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森友学園問題

 瑞穂の国――と聞いて誰しも日本の伝統と平穏とを思い浮かべるだろうが、森友学園理事長・籠池氏の国会での証人喚問発言はそれと真反対のドロドロしたものだった。

 何といっても今度の喚問では安倍首相の関与があったかどうか、たとえ夫人の昭恵さんであってもこの学園とのつながりが取り沙汰されている以上、同理事長の発言は注目に値するに十分だった。

 昭恵さんはこの理事長の要請で何回か講演に行っている。その中で「昭恵さん自身が100万円の入った封筒を渡したというのだから事は穏便ではない。

 安倍昭恵さんが一時は名誉校長に就任した小学校だったため、大物人寄せパンダによる寄付金集めの一環だったと思われるが、それにしても証人喚問で堂々と当時の様子を再現して見せたのだから、昭恵さんからの100万円はあったとしてよいのではないか。


 この理事長が経営する幼稚園では園児に「教育勅語」を暗唱させるらしい。そのことも含めて「立派な日本人」を育てるというので、昭恵さんもある程度信奉していたのかもしれない。夫の安倍首相も満更ではなかったのではないだろうか。

 教育勅語は明治22年(1889年)に大日本帝国憲法が公布された翌年の23年に出されている。欧米列強に追いつくべく近代国家にふさわしい諸制度が整備され、その総仕上げとして対外的に謳ったのが大日本帝国憲法であるとすれば、対内的(国内的)に国民をむやみに近代化(欧米化)させないように作り出されたのが教育勅語であるといってよい。

 東洋的日本の精神的な教えを国民に忘れさせまいとする内容で、忠と孝による愛郷・愛国心に基づく道義国家を目指そうとするものであるから、たしかに近代的欧米的合理主義・個人主義とはかけ離れているが、普遍的なものを持っている。

 ただ、そのことと森友学園の幼稚園でやっている幼児に教育勅語を暗唱させることとは別物だろう。


 迂遠なようだが、また「風が吹けば桶屋が儲かる」的に聞こえるかもしれないが、今日の日本人の多くが失っているか失いかけている教育勅語的な感性、つまり親への孝行、兄弟の相和、朋友への信――というような道徳性を復活させたければ、日米同盟を廃棄して素の日本になることだ。

 対米お追従外交を強いられている日米同盟こそが、日本人本有の徳性を失わせている最大の障害だということに気づき、早く自動延長を停止すべきなのである。

 アメリカのような「すべてが金」「スポーツも金」「芸術文化も金」というライフスタイルこそが、人間の徳性を失わせている最大のルーツである。家庭すら無残にも崩壊の一途をたどっている。


 戦後の日本は戦勝国アメリカこそが日本のモデルだとして「お追従を交えながら」そのライフスタイルを真似てきたが、トランプが大統領になって何もかもが明るみに出始めている。

 日米同盟においても「米軍の駐留経費をもっと払え。さもないと引き上げる」と、実に率直である。「上等だ、もう日米同盟は解消だ、自動延長はしない」と言えばいいだけのことだ。

 日米同盟が無くなれば、日本人は人任せではなくもっとまともに国を守ろうという愛国心が出てくるし、ちょうどあの菅原道真が遣唐使を廃止したことによって「国風文化」(大陸文化の日本化)が花開いたように、欧米の文明・文化とくにアメリカの文化が和風化され、金でごたごたした(ちゃらちゃらした)油っこさが抜けてさわやかな文化に生まれ変わるだろう。

   

 「日米同盟が無くなれば、さあ待ってましたと中国が、いやロシアが攻めてくる」というような手合いが多いが、いったい何を根拠にそういうのだろうか?

 たとえば中国が南シナ海で不法に軍事基地を造作しているが、あれと日本を攻めてくるなどということとはまず無関係である。そんなことなら、尖閣諸島には民主党の野田政権が国有化する前に中国が占領していただろう。自民党政権は国有化に及び腰で、そのためにあの石原慎太郎元都知事が「やらないなら東京都が買うぞ!」と自民党のへっぴり腰に愛想をつかしていたのだったが・・・(石原氏もあの頃は元気があったよな。今は豊洲問題ですっかりしょげている・・・)。

 ある国を侵略するためにはちゃんとした理由がなければならないが、中国は何を理由にして日本に攻めてくるのだろうか? またロシアは何を理由にして日本を攻めるのだろうか?

