と外務官僚を叱責したそうである。

 そのことが事実とすると、建前は次期大統領に決まったトランプを表敬訪問したと見えるが、実は

 「トランプさんごめんね。あなたが大統領になるなど外務省の連中が考えてもいなかった。もし、そんな情報がそちらに伝わっていたら平に謝ります」

 が本心だったろう。

 だから、現職のオバマ大統領にも会わなかったのだ。要するにまだ正式には候補者の身分に過ぎないトランプのご機嫌取りに行ったとみてよいだろう。

 だれが大統領になろうとも「アメリカを怒らせてはならない(その裏返しの言葉が、日米同盟は最重要である)」が日本外交の至上命題であることがしみじみと分かる、明瞭な、しかし、さもしい行動だ。

 戦後71年。

 いったいいつになったらこうした従米外交が終わりになるのだろうか。

 トランプに期待したいのは、こういう従米的日本外交をけなして
 「日本は自分のことは外交でも、防衛でも、アメリカに頼らずに自主自立を貫けばいいじゃないか」
 とあけすけにこれまでの対米追従路線を批判してくれることだ。

 そうしたらしめたもんだ。こちとら、日米同盟はじめ二国間同盟はことごとく廃止して、「武装永世中立国」だ!(ただし、国連には加盟して応分の負担はこれまで通り続け、国連憲章53条の「敵国」条項はそのまま受け入れる。)

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トランプの勝利

 今日の午後4時45分、アメリカ大統領選で共和党の候補ドナルド・トランプが勝利を確実にした。

 まだ最終確定ではないが、得票ではわずか100万票ほどの差、得票率では0コンマ数パーセントに過ぎない。

 共和党副大統領候補のペンス氏が勝利宣言をしていたが、まさに歴史的な大接戦の勝利であった。

 1年前は「泡沫候補」でしかなかったトランプを当選させた原動力は何だったのか?

 結局は「偉大なアメリカをもう一度」というキャッチフレーズが、職を中国等に奪われてきた「古き佳き先進工業国の誇りを覚えている主として白人米国人」の心を掴んだのだろう。

 今度の選挙中でもテロップで流れたように、「トランプ候補の優勢に株価が1000円も下がった」というような何でもかんでも市場の金の流れに換算してしまう世の中の動きに対するアンチテーゼでもある。

 もういい加減すべてを金の価値に置き換える風潮はやめにしてほしいものだ。

 もちろん当のトランプはそういった市場原理をうまく生き抜いて今日を築いた人だが、一方で既存のアメリカを覆っているファンド(悪質なのがハゲタカファンド)中心の社会とは違うアメリカを目指しているようにも思われる。


 翻って日本の政治はあのレーガノミックスに追随し始めたころから、市場原理主義に侵食され、やはり「何でも金」の時代に突入していった。

 さっき取り上げた「株価が1000円下がった」というのは他ならぬ日本株のことである。先行きに不透明感があるとすぐに売り抜けて値下がりの損害を少なくするように動いているからだが、どこかで戦争が始まると何とか会社の株が買われたり、売られたりとせわしないことだ。

 こんな実体のない株などに経済や社会が動かされては堪らない。トランプはそのあたりをよく見抜いているのだろう。他方のクリントン陣営はファンド(大金持ち層)から多額の献金を受けていたが、民主党の党是から遠く離れてしまったがゆえにいまいち信用されなかったのだ。

 さて、「トランプが当選するなんて有り得ない」と微笑み交じりに喋りまくっていた日本の多くのテレビコメンテーターたちは、今後どの面下げてテレビに出てくるのだろうか?

 自分はトランプ大統領に期待していたので、これから日米関係がそれぞれのナショナリズムに立ち返るという意味で、貴重な4年間になると思っている。

 「アメリカの核の傘・軍事力によらなければ日本の安全は守れなし、そのほうが安上がりだ」と安逸を決め込んでいた知識人たちはそぞろ背筋が寒かろう。

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高校の同期4人来る

 同期というのは同じクラブ活動をしていた5人組で、その部活とは、何と、いま(特に女子では)超トレンディなスポーツ「バドミントン」である。

 風貌からすると自分などはだれが見ても屋外の野球・サッカーのタイプだ。

 実は山岳部に入りたかったのだが、あの頃は結構雪山などで遭難するニュースが多く、特に父親から反対されて仕方なく屋内に転向して剣道かとも考えたが、剣道部の部室を覗いたら空いたドアから流れてくる汗のすえた臭いに顔をしかめ、たちまちUターンしてしまった。

