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17回も会っているのに・・・

 一昨日、安倍首相はロシアのプーチン大統領に会い、翌日にはイギリスのメイ首相にも会うという歴代首相では突出した外交路線をとっている。

 にもかかわらず、ロシアだ。プーチンとは第一次安倍内閣の時に安倍首相が会談をして以来、実に17回目という大変な回数を重ねて会っているのだが、平和条約も北方領土の返還もどちらも袖にし続けている。

 これではいったい何のためにそれほどの逢瀬(直接の会談)を重ねているのか、意味がなくなってくる。

 安倍首相の意気込みは「自分の代のうちに平和条約を締結して、北方領土返還への道筋をつける」ことであるのは分かっているのだが、当のロシアの言い分は「北方領土は第二次大戦(末期に英米とで取り決めたヤルタ会談)の結果我々のものになった。返すわけにはいかない」で、その歴史観を打破することが北方領土問題を解決し、同時に平和条約を結ぶ近道なのである。

 ロシア(当時、ソ連)のスターリンとイギリスのチャーチルそれにアメリカのルーズベルトがソ連のクリミア地方ヤルタで密約し、ソ連の日本への参戦を促したのがそもそもの領土問題の出発点だった。

 ロシアのプーチンはこのヤルタ会談による「お墨付き」があるから、決して北方領土を手放そうとしない。したがってその「お墨付き」(によって生じた第二次世界大戦観)自体を無力化するべきなのである。

 その方途は、サンフランシスコ平和条約後にようやく「戦犯国」から独立自尊の国家として再評価された日本がいつまでも反共(対露・対中国)の日米同盟を結んでいることから自由になることである。日米同盟をやめて、太平洋戦争の「戦勝国・戦敗国」の関係を断ち切らなければ本当の「戦後」にはならない。

 安倍首相をはじめ自民党政権のトップは口を開けば「日米同盟は日本の安全のかなめであり、より強固にしなければならない」と口癖のように言明するのが常だが、これはロシア・中国から見たら、「日本は相も変わらず戦勝国(強い)米国のポチになっていたいんだな。情けない国だ。いじめてやろう」的なとらえ方をせざるを得ないのだ。

 「中国やロシアの軍事的脅威に対処するためにはアメリカ軍による後ろ盾が必要だ。現実的には自国で軍備を賄うよりこの方が安上がりなんだ」などと、腰の抜けた考え方が蔓延しているうちに、自分の国を自分で守ろうとしない超外交音痴国家に成り下がり、一般国民も「アメリカに守ってもらうのが最善」となり、いたずらに中国脅威論・ロシア脅威論が独り歩きしている。

 ロシア脅威論は中国に比べるとやや小さいが、それでも対米従属路線をとる日本の定番的な見方である。そこを安倍首相はどうにか突破したいようなのだが、残念ながら対米従属路線そのものをやめない限り、ロシア(中国も)は日本との本格的な平和条約締結や領土問題を棚上げにするだろう。日米同盟という敗戦の心理をそのまま引き摺っているような二国間同盟がある限り、日本の真の外交的な独立はないと見ているからだ。

 
 

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衆議院議員定数の削減

 次の衆議院議員選挙に向けて小選挙区の区域割が変更され、鹿児島など5県で定数が一人ずつ減らされることになった。

 その根拠が「一票の格差」であり、当選者の一番多い得票数と一番少ない得票数の比が2:1を超えたら「憲法違反」という最高裁の判断が基準になっている。

 この分で行くと、「地方創生」の掛け声とは裏腹に若者を中心に人口減少が進む地方では、今後ますます議員が減らされていくことになる。その反対に地方からの出身者を受け入れる都会ほど議員定数は増える勘定になる。

 しかし、選挙結果を見ていつも思うのは、肝心の東京など人口集中選挙区の投票率の低さだ。衆議院選挙ではかろうじて半数を超えることが多いが、参議院選挙など30パーセントそこそこのレベルの時もある。

