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稀勢の里の土俵入り

 若乃花が横綱になって以来19年ぶりの日本人横綱となった稀勢の里が、明治神宮に土俵入りを奉納した。

 型は雲竜型、太刀持ちは高安、露払いは松鳳山。太刀持ちの高安は横綱と同じ茨城県出身だ。誇らしかったに違いない。

 雲竜型は守りの型だという。稀勢の里の取り組みはまず相手をがっちりと受け止めてからの取り組みなので、守りの雲竜型は稀勢の里にふさわしい。

 大相撲という「国技」がモンゴルはじめ世界のいろいろな国からチャレンジしてくる若者に開かれているのには若干の違和感を感じる方だが、何にしても今度の稀勢の里の横綱昇進はうれしいの一言に尽きる。

 これからも横綱らしく堂々と相手を胸に受けてからの取り組みを期待する。

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有言実行

 アメリカの新大統領トランプは執務後、矢継ぎ早に「大統領令」を発令している。

 大統領選挙中に訴えていた「TPPからの離脱」「オバマケアの廃棄」そしてついに「メキシコとの国境に壁を作る(そのための費用にメキシコの対米輸出品に20パーセントの関税をかける)」など、いわゆる選挙中の選挙民へのリップサービスかとも思われていた「公約」をすべて実現する気らしい。

 一年間という長い選挙遊説期間を経ての当選だから、当然前言を翻すというような暴挙は不可能ということもあるが、トランプの有言実行はどうやら本気モードだ。

 今朝のNHKニュースでは日本の対米自動車輸出関連で「日本の貿易は不公正だ」とトランプが言ったとあったが、これは明らかに誤認であり、自動車に関していえば、米国製の車が日本で売れないのは、バカでかい・燃費が悪い・維持管理費がベラボーに高い・左ハンドルのまま・・・等々の悪条件が多すぎて日本のユーザーに敬遠されているのが原因なのだ。

 日本車が米国で飛ぶように売れているのは、その真反対だからであり、貿易の不公正とは全く関係ない。品質のいいものはどこでも好かれるという見本なのである。


 上のエキセントリックに見えた公約は実現に向けて進んでいるが、日本にとって一番問題なのは「イスラム国殲滅」で、トランプは「同盟国と緊密な連携を図って実行する」と言っていることだ。

 一昨年の7月に「安保関連法案」を作って、「集団的自衛権のもとで、同盟国が紛争地に軍隊を派遣したら自衛隊も出動させ、後方支援に当たるが、同盟国軍・軍属が危険にさらされたら駆けつけ警護を実行する」としたので、「世界で最も緊密な日米安全保障条約による同盟」と安倍首相が言っている以上、トランプが「そこにいるんだったら、我々と一緒に戦え。血を流せ」と言われる可能性が高い。

 これは大変だ。

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日本人横綱誕生

 やっと日本人の横綱が誕生した。大関・稀勢の里が初場所で14勝1敗の優勝を果たし、25日の横綱審議委員会で満場一致で推挙された。

 日本人横綱が誕生するのは19年ぶりで、最後の日本人横綱は大関貴ノ花の二人の兄弟の兄・若乃花以来だそうだ。何と間の抜けた日本大相撲だったろうか。

 若乃花以来、ハワイとモンゴル出身の力士だけが国技の最高峰を独占してきた。特にモンゴル勢は今現在3人の横綱を輩出し、大関・関脇等々幕の内の42人のうち10名を占める。

 幕の内に占める割合は24パーセント、そのうち横綱3人のすべてがモンゴル出身者である。日本大相撲がモンゴルに乗っ取られたと言っても過言ではない。最も早いころのモンゴル出身力士は旭鷲山だが、彼は引退後はモンゴルに戻って国会議員となっているそうだ。

 さて、今度久々の日本人横綱となった稀勢の里は30歳で茨城県牛久市の出身である。茨城県出身力士で最高位に上ったのは大関・水戸泉だろうか。しばらくは茨城県でフィーバーが続くだろう。

 この稀勢の里の取り口は外連味のないもので、いわゆる相撲道の王道を行く姿はすがすがしい。先輩横綱の白鵬は稀勢の里が実力は十分にありながらなかなか横綱になれないのを見て、「横綱になるかどうかは宿命だ。彼にはそれが無い」と言ったそうだが、たしかに「ガッツ」や執着心は感じられない取り口である。

 しかしそういう白鵬の取り口はどうか? 

