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阪神淡路大震災22年

 阪神淡路大震災が起きて今日で丸22年、いまだに最愛の子や孫、父や母、兄弟を亡くした人々の悲しみは完全には癒えない。

 当事者でなければ言うに言われぬ心の内があり、他者の忖度を容易には受け入れられないに違いない。すべて自然死以外の死は多かれ少なかれ悔悟と無念の思いが常に胸中に去来するものである。

 しかしいかなる死者も同じ姿では二度とこの世には戻れない。と言って、死と同時に故人のすべてが雲散霧消するかとも思われない。少なくとも「冥福を祈る」「生きていた時のことを思い出す」という形で、残された家族や知人の心の中には生きている。

 現に生きている人間同士ですら連絡を取り合わなければ「生きているのか死んでいるのか」は分からない。多分元気でいるだろうという心の慣性の法則によって、要らぬ心配をしないだけだ。

 母親などは特に子供のことが気がかりだろう。そこでまめに連絡を取ることで無事を確認して安堵する。ところが父親というのはそんなことはしない。母親任せだ。そこにいつまでも子供に慕われ続ける母親の存在感がある。


 話は天災のことに戻る。

 平成に入ってからむやみに天災、特に大きな地震が頻繁に起こってきているのにお気付きだろうか?

 団塊世代が社会の中軸を担い「昭和元禄」を謳歌していた昭和の後半はまれにみる穏やかな地殻変動だったが、平成に入ってからは2~3年おきに死者の出る大規模な地震が増えている。


 平成5年(1993年)の北海道南西沖地震(マグニチュード8.1)では奥尻島に津波が押し寄せて230名の死者・行方不明。

 同年10月に今度は同じ北海道で東方沖地震(マグニチュード8.3)が発生し、釧路などで11名の死者・行方不明。

 そして翌平成7(1995)年の阪神淡路大震災。最大震度7を初めて観測。死者・行方不明6437名。

 平成13(2001)年、芸予地震(マグニチュード6.8)では広島県で死者が2名。

 平成15(2003)年、十勝沖地震(マグニチュード8.0)では死者・行方不明2名。

 平成16(2004)年、新潟中越地震(マグニチュード6.8)は最大震度7を記録。死者68名。

 平成17(2005)年、福岡県西方沖地震(マグニチュード7.0)では死者1名。

 平成19(2007)年、新潟中越沖地震(マグニチュード6.8)、柏崎市を中心に死者15名。

 平成20(2008)年、岩手・宮城内陸地震(マグニチュード7.2)、奥羽市、栗原市で死者・行方不明23名。

 平成21(2009)年、駿河湾地震(マグニチュード6.5)、死者1名。この地震の際に、気象庁では「東海地震観測情報」を発表した。

 平成23(2011)年、3月11日、東日本大震災(マグニチュード9.0)。死者・行方不明者22000余名。

 同年、長野県北部地震で3名、宮城県沖地震で4名の死者。これは東日本大震災の余震。

 (※このあと、各地で余震とみられる地震が頻発した。)

 平成27(2015)年、小笠原諸島西方沖地震(マグニチュード8.1)が起き死者はないが、マグニチュード8を超える地震では最も深海で発生したという。

 平成28(2016)年、4月、熊本地震(マグニチュード6.5)では益城町で震度7を観測。死者は106名。


 というように平成になってからの日本列島はかなり揺れている。


 どの地震も前触れのような現象に気づかれることなく、突如揺れ出しているのが分かる。

 このような状況を見ると、これから起こり得る首都直下型・駿河湾・東海・南海トラフ等の巨大地震も、何の前触れ無しにやってくる可能性が大きい。


 揺れてから慌てることのないように、各自でシミュレーションをしておくに越したことはないだろう。
 

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