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沖縄慰霊の日

 今日6月23日は72年前に主として米軍で形成された沖縄上陸作戦が終了した日である。

 その日に沖縄根拠地軍司令官であった海軍の太田実中将及び陸軍の牛島満大将が戦死または自決しており、それを潮に戦闘は止んだ。

 太田実海軍司令官は「沖縄県民かく戦えり。沖縄県民に対して後世格別のご高配を賜らんことを」という海軍省あての電文を残したことで有名である。

 沖縄県民に対してわれわれ後世のものが「沖縄県民はよく戦ってくれた。おかげで本土上陸作戦(オリンピック作戦)は実行されずに済んだ。すまない、ありがたい、沖縄県民よ」と感謝を言って然るべきである。

 それなのに沖縄県民が米軍基地の本土移転を訴えると、必ず「被害者面してそう言うな。沖縄から米軍基地が無くなっていったらどうなると思うのか。よく考えろ」というような短絡的な愚かな批判が必ず返って来る。

 彼らは沖縄に米軍基地多量に置かれていることと、中国などの反日的発言をしてくる東アジアの現状とを一緒くたにしている。

 米軍の存在、核の傘があるから東アジアは安寧なのだ(要するに日本が守られているのだ)というのは、今や全く現実にそぐわないことなのである。

 1978年に米中が共同宣言でお互いを認め合い、経済的交流(要するに米国の対中国投資活動)が始まり、11年後のベルリンの壁崩壊を象徴とする米ソの緊張緩和(デタント)が実現して以来、日本における米軍の存在は「日本を中国等の共産主義陣営から守る」ことから「日本の軍事的暴発を防ぐ瓶のふた」に変質したのだ。

 そう、日米同盟は米軍が日本を守る役目から逆に、日本がこれ以上の軍事力を持たないように押さえつける「ビンの蓋」と化しているのだ。

 「尖閣諸島も日米安保の適用範囲だ」とオバマ政権当時のクリントン国務長官が言ったが、そもそも尖閣諸島を国有化してアメリカをしてこう言わしめたのは民主党野田政権なのである。

 中国がもし本気で尖閣諸島を侵略したいのであったなら、尖閣諸島の国有化以前にやればやれないことはなかった。対中へっぴり腰自民党政権下であったなら「私有地に対する侵略は民間人と中国政府との間で話し合うべきだ」などと自衛隊は派遣せず、米軍も「日中間の問題であるから日中間で解決せよ」と洞ヶ峠を決め込んだだろう。

 アメリカにはアメリカの事情があって、たとえ日本政府が尖閣諸島への米軍出動を要請しても断るほかない。その理由は以上のほか、もしアメリカが関与したら、中国政府は大量の米国国債を売るという手段に出、米国国債はたちまち暴落し、下手をするとドルも大暴落するからだ。

 1978年以来、中国は世界の工場となり、その廉価な工業製品は先進国を席巻している。最大の買いまくり国はもちろんアメリカで対中貿易赤字は天文学的になっている。ドル紙幣を対価としてばらまくとドルの価値が下がるので、国債を買わせているのだがその額も天文学的になっている。

 トランプ大統領はそんな中国を「政府が為替操作して元安にしているからだ。けしからん」と息巻いているが、日本の大量の対米黒字をプラザ合意によって強制的に減らしたようなわけにはいかない。中国は対米従属の日本と違って対米独立国家であり、国連では米国と肩を並べる安全保障理事会常任理事国なのだ。

 中国は日本が日米同盟によって対米従属路線をとっている限り、建前上はまともに相手にしようとはしない。ロシアもだ。日米同盟がある限り彼らは常に日本を「太平洋戦争をおっぱじめたどうしようもない国」と、アメリカと歩調を合わせて見下している(アメリカは口先では日本は最重要な同盟国と言っているが)。

 いったいいつまでこんな米日の「二人羽織り」が続くのだろうか。目の黒いうちにまっさらな独立国家になって欲しいものよ。

 『月桃の花』を三線で口ずさみながら沖縄から米軍基地が無くなる日(ただし自衛隊=国土防衛隊の基地は残る)に思いを馳せるとしよう。沖縄よ、ありがとう。癒しの守礼の国沖縄に永久の平和を!