 白鵬は横綱でありながら平気で立ち合いから相手に「張り手」をかます。これは卑怯な取り口で、張り手は一種の猫だましで、相手は目をつぶらざるを得ないから、立ち合いの一番肝心な差し手争いに一瞬の遅れを生じる。

 白鵬は勝つことにこだわっているから相手がひるむことを承知でやっているのだ。この横綱としては汚いやり方を始めたのは同じモンゴル出身の横綱・朝青龍である。けしからぬ取り口だ。

 横綱なら、まずは堂々とまともに相手の出足を受け止めてこそなんぼなのだ。こんな取り口で勝っても日本人好角家(観客)は満足しまい。

 その点、完璧にきれいな取り口に徹しているのが稀勢の里だ。その意味でも稀勢の里には頑張ってもらいたい。せめてあと5年は横綱でいてもらいたいものだ。その頃には後進の正代・御嶽海・宇良などが上位に上がっておおいに土俵を沸かせるだろう。
 
 心技一帯の相撲道へ!!

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トランプ政権の誕生

 世界を驚かせたアメリカ新大統領トランプの大統領就任式が行われた。

 就任受諾演説では例によって「偉大なアメリカをもう一度」のトランプ節が連呼されたが、アメリカ第一主義に基づくTPP離脱とNAFTAの再交渉についてもしっかりと入っていたようだ。

 日米同盟によるアメリカの軍事費負担について、日本へ負担増加を求めることについては直接述べられてはいないが、中国への牽制はなされていた。

 それぞれ対日、対中の二国間交渉に移行するわけだが、とにかくオバマ政権とは様変わりして、日本へも中国へも本音をぶつけてくることは間違いない。

 安倍首相はトランプ演説を受けてのコメントで、相変わらず「日米同盟の根本的な絆はみじんも揺がず、ますます強固に発展していきたい」と、エールを送っているつもりだろうが、トランプは本音では「もうそろそろ自分のことは自分でやれよ。自分でチャイナリスクでも何でも解決しろよ。こっちは国内の雇用・産業の問題で手いっぱいだ」などと思っているのではないか。

 日本も対中国投資や対アジア投資で国内に雇用の空洞化が生まれているが、アメリカはもっと深刻らしいことをトランプは選挙戦を通じて明らかにしてきた。

 かって日本が対米輸出で潤い、目覚ましい経済成長を遂げたように、今は中国がその路線を踏襲して世界第二の経済大国になった。

 日本は日米同盟という「強固な絆」(飼い犬の鎖)があったので、プラザ合意を仕組まれてまんまとアメリカの対日赤字を半減させられたが(借金の棒引き=徳政令)、中国に対してはこの手が使えないのでトランプは吼えているのだ。

 迂闊に中国をたたけば、大量のアメリカ国債を売りに出されて米国債が大暴落し、下手をすれば基軸のドルもその座から陥落する。

 またトランプは演説で「ワシントンの利益より国民みんなの利益を優先する」とも言っているが、これは正論だ。アメリカの政治はロビー活動がものをいうらしい。これは日本では利権(頭の黒いネズミ)優先ということだが、中国ではずばりワイロである。

 頭の黒いネズミはまだ可愛らしいが、ロビイストや共産党幹部が支配する両大国は変わらなければなるまい。

 トランプはオバマ前大統領ほどではないが、やはり「チェンジ」(変化)をしなければならないとも言っている。ワシントンから一般国民へと目線を移すというわけだが、ワシントンに巣食っているロビイストどもを退治するには独裁的な強権が必要なのだろう。

 ついでに終戦後70年を経過しているにもかかわらず、相変わらず「アメリカ様が一番の頼りです。どうか日米同盟を揺るがすようなことはしないで下さいよ」と外務省や米国通の対米負け犬ロビイストどもの秋波をも微塵に砕いてほしいものだ。

 

 

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前方後円墳の起源は壺?