 全く思い当たらないではないか。単なる米軍依存症の裏返し心理ではないか!

 共産圏諸国は何をするかわからない――というのは既に過去のこと、ベルリンの壁崩壊で新しい時代に入っている。

 ただ「専守防衛」の自衛隊は絶対に必要で、日米同盟解消後には「国防軍」に改称して万が一の備えはおさおさ怠らないようにしなければなるまい。


 森友学園問題から尾ひれがついてしまったが、意外と根の深い問題なのである。

 

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映画『海賊とよばれた男』を観る

 やっと大隅史談会での最後の仕事、『大隅60号』の編集作業がほぼ完了(あと2名の寄稿文の最終校正を残すのみ)してホッとしている。1月半ばからだからちょうどふた月に係る仕事だった。

 12月23日の理事会(編集会議)の時点では、寄稿者10名足らず、大隅誌仕様で換算して120ページにも見たなかったが、その後8本の論文が加わり、なんとか総ページで180ページは確保できた。

 21日に製本印刷を依頼する東洋印刷にUSBメモリーを持参し、あとは一ヶ月後の仕上がりを待つだけになった。


 気晴らしに久しぶりに映画を見ようと、先日の広報誌の後ろ紙面で紹介されていた百田尚樹原作の『海賊とよばれた男』を鹿屋市中心部にあるリナシアターに観に行った。

 今日(17日)が最後の上映で、そのまた最後の上映時間である午後7時から2時間半の映画であった。60歳以上は1800円のところ1000円で鑑賞できるのがありがたい。

 内容は民族石油資本の雄、出光佐三の話である。

 戦前は上海や満州にまで石油製品の販路を持っていたが、戦後は占領軍(GHQ)の監視の下でしばらくくすぶっていた。しかしサンフランシスコ条約締結による日本の独立を契機に自前の巨大タンカー「日章丸」を建造し、世界のメジャーの妨害をかいくぐってイランに原油の買い付けに行った。

 当時イランを支配していたイギリス系のメジャー(BP=ブリティッシュ・ペトロリアム)から独立しようと社会主義革命を起こして民族資本を醸成しようとしていたイラン。そうはさせじと経済封鎖(海上封鎖)をしていたイギリス。出光もいろいろな規制ややっかみを受けていたが、何するものぞの気概を持った出光佐三の快挙はイラン国民も日本国民もともに熱狂させた。

 熱と光があらゆる困難の壁を溶解する――ことを教えてくれる映画だ。

 
 

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森友学園理事長の会見

 大阪の森友学園という学校法人が新たに国有地を購入して小学校「瑞穂の国小学院」という名称で私立小学校を開校したいという話題が取り沙汰されていたが、その学校法人は申請を取り下げた。

 籠池という珍しい姓の理事長が会見を開いて、「2月半ばから国会で土地問題を取り上げられて追及され、私には記者の追っかけがひどく、一か月くらい何にも手が付けられない状態で・・・」と、新聞社数社の名を挙げながら会見に臨んでいた。

 この人が最も主張したいのは、「日本を良くしたい、そのためには幼児のころから教育勅語に触れさせ、ちゃんとした日本人を育てていくほかない」ということで、そのためにモデルとなるような小学校運営をしていきたい――ということのようである。

 そのこと自体は何ら異論はない(どんな教育方針を掲げようが日本では格別に開校認可申請を却下することはしない)が、この開校に至る土地問題や費用の虚偽申請などいくつかの、教育者としてはどうか、という点が多々あって問題を大きくしているのだ。

 今日の会見では、自分の考えを自分の言葉で明確に伝えていた。この会見を聞いていて、あの石原元都知事の煮え切らない、他人に責任を転嫁するいやらしい会見よりか、大いにに評価したいと思った。

 ただ、彼が、「瑞穂の国日本。誰もがコメを食べられる素晴らしい国。紙面を海に囲まれ、綺麗な水、海幸、山幸に恵まれた日本。この素晴らしい国を子供たちにも伝えていきたい」というようなことを話せば話すほど、何であのようなゴミを埋め立てた汚い場所で、「素晴らしい国日本」を教えたいと思ったのだろうか?

 そのような素晴らしい環境の日本を教えるのであれば、すぐそこに素晴らしい田園のある過疎地に開校すればよかったのではないか?

 子供たちも親たちも地域の人も大喜びだろう。

 あんな小汚い場所に建てようとした理事長は、言葉とは裏腹に、「金」と「名誉」に心が占領されていたのかもしれんばい!