 

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盛んなグラウンドゴルフ

 鹿屋市は笠野原台地という有名な火山灰土の丘が広がっているせいで、河川による浸食地(谷間と崖地)以外は比較的平らな土地が広がっており、芝を張り付ければゴルフ練習場やグラウンドゴルフ場が出来上がる。

 さすがに市街地の真っただ中にゴルフ練習場は作れないが、グラウンドゴルフの適地は至るところにある。小学校区単位で持っている広い都市公園も、行政の許可を得ればグラウンドゴルフの大会会場に早変わりする。

 鹿屋市の田崎地区と下堀地区との境目にあるグラウンドゴルフ場「健康の森・蔵」は自分のよく行くところだが、今日は個人戦とかで、昼過ぎから競技が行われた。

 車のオイル交換とCDプレイヤーの不調で、購入したディーラーへ行かなければならなかったので、参加はしなかったが、車のことが終わっての帰り道に見ると、まだ競技の最中だった。

 朝練習に行ったとき、昼からの競技には30チームほどがエントリーしているということだったので、150人前後の参加だったようだ。

 16ホールすべて終わった知人が腰を下ろしていたので聞いてみたら、16ホールのうち一度もホールインワンがなく、スコアは40を超えてしまったという。

 この人は以前に練習では16ホールで三つのホールインワンを成し遂げ、わずかスコア6で上がったこともあるのだが、「本番に弱い」のが玉にキズらしい。まだ始めて半年くらいだからこれからも修練を積んで平常心でできるようになれば、相当に伸びる人だ。

 もっともこの競技は老若男女を問わず、同じ道具、同じルールで行われるので、まさに男女共同参画を地で行くような競技なのだ。

 競技場内からは時折り黄色い歓声や笑い声が聞こえてくる。和気あいあいの有酸素スポーツで、2時間もやると5000歩くらいは軽く超える歩数になるから、高齢者にはうってつけの運動だ。

 

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加計学園問題

 加計学園に対する獣医学部新設許可をめぐって、行政側の「忖度」が働いた根拠となる文部科学省内の文書の存在が明らかになった。

 松野文部科学大臣が正式に認めた。これまでそんな「怪文書」は無いし、文科省内を再調査する必要はないと突っぱねて来た当の松野大臣と菅官房長官だったが、あっさりと前言を翻してしまった。

 「国家戦略特区」なるものはもともと各省の縦割りを排し(超えて)、政治家が大所高所に立ち、国家にとって枢要かつ緊急的なものを特化して進めていこうとするやり方で、むしろ政治家のよい意味での「忖度」がおおいに働く政策である。

 それなのに菅官房長官はかたくなに「無い物はない」とばかり木で鼻をくくったような会見を何度も見せてきたのだが、前言をこうも簡単に翻すのなら、その前に「国家戦略特区とは官庁各省横断的なプロジェクトであり、そこには政治家の賢明なリードが必要だ。忖度が働くのは想定内のことだ」とか何とか思い切って披歴しておけばよかった。

 当然野党はそこをつつくだろうが、あとは高を括ってしまえば、かえってこうも質の悪い幕切れにはならなかっただろう。


 大いに喜んだのは来月の都議選を控え、手ぐすねを引いて待っている「都民ファーストの会」だろう。おそらく自民党はこの「忖度問題」で完全に国民を裏切った形になり、それでなくても分が悪いとされていた都議会自民党は地滑り的な大敗を喫するに違いない。

 ある週刊誌では、自民党は議席の4割を減らし、その分都民ファーストの会に上積みされ、さらに民進党の票をかなり食って議席を増やし、都議会第一党になる。そして都議会では自民党を離れてしまった公明党がすり寄って合同すれば都議会の過半数に達する――と書いている。