 今日(1月20日)のNHK「歴史ヒストリア」では前方後円墳の起源について、「壺型説」を取り上げていた。

 まず典型的な巨大前方後円墳である「箸墓古墳」を例に出し、その築造年代を3世紀半ばとしたうえで、「日本独特の前方後円墳はどのようにデザインされたのか、上空から見ると壺のようですありませんか」と紹介した。

 確かに長頸の壺に似てはいる。

 さらに中国の3世紀に作られたという「壺の上に不老長寿の仙人たちが乗った『神亭壺(シンテイコ)』(浙江省出土)」という遺物を取り上げ、壺は不老長寿のシンボルであり、その頃の中国人は来世と重ね合わせてみていたともいう。

 元同志社大学の教授だった人は「東王父(トウオウフ)」という古代中国の伝説に登場する神人を引き合いに出して、
 「古代中国人は東の海中に壺型の霊山があり、そこに不老長寿の仙人たちが住んでいるとするが、その思想を倭人が取り入れてあのような壺型の前方後円墳を創造したのだろう」
 と解説した。

 しかしこれはおかしい。もしそうであるならば中国大陸人こそがまず壺型の墳墓すなわち前方後円墳を造っていなければならないからだ。

 中国の浙江省でもどこでもよいが、日本列島のものより古い前方後円墳のような墳墓が発見されているならば、「ああ、たしかに中国大陸で造られたものが日本へ移入され、それが日本で巨大化して独特の前方後円墳になったのだ」とはいえる。

 中国大陸で不老長寿の仙人たちを乗せた壺が作られているからと言っても、そもそも焼き物の壺と大土木工事を必要とする前方後円墳とはスケールよりも前に概念が違うではないか。

 日本の巨大前方古墳の多くが周濠を持ち、水をたたえていることを海になぞらえ、「北部九州の古墳でよく見られる彼岸(来世)に渡る船の絵図」にあるように、大王のお棺をそのような船に乗せて周濠を渡り、後円墳の頂上まで引き上げて埋葬したとするが、全国に4000基もあるとされる前方後円墳の中で、周濠に水をたたえているのは河内と大和地方の大型墳だけであり、残余の数千という数の水をたたえない前方後円墳群から見ればむしろ例外に属している。

 畿内の大型前方古墳で周濠に水をたたえているのは、海を模したわけではなく、単に地下水位が高かったが故の自然現象だろう。その地方の灌漑用に水をためておいたという考えもあるくらいだ。

 もし中国古代人たちが、「来世を意味する仙人たちが壺型の宮殿に住み、東へ海を渡ったところにある「東王父の住むという壺型の島」があると考えたのならば、思想だけが日本列島へやって来たというより、中国古代人そのものが日本列島に渡来し、理想の「壺型古墳」すなわち前方後円墳を築造して自らを埋葬した――と考えなければ整合性は得られまい。

 果たして、日本独特のと形容の付く前方後円墳の初期のころの墓主は中国古代人だったのだろうか?

 今日の番組を見ればそういう流れになっていなければおかしいだろう。倭人はどこに行ったのだ!?

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阪神淡路大震災22年

 阪神淡路大震災が起きて今日で丸22年、いまだに最愛の子や孫、父や母、兄弟を亡くした人々の悲しみは完全には癒えない。

 当事者でなければ言うに言われぬ心の内があり、他者の忖度を容易には受け入れられないに違いない。すべて自然死以外の死は多かれ少なかれ悔悟と無念の思いが常に胸中に去来するものである。

 しかしいかなる死者も同じ姿では二度とこの世には戻れない。と言って、死と同時に故人のすべてが雲散霧消するかとも思われない。少なくとも「冥福を祈る」「生きていた時のことを思い出す」という形で、残された家族や知人の心の中には生きている。