 バカたれが!

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両陛下のベトナム訪問

 天皇・皇后両陛下がベトナムを公式訪問された。

 訪問された中で、特に「残留日本兵」の妻となり、ベトナムがフランスから独立を果たしてからは政治体制の違いのため日本へ帰国した夫を見送ったあと、戦後は女手一つで3人の子を育てたというベトナム女性(91歳)との面会には胸が熱くなった。

 「残留日本兵」とは、インドネシアでもそうであったように、欧米による植民地(インドネシアはオランダ、ベトナムはフランス)解放のために現地民と一緒になって戦った人々のことである。

 天皇陛下は「こういう歴史を振り返らなければならない」とおっしゃったが、千鈞の重みがある。

 戦後は勝者であるアメリカに支配されたため、「日本はつまらない戦争をした。勝てるわけのない無謀な戦争をした」という勝利者アメリカへの迎合史観が世を覆ったが、このような生き残りの女性が歴史の生き証人だ。
 日本は決してつまらない・無駄な戦争をしたのではなく、欧米のアジア・アフリカ分割植民地化の流れに、唯一有色人種の中で欧米の植民地化の動きに対抗し、アジア・アフリカ解放に向けて大きな働きをしたのである。

 残留日本人の中には「義勇兵」のような立場で残った人もいただろう。
 
 残念ながら北ベトナムは社会主義化したため、北ベトナムに残った人たちは帰国せざるを得なかったが、1964年に「トンキン湾事件」が発生し、以後、アメリカによるベトナム侵略戦争が開始され、多くの無辜のベトナム人が殺害された。
 
 結局は北ベトナムが南ベトナムを併呑して勝利し、統一国家が生まれたのだが、日本がアメリカ(連合国)敗れずにベトナム独立に手を貸していたら、もっと早く統一政権が出来ていただろう。ベトちゃん・ドクちゃんのような「枯葉剤(猛毒の除草剤)」散布による被害も防げていただろう。

 アメリカが南ベトナムから軍隊を撤退させたのは1973年、その後ベトナム国内で内戦が続いたが、1975年には北の解放戦線が南のサイゴンを陥落させ、1976年になって南北統一選挙により国名を「ベトナム社会主義共和国」として現在のベトナムが生まれた。

 日本人がベトナムから帰還してからちょうど30年後に、ベトナムはようやく自前(のベトナム人自身による)統一国家として本来のあるべき姿を現したのである。ベトナム人女性と結婚してまでベトナムの植民地解放のために働こうとした日本人がいたことを忘れてはなるまい。

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780億円が「小さなこと」か!!

 石原慎太郎元東京都知事が「豊洲市場の問題」で記者会見を開いた。

 築地市場に代わる新しい市場の候補地選定に当たった東京都は、東京ガスの工場があった場所・豊洲を選んだ。
 
 東京ガスは売るのを渋った。それは本来なら売り手の東京ガス側が汚染された土壌を処分又は無害化しなければならず、それには膨大な費用(850億円ほど)が掛かるからだった。

 ところがどうしても豊洲に決めたい東京都はそのうちの780億円ほどを買主である都が負担するということで、ついに東京ガスとの合意に漕ぎ着けた。

 この買主側が汚染土壌の処理費用まで被ってしまったのは、税金の無駄遣いであり東京都の契約上の瑕疵ではないのかという都民の声が高まり、さらに汚染が処理されたはずの土壌から汚染物質の六価クロムなどが検知されたりして移転が暗礁に乗り上げている。

 この契約に最終的にゴーサインを出した(契約書類に判を押した)のは、当時の東京都知事であった石原氏であるということで、都議会が「百条委員会」を立ち上げて、3月20日には石原氏の喚問も予定されている。

 しかし石原氏は喚問までの「針のムシロ」的な状況にしびれを切らして記者会見を開いたのである。

 石原氏が記者会見で記者の質問に答えた中で、こう言ったのには心底驚いた。

――知事は各部署から上がってくる決裁書に目を通しますが、専門的なことは分からないし、第一こんな小さなことをいちいち構ってられないんですよ。

 「こんな小さなことでいちいち構ってられない」とは、聞き違えでなければよいが、たしかに言っていたのだ。

 呆れるとはこういうことを言うのだろう!

 東京都が本来ならしないでもいい780億円の処理費用負担のどこが「小さな問題」なのか!