 現有でたったの5議席しかない超弱小勢力が第一党はおろか、公明党とのタッグによっては過半数を制するというのだから凄いものだ。

 こうなったらその勢いで国政に打って出、日本初の女性総理も想定外ではなくなるかもしれない。そうなったら早いとこトランプと掛け合って、日米同盟解消を平和裏にやって欲しいものだ小池さん! 日本人が目覚めて本来の東西の架け橋であるべき日本に戻るいいチャンスではないか。(自民党政府はアメリカの外交・軍事を「忖度」しすぎて、対米従属路線を永遠にやめないつもりらしいので、いかん!)

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サフランもどきの開花

 これもまた遅れに遅れた。
 
 「サフランもどき」というサフランによく似た花弁とめしべを持つ花が、昨日から今日にかけて一斉に咲いた。

 この花は球根植物で、いったいどういう仕組みで違う球根が同じ時期(というか日)に揃って咲くのか、いつもながら感動をおぼえる。(写真は例によってホームページ『鴨着く島おおすみ』に掲載)

 例年なら4月中には今年の第一花が揃って咲き、その後は2か月ないし1か月ごとに咲くのだが、今年は2か月近く遅くなった。

 まあそれでも咲きそろうのを見ると心がなごむ。


 趣味のグラウンドゴルフ場でいつも一緒になり同じコースを回ることの多いS氏は、今日は奥さんの実家のある高隈町へ田植えの手伝いに行くとかで早々に切り上げて帰ったが、コメの普通作はちょうど今頃の田植えだから格別に遅れたというわけではないようだ。

 高隈地方は標高が高く、清冽な水の得られる所なのでコメが美味しいと評判である。

 秋の取入れまで仲良くホールを回っていたら、ひょっとして美味しいコメが手に入るかもしれないゾ。

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異例の梅雨入り

 昨日の6月6日、鹿児島気象台は鹿児島地方の梅雨入りを発表した。例年より6日、昨年より13日遅かったそうである。

 今日は一気に四国中国地方から関東までが梅雨に入った。

 タイトルからすると、「今年の梅雨は異例だ」ととられるかもしれないが、梅雨入りが異例だったわけではなく、梅雨入り前に必ずある「とある出来事」が全くなかったことを指している。

 その出来事とは我が家の愛犬「ウメ」の衣替えのことである。

 例年ならゴールデンウィークあたりから5月半ばくらいまでかけて、冬毛がモワモワと外側に湧き出てその毛を手で引っ張って抜いたり、ブラッシングしたりしてかなり目立たなくなったころに風呂に入れて完全に衣替えを終えてさっぱりするのが恒例であったのだが、今年は全くと言っていいほど冬毛が湧き出てこないのである。

 ブラッシングしてやれば抜けることは抜けるが、例年のようにブラシの歯に大量の毛が巻き付いて通らなくなるようなことは全くない。

 春先から4月いっぱいくらいまでは確かに気温が低く、桜の満開やバラの満開が2週間以上遅れたほどであったが、それならウメの冬毛も2週間遅れでモワモワしてもよさそうなものだが、そのような気配が見えない。

 そうこうするうちに昨日から梅雨に入り、これからもしばらくは気温は低めで推移するだろうから、ウメの衣替えが果たしてあるのかないのか、気にかかるところである。

 今年で6歳になったウメもそろそろ高齢犬への仲間入りか、そういえば最近は散歩に出るのを逡巡するそぶりを見せるようになったが、これも加齢現象なのか、ウメちゃん頑張ってな!(最新のウメの写真はホームページ「鴨着く島おおすみ」に掲載)

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日米同盟リセットの勧め

 ロシアのプーチンが、「もし北方領土が日本に返還されたときに、そこに米軍の基地が置かれるのは滅相もないことだ」と、拒絶反応を示したらしいが、当たり前のことだろう。

 別の見方をすると、「日米同盟(安全保障条約)が結ばれているままで北方領土返還もくそもない」ということなのだ。

 そのことで明らかになるのは、「日米同盟があることで日本の安全が保障される。高額かつ高度な防衛体制をとらなくて済んでいるから日米安全保障条約は無くてはならん」と考えている連中は、実は「売国奴」ということである。