 現に生きている人間同士ですら連絡を取り合わなければ「生きているのか死んでいるのか」は分からない。多分元気でいるだろうという心の慣性の法則によって、要らぬ心配をしないだけだ。

 母親などは特に子供のことが気がかりだろう。そこでまめに連絡を取ることで無事を確認して安堵する。ところが父親というのはそんなことはしない。母親任せだ。そこにいつまでも子供に慕われ続ける母親の存在感がある。


 話は天災のことに戻る。

 平成に入ってからむやみに天災、特に大きな地震が頻繁に起こってきているのにお気付きだろうか?

 団塊世代が社会の中軸を担い「昭和元禄」を謳歌していた昭和の後半はまれにみる穏やかな地殻変動だったが、平成に入ってからは2~3年おきに死者の出る大規模な地震が増えている。


 平成5年(1993年)の北海道南西沖地震(マグニチュード8.1)では奥尻島に津波が押し寄せて230名の死者・行方不明。

 同年10月に今度は同じ北海道で東方沖地震(マグニチュード8.3)が発生し、釧路などで11名の死者・行方不明。

 そして翌平成7(1995)年の阪神淡路大震災。最大震度7を初めて観測。死者・行方不明6437名。

 平成13(2001)年、芸予地震(マグニチュード6.8)では広島県で死者が2名。

 平成15(2003)年、十勝沖地震(マグニチュード8.0)では死者・行方不明2名。

 平成16(2004)年、新潟中越地震(マグニチュード6.8)は最大震度7を記録。死者68名。

 平成17(2005)年、福岡県西方沖地震(マグニチュード7.0)では死者1名。

 平成19(2007)年、新潟中越沖地震(マグニチュード6.8)、柏崎市を中心に死者15名。

 平成20(2008)年、岩手・宮城内陸地震(マグニチュード7.2)、奥羽市、栗原市で死者・行方不明23名。

 平成21(2009)年、駿河湾地震(マグニチュード6.5)、死者1名。この地震の際に、気象庁では「東海地震観測情報」を発表した。

 平成23(2011)年、3月11日、東日本大震災(マグニチュード9.0)。死者・行方不明者22000余名。

 同年、長野県北部地震で3名、宮城県沖地震で4名の死者。これは東日本大震災の余震。

 (※このあと、各地で余震とみられる地震が頻発した。)

 平成27(2015)年、小笠原諸島西方沖地震(マグニチュード8.1)が起き死者はないが、マグニチュード8を超える地震では最も深海で発生したという。

 平成28(2016)年、4月、熊本地震(マグニチュード6.5)では益城町で震度7を観測。死者は106名。


 というように平成になってからの日本列島はかなり揺れている。


 どの地震も前触れのような現象に気づかれることなく、突如揺れ出しているのが分かる。

 このような状況を見ると、これから起こり得る首都直下型・駿河湾・東海・南海トラフ等の巨大地震も、何の前触れ無しにやってくる可能性が大きい。


 揺れてから慌てることのないように、各自でシミュレーションをしておくに越したことはないだろう。
 

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また魏志倭人伝のクニ?

 滋賀県彦根市の「稲部遺跡」で弥生時代後期の巨大建物のあとが見つかり、識者は「魏志倭人伝に掲載されている倭人国家30国のうちの一つかもしれない」と無責任な発言をしている。

 魏志倭人伝の解釈から邪馬台国とその連盟国群30国はすべて九州島に存在していることが分かり、畿内は全く埒外であったにもかかわらず、何とかして畿内大和に邪馬台国があったとしたい「邪馬台国畿内説」の悪あがきでしかない。

 そもそも「大和」と漢字で書いて「やまと」となぜ読むのかに疑問すら持たない考古学的な「大和中心主義者」の心情や哀れというほかない。

 「大和」は九州北部にあった倭人伝記載の「大倭」勢力が畿内に移ったのちに、相当あとになって転訛命名されたのであるが、その「大倭」を名乗ったのは北部九州糸島(五十=イソ)を足掛かりに北部九州の一大勢力となり、同じ筑紫国(ほぼ今日の福岡県)の南部(筑後)八女にあった邪馬台国を保護国同然に支配した崇神王権なのである。