 自分の懐が痛むわけではないからこんなことが平然と言えるのだろうが、こういう人間こそ「小さな人間」というのではないか。

 「行政の長として責任はあるが、こういう問題を下から上げてきた東京都の職員全体にも責任があるし、豊洲問題に突っ込んで裁可しないままでいる小池百合子知事にも責任がある」

 このようにして他人に責任を転嫁するのは自己本位のモデルだ。
 
 殿様知事然として後半はろくに執務室にも来ないで、たぶん例の本『天才 田中角栄』でも書いていたのだろう。

 誰か、文筆の立つ評論家がいたら、書いてほしいものだ。『天災! 石原慎太郎の無責任な知事生活』

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右と左

 今夜の「バクモン爆笑問題」(NHKテレビ)は、広辞苑の編集についてのバクモンだったが、編集長が『「右」という言葉の定義は何だろうか』という質問を出し、それに爆笑問題の二人ともう一人乃木坂46のメンバーの子がそれぞれ回答していた。
 
 その中で爆笑問題の田中の答え「南を向いた時の西の方向」が正解だったが、しかしそれはあくまでも右左という言葉を使わないでなら、そう答えられるというに過ぎない。「右(みぎ)」という語源そのものを答えているわけではない。

 ところが実際に辞書を引いてみると、「みぎ」の意味については田中の答えと同じだということが分かり、唖然とした。そのほかに「にぎり」から来た、つまり多くの人は右利きなので、物を握るときに必ず右手を使うから「にぎり手」から、「にぎ手」→「にぎ」→「みぎ」という変化を想定している。

 どちらも噴飯物の解釈である。

 右と左についてはすでに古事記の中で次の箇所に説明書きがある。もちろん説明書きといっても「みぎ」の意味はこれこれで、「ひだり」の意味はこれこれですよと箇条書きにしてあるわけではない。

 その箇所とは、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が天照大神・月読命・須佐之男命の「三貴子」を生む段である。
 
 それにはこう書いてある。

 <ここに左の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は天照大神。次に右の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は月読命。次に御鼻を洗ひたまふ時に、成れる神の名は建速須佐之男命。> 

 伊弉諾尊は男性神であるから当然懐胎して腹から子を産むわけではない。生まれる原理が天照大神の場合は「左目」から、月読命は「右目」から、そして須佐之男命は「鼻」からなのである。

 ではなぜ太陽神である天照大神が「左目」から生まれたのか。ここに「左」の意味が隠されている。

 すなわち「ひだり」とは「日足り」で、「日」が足りていることである。「日(ひ)」とはもちろん現実の太陽のことでもあるが、「霊」「魂」などをも含む広い意味を持っている言葉であり、そのような「ひ」に満ち満ちているのが天照大神の属性である。

 「右目」から生まれた月読命の場合は、月(ムーン)の属性を考えるとすぐに分かる。月は規則的に満ち欠けをする(もちろんこれは地上から見ての話で、実際に月という星が物質的に削られるわけではない)。つまり月は「身を切っている」ように観測される。これが「身切り」→「みぎり」→「みぎ」と変化して、「月と言えばみぎ」となったものだろう。

 簡単に整理すると、「左(ひだり)」は「日足り」、「右(みぎ・みぎり)」は「身切り」、が語源である。

 最後に須佐之男命は「鼻」から生まれたとするが、これについてはよく分からない。「鼻」の語源は顔の中ほどに突き出しているので「トップ・最初」の意味の「はな」(例として、「この問題は難しくてはなから解らない」など)だろうという説がある。

 しかし須佐之男命が生まれたのは、「三貴子」の中では最後で、最初ではない。「鼻」が「最初」の意味であるのなら、文字通り三貴子の中でイの一番に生まれてよさそうだが、そうではない。

 まったく視点を変えてみると、鼻は漢方医学では「肺」の機能を表しているという。肺とは呼吸器官であり、空気の流れを象徴しており、空気の流れの強まったものが「風・強風・暴風」である。そうしてみると須佐之男命は高天原に上って姉である天照大神の田を荒らしまくっていることなどから、稲作の強敵「暴風・台風」の象徴に他ならないのではないか?――という考え方もできる。

 須佐之男命についてはまだ考慮の余地はあるが、天照大神の「左」、月読命の「右」は「日足る」・「身切る」が語源として間違いないと思う。

 

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