 そこで体育館の一階フロアの周りに部室はなく、着替えは二階部分にあるちょっとした観覧回廊でやっていたバドミントン部がいやでも目についたので、そこに決めたのだった(ただし女子には別室があった)。

 と、まあ、あっさりと決めたわけだが、本当言うと、中学校の3年生の時に2学期から何の理由だったかは当時は解らなかったのだが、美しい女性体育教師が赴任してきて、体育館でバドミントンをして見せたのである。

 今から思えばそれまで在籍していた女性体育教員が産休か何かで休職したために、若い彼女が臨時雇用でやって来たのだろうが、何しろ若くて綺麗、その上スタイルも抜群であった。

 体育館に蝶が舞うといった風情で、男にしろ女にしろスポーツは今でこそ白い歯を見せリラックスしてやって見せるのが当たり前だが、当時は奥歯を噛みしめながら顔をこわばらせて演技するのが当たり前の時代、そんな中、彼女は時に笑顔を見せながら実に伸び伸びと白い羽(シャトル)を追っているではないか。

 多感な15歳が、魅せられないわけはない。

 山岳部→剣道部→バドミントン部という一見して不可解な部活選択の航跡をたどったのもむべなるかな、だろう。

 
 その高校の時の同期4人が、今度は鹿屋に集まったのが11月5日の土曜日。
 
 皆は首都圏内に暮らしているのだが、面白いことに東京・神奈川・千葉・茨城とすべて都道府県違いである。そこからそれぞれが別行動で鹿屋にやって来た。 
 
 車で来たのが二名。一人は奥さん同伴だ(犬も3匹)。途中、広島やら熊本やらに立ち寄りながら遠路約1600キロをどこ吹く風の気まま旅だったようだ。

 あとの二名は飛行機だったが、大分空港で降りて湯布院の○○岳に登ってきたとか、霧島に一泊したとかで話を聞くだけでも面白かった。

 ともあれ、鹿屋市内の某ホテルで宴会し、宿泊。

 去年はこちらから東京に行って会って飲んでいるが、やはり宿泊となると違う。66,7歳の押しも押されもせぬ一押しのおじさんたちが、50年前の青春時代に戻った。


 翌日6日は、午後の便で鹿児島空港から帰る二名にせめてここだけは案内しようと、吾平山陵へ。他の車組も同行したが、いずれも初めての訪問であったから、「へえ(いいところだね)!」の連発。

 次に案内したのが神川大滝だ。

 吾平山陵から中央線を南下し、大根占の街に下り、そこからもうわずかで大滝に――と神川沿いの道を大滝入り口の先まで走っていくと道路に大きな石や土砂が溢れており、完全な通行止めに!

 大滝入り口の案内板(というよりかアーチ)の手前に「通行止め」の表示があればいいのに、と(一人の土木技術士が)ぶつぶつ言いながら道を引き返し、さてどうしようかと思案をしたがすぐに大滝を上から見下ろす「吊り橋」があったことを思い出し、直ちにそちらへ向かった。

 大根占の中心部に着く手前に、左折してスズシロの里という老健のある高台への道をとると5分ほどで平たん部の4差路に差し掛かり、そこを左折してさらに100メートル先を右折。(「青山荘」(高齢者施設)の看板あり)。

 200メートルほど行くと高齢者施設を右に見て、道は急に細くなってやや下って行くが、どうか倒木や土砂の障害がないようにと願いながら、約1キロを無事に通過して「吊り橋」のたもとへ。

 吊り橋は10月の台風でもびくともしなかったようだ。平成2年に建設されており、件の土木技術士は「鋼鉄のワイヤーなら100年は持つよ」と我々を安心させた。

 吊り橋は神川の川面から約70メートル。わずかに揺れる橋からは高さ25メートル、幅40メートルという端正な「神川大滝」がまさに手に取るように下に見える。皆、感嘆これ久しうしたようで、ここまで案内できてよかったと思った。

 再び大根占の町中まで戻り、ここで佐多岬方面組の車二名(奥方まで入れて3名)と鹿児島空港組の二名に分かれた。

 空港組の二人は送ることにし、大根占から古江、垂水、そして「道の駅たるみず」。ここで休憩を入れ、さらに二川、福山、敷根までの長ーい海岸線をひたすら走り、鹿児島空港着が13時45分。

 さらば、同期の桜。また逢う日まで、元気でな。

 (※写真は多々あるのだが、当ブログでは「ディスクの容量が不足しているので、アップはできません」と表示されるゆえ、文章から画像を想像して下され。)

 

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