 その崇神王権が半島情勢のひっ迫(魏の司馬懿将軍による半島南下攻略=240年代)に危機感を感じた糸島(五十=イソ)から畿内に東遷したのは250年代以降である。

 崇神王権は大和に入ってから橿原に最初の王権を築いた南九州投馬国勢力と向かい合う形で纒向を中心に根拠地を設けた。

 この纒向王権は次代の垂仁天皇のときに、ついに橿原王権の最後の王であるタケハニヤスとアタヒメの王朝を駆遂した。

 しかし崇神王権も5代後の応神天皇(神功皇后)の勢力にやぶれているから、畿内王権といえども当時は半島情勢とのかかわりから、かなり流動的な側面がある。


 「大和中心主義者」の心情や哀れ――などと書くと、私が全く大和王権を認めないか、かなり反大和的である、などとおしかりを受けるかもしれないが、それはあくまでも考古学的な大和中心主義に対してのもので、本人は至って日本中心主義である。

 何でも大和地方や畿内でこういった考古学的な発見があるとすぐに、「それ、畿内に邪馬台国が見えた」風な報道は厳に慎むべきだと思っているのだ。

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トランプがまた吼えた!

 トランプの咆哮が止まらない。

 次期大統領に決まってからのトランプはアメリカ国内の企業に対して、「メキシコに工場を移転するなんてとんでもない!もし作ってアメリカ国内に輸出するなら大幅な関税をかけてやる」とほとんど恐喝まがいの命令調のツイッターで喋りまくっているが、これに対して実際にメキシコへの新工場建設を見合わせた大企業が出てきている。

 空調メーカーのキャリアや自動車産業の雄GМがトランプの口撃介入で、メキシコへの投資をやめたという。

 年が明けて何と今度は日本のトヨタ自動車のメキシコ新工場建設に対して、「メキシコで生産した自動車をアメリカへ輸出したら35パーセントの関税を課す」と吼えた。

 これに対してトヨタ側は、「トヨタ自動車はアメリカ国内で10の工場を稼働して十数万の労働者を雇っている。メキシコに新設する工場の自動車はアメリカ労働者の雇用にとっては問題ないので予定は変えない」と正論で応じている。

 すでにトヨタは10万人規模の米国人を雇用しているのだから、トランプの咆哮はお門違いだろう。


 トランプ新大統領は今月下旬の大統領就任式以降、ホワイトハウスに入ってアメリカの中枢部に腰を据えるのだが、その時は数々のレクチャーを受けることによって世界経済の実態を目の当たりにするのだろうが、基本的にアメリカは小さな政府が理想で、その分民間が何でもやってしまう傾向が顕著だ。

 しかしそれだと儲からない仕事、マネーゲームの対象にならない地味な仕事、は敬遠されて隅っこに行ってしまう。

 それをサポートするのが本来の政府の役割だが、アメリカではそれができない。たとえばオバマケアである。国民皆保険によってどんなに貧しくても病院にかかれるシステムをオバマ大統領が設定したのだが、結局のところ国(連邦政府)がやるのではなく、保険会社に委ねる他なかった。

 この保険会社というやつは、保険金を請求するのに膨大な書類等を求めたため医者たちが過重負担で悲鳴を上げるようになった。
 
 当たり前のことで、保険会社はいかに少なく支払うか(逆に言うとどんなことがあっても儲けを確保しておく)を考えるから、うまくいくわけがない。日本のように政府機関が直接かかわらなければ継続性はない。

 このように政府が民生のために積極的にかかわるのが日本の常道だが、これはアメリカでは通用しないらしい。政府と国民との関係における歴史の違いというほかない。

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謹賀新年(2017)