 投票率が低いということは選挙への関心が薄いことの表れであり、民主主義において最も大切な投票行動を自ら捨てているわけだが、こっちのほうこそ「憲法違反」だろう。

 限りなく憲法違反に近い投票をしない行為(白票とは別物だ)によって投票率が低い選挙は憲法違反の「無効選挙」に認定して再投票を促すべきではないか。

 また地方の選挙ほど投票率が高いが、これを評価して欲しいものだ。

 得票数に投票率を掛けたものこそ本当の選挙民の政治への関心度であり、これに選挙区の面積(政治家が政治活動でカバーする対象区域の広さ)をも勘案したら、2倍程度では何の問題もないし、3倍でも構わないとさえ思うのである。

 
 それにしても地方からの若者の流出は深刻だ。

 アベノミクスでは多量の日銀券を刷って国債を買い取り、「トリクルダウン」方式で中央をまず大いに富ませ、そのおこぼれが地方に回り、それが「地方創生」につながる――というのだが、若者は富み栄える中央をただ指をくわえて見守り、地方に波及するまでは待っていられない。何しろ「夢」があり、「足」があるから、手っ取り早く稼げる都会へと足早に流れて行く。

 「三全総(第三次全国総合開発)」とか「四全総」とか唱えられた頃のほうが地方は潤った。その旗振りをしたのは田中角栄だが、田中はストレートに地方の発展を願っていた。土木中心の国土開発が時に「土建政治家」と蔑まされることもあったが、人情味と迫力が他を圧倒していた。今となっては懐かしいこれぞ日本人という政治家だった。

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避難民に思う

 難民というと国際問題だが、避難民は国内問題だ。

 昨日14日は熊本大地震が起きて丸1年、震度7が同じ場所で同じ時期に二度も続けて発生したのは初めてのことであったが、中心地である益城町では8割の家屋・建造物が多かれ少なかれ損壊をこうむったという。

 家屋の損壊もだが、これによって発生した避難民は現在でも4万7000人もいるそうだから、ことは重大である。地震による直接の死者は震度の大きさの割には少なく50名だが、その後の避難生活が原因で命を失った人が180名にも及ぶそうである。

 この熊本大地震にさかのぼること5年と1ヶ月、あの東北大震災では失われた命が行方不明を合わせて2万名に達するという大災害だったが、発生当初の避難民は福島原発事故のを含めて47万、現在は約16万人、うち福島原発関連が8万であるから、地震と津波による災害避難民は8万。

 原発関連による避難者は当初とそう変わらないだろうから、三陸沿岸を中心とする津波災害地帯出身の避難者の数も8万ほど。とすると当初の同地帯避難民39万人から8万人へ、差し引き31万の人たちがすでに沿岸地方に帰って行ったことになる。この分で復興が進めばあと3年ほどのうちには全員が帰郷(帰宅)可能だろう。

 帰ることのできる場所がある人たちは不幸中の幸いというべきだが、それにしても原発事故被害地域の住民は気の毒というほかない。原発解体完了まであと30年以上はかかると聞くから、その期間は優に一世代であり、その後に帰ることができたにしても、すでに「ふるさと感」は無くなっているだろう。

 それにしても、現在の日本には東北大震災関連の避難民が約16万、熊本大地震関連の避難民が4万7000、併せて約20万7000もの避難民がいることになる。大変な数である。

 欧米を中心にシリアやその他アルカイダ系のイスラム原理主義者による圧政から逃れた難民が100万人くらいいるそうだが、タイプは全く違うにしても我が住む場所を失ってしまったという形態は同じだ。

 日本は先進国だが、避難民が20万もいるということは災害先進国でもあることを否応なく如実に数字が示している。他の先進国では見られない現象ではないだろうか。アメリカなどでは経済的な理由で我が住む所のない人々(ホームレス)が数十万単位でいるというが、金持ちであれ貧乏人であれ、等しく天災に遭遇させられるのは火山(地震)大国日本に特有の現象だ。