 ロシアが、中国が、日本に対して高圧的かつ無礼な態度をとるのも、根本はそこにある。

 1951年に日本が国際社会に復帰した際に、同時に「日米安全保障条約」という「二国間同盟」も結ばれたが、国連憲章では「地域的な取り極めは、当該国が国連に加盟して国連の目的及び原則と一致することを条件とする」(第8章「地域的取り極め」第52条)とあり、平和条約締結により日本が敵対していた英米の意向を完全順守した以上、日米独自の二国間の取り極め(条約)は本来は無効なのだ。

 ところが、時あたかも中国共産党政権が誕生(1949年)し、朝鮮動乱(1950~1年)に影響を与えて東アジア情勢がアメリカの最も嫌う方向に傾斜し、日本国内自体も共産化への危険性があったのでやむなく米国に押し切られる形で「日米安全保障条約」が結ばれたのである。

 日本国内的にも武装警察予備隊(保安隊)がマッカーサーの意向で創設され、もともと憲法九条に明記された「一切の軍事力を持たない」という内容が変更された。マッカーサーは「個別的自衛権までは否定されていない」と解釈改憲を行っている。

 その後は自衛隊の創設まで一気に進んだわけだが、現実に国家・国土を守っている自衛隊を、国防軍(国土防衛隊)として憲法に明記するのが筋なのは言うまでもない。

 ただ、日米同盟は1979年の米中共同宣言以降1989年のベルリンの壁崩壊及びソ連邦の解体(ロシアの誕生)によって変質を遂げ、「日本及び東アジアの共産化のおそれを阻止する」という役割は終焉し、むしろ米国にとって日本国内の米軍基地は、日本の経済発展とそれに伴う軍事力の伸長による脅威を抑えるためのものとという認識が強まった。
 
 これを一言で「瓶のふた」という。日本が暴発しないように抑え込んでいるのが米軍基地の存在意義というわけである。

 日本が米国に盾突いてまたあの大戦をおっぱじめはしないかという危惧が米国側にあるそうだが、そんなことは現実にはあり得ないことだろう。それは米軍基地を手放したくないアメリカ(国防省)の言い訳に過ぎない。

 アメリカの危惧の最大のものは、日本が米国との同盟を離れ中国と今以上に接近することだろう。日中が手を携えたら共産化へのおそれ以上に米国をはるかに上回る超巨大勢力がアジアに誕生するからだ。世界通貨を握っているからこそ行われる都合のよい「ドル防衛」という手段も不吹っ飛んでしまう。

 と言って、日本はアメリカを離れて中国につくこともやめるべきだ。大戦後これまで最大の平和的な世界貢献国家である日本はやはりその独自の路線を貫き、アメリカの外交的・軍事的「忖度」から自由になるべきだ。

 「安全保障関連法」によるアメリカの軍事的下請けは、かってのベトナム戦争における韓国軍派兵と重なる。韓国は朝鮮動乱の際に米軍を中心とする国連部隊に守ってもらったということへの「恩返し」的なベトナム戦争加担だったので仕方がない面もあるが、「日米同盟のおかげでこれまで日本の安全が守られてきた」というタイプの人間が、「恩返しをしなければ」と「忖度」して、軍事的下請けにのめり込む危険性は大いにある。

 トランプが大統領になってからのアメリカは「リセットの時代」に突入した。環境問題一つとっても京都議定書にサインをしなかったのもアメリカなら、パリ協定をも離脱しようとしている。

 日本もこんなアメリカとの関係をリセットすべきだ。目標とするのは、憲法九条に「個別的自衛権に基づく国防軍(国土防衛隊)の存在」を明記(加憲)し、日米同盟を卒業して「永世中立国」となることである。

 

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