 当ブログを見に来てくれるみなさん、明けましておめでとうございます。

 平成も29年目に入り天皇陛下の「生前退位」が日程に上りましたが、皇太子徳仁殿下がしかるべき時期に高御座に就かれ、無事に皇位を継がれることを日本国民として、また一世界市民として願いたいと思います。

 何といっても日本は少なくとも奈良時代の初めに天皇制の律令法治国家を形成してからかれこれ1300年余、全国津々浦々にわたる米作りとともに世界に名だたる文化国家としての歩みを続けてきました。


 幕末以降は欧米列強の世界分割競争の中に投げ入れられ維新運動を起こすことで世を一新し、不平等条約を結ばされたことに苦慮しながら「欧米何するものぞ」の気概を奮い立たせ、「敵を知らずんば始まらない」といわゆる脱亜入欧により欧米の文明文化をどん欲に取り入れて「富国強兵」に成功し、日清戦争勝利によって治外法権の撤廃を、日露戦争勝利によって関税自主権を勝ち取って、欧米列強と肩を並べるまでになったのです。

 しかしながら欧米の有色民族差別は根強く、日本が国際連盟設立前夜のヴェルサイユ条約制定に付随する会議において全権副使(大使は西園寺公望)の牧野伸顕が「人種差別撤廃案」を主張して会議場の採決で賛成多数であったにもかかわらずその会議の議長であったアメリカのウィルソンは「全会一致でなければ採択しない」と言い張って反故にしてしまいました。


 アメリカは当時、リンカーンの奴隷解放宣言によりアフリカ黒人の売買はしていなかったのですが、南部では特に黒人は農奴として基本的人権の枠外にあったので、すべての人種を平等にするなどもってのほかだったわけです。怒って帰ってしまったウィルソンもですが、アメリカ議会も「そんなことを主張する日本人が加盟する国際連盟には加盟しない」と、自分で立ち上げようとした国際連盟にそっぽを向いたのです。

 その後、アメリカは反日に大きく舵を切り始め、同じ年(1920年)の11月にはカリフォルニア州で「排日土地法」(カリフォルニアには日本人移民で農業者が多かった)を制定して日本人農業者への土地の売買斡旋を禁じ、実質的に日本人を締め出しました。


 国家間でもワシントン会議(1921年)では日本の軍艦の数を制限し、ロンドン軍縮会議(1930年)でも同様に日本の軍事力を規制しています。これらに通底するのは有色(黄色)人種へのあからさまな警戒感なのです。


 何しろ日本でいえば江戸時代末期頃にアジア各国には欧米列強が次々に進出して植民地とするか、または各国と不平等条約を結び、いわばやりたい放題をして来たわけですが、日本に来てそれにブレーキがかかった。日本では江戸幕府は鎖国政策と言いながらも長崎の出島で対オランダ交易をしており、欧米の文明については予備知識があったので、そう易々とは欧米に飲み込まれはしなかった。

 しかしそれでも不平等条約は結ばされてしまった。いわゆる黒船4隻による「脅し外交」の前に幕府は苦渋の選択をせざるを得なかったが、これを不満とする国論と幕府に抑圧されてきた外様大名の藩士が中心となって倒幕運動にまで発展し、ついに江戸幕府は幕を下ろしたわけです。

 明治維新とは何も幕府対志士による単なる国内的な革命劇ではなく、いかに素早く国家を衣替えさせアジアに進出してくる欧米列強に対抗できるか――が極めて大きな運動だったのです。

 そして富国強兵を維新後の30年ほどで成し遂げ、不平等条約締結後約40年で治外法権の撤廃と関税自主権の獲得に至ったことは上で述べたとおりです。

 このことから鑑みるに、戦後70年、いかに日本が敗れたからといっていまだに「日米安全保障条約」「日米地位協定」を結んで戦勝国アメリカの言いなりになっているのは全くおかしなことです。明治維新の元勲たちはじめ、多くの明治の人々は泉下で泣いているに違いありません。

 今年を日米安全保障条約を基軸とする日米同盟の撤廃元年としたいのは私だけだろうか?

 

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