 こういった否応なしに降りかかってくる災害(天災)に強い生存環境を整備していく、また予知科学を発展させていくことこそ「民生大国」日本の役割であろう。

 国連への当初加盟国間のみに与えられた「集団的自衛権」(要するに第二次大戦における戦勝国同士の取り決め)に、戦敗国なので与えられていないにもかかわらず「日本も集団的自衛権を行使すべき」などと政府は言い張っているが、そんなことはやめて(同時に二国間相互防衛協定である日米安保もやめて)まっさらになり、「永世中立の民生大国」日本を目指すべきだろう。

 北朝鮮がシリアのように米軍のピンポイント攻撃をこうむったら、まずキム王国は崩壊するが、その時に日本も出軍するのだろうか? どうも安倍首相の動向を見ているとトランプに引きずられそうだ。

 日本本土が直接北朝鮮の報復攻撃を受けることはないと思うが、韓国は相当な被害が出るだろう。そのときはかなりの数の難民(避難民ではない)を受け入れざるを得まい。その準備はできているだろうか、安倍さん。

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満開の桜の下で

 全国的に見ても規模の大きい「鹿屋市田崎グラウンドゴルフ場」では、植栽された桜が見ごろを迎えている。

 このグラウンドゴルフ場は海上自衛隊鹿屋航空隊基地のすぐ近くにあり、騒音や安全かれこれについて防衛省から助成金がふるまわれ、その結果造成されたグラウンド度ゴルフ場だ。西日本最大規模だという。さもありなん、8コース(ダブル)が設けられており、5人一組の団体戦では最大80チーム程度が同時にゲームができる。

 グラウンドゴルフ発祥の地は鳥取県の何とかいう小さな町だが、グラウンドゴルフが日常的に盛んに行われているのは鹿屋市ではないだろうか?このグラウンドゴルフ場のほかにも民間のがあったり、各市町村の大きな公園では子供たちが遊び回るより、むしろ高齢者グループがグラウンドゴルフを楽しむ姿を多く目にする。

 朝8時頃に仕事への道すがら田崎グラウンドゴルフ場を横目に通ることがあるが、もうその時間帯に大規模な大会が行われていることがある。しかも真冬の相当に冷え込んだ朝でも、また雪の降った明くる日でも開催されていることがあってこれには驚かされる。

 15日に仲間でグラウンドゴルフをやろうということになり、下見を兼ねてプレイに行ったところ、ここら辺はグラウンドゴルフ場を含めてサッカーや少年野球のできる公園なども桜が相当数植えられていて、いま7分咲きといったところであった。

 西風が強かったため、満開を待たずに散り始めている桜もちらほらあり、それはそれで見事で、仲間と来て楽しんでいる人たちの無心な姿に花を添えているようだった。

 

 

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桜の開花(吾平山陵の桜)

 鹿児島気象台は昨日の午後、標本桜に5輪以上の開花を確認して「開花宣言」を出した。

 遅れに遅れた開花は昭和28年(1953年)に開花宣言を開始して以来最も遅い記録になったという。

 東京では昨日が満開だったそうだから、南北が反対だ。開花には休眠打破のある程度の真冬の冷え込みが必要だが、鹿児島も2月はかなり寒かった(東京より寒かった)のに、桜を揺り起こせなかったのか? いまいちよく分からない。

 しかしまあ、咲いたと聞いて行かねばならぬ場所がある。

 それは鹿屋市吾平町の山麓にある吾平山陵だ。正確には「吾平山上陵」だが、地元では「あいらさんりょう」もしくは「さんりょう」で通っている。

 我が家からちょうど10キロ東南に走ると、山紫水明の吾平川支流に洗われるような清流の奥深くに山陵はある。神武天皇の父に当たる「ウガヤフキアエズの尊」と、母である「タマヨリヒメ」が洞窟の奥津城に祀られている。

 駐車場と川べりに20本程度の桜が並び、数は至って少ないが、どの桜も枝ぶりが良いのが特徴で、とても見応えがある。見たところ、早いので2分咲きだろうか、今度の日曜日には満開に近くなるだろう。花見には最適だ。

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