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日米同盟リセットの勧め

 ロシアのプーチンが、「もし北方領土が日本に返還されたときに、そこに米軍の基地が置かれるのは滅相もないことだ」と、拒絶反応を示したらしいが、当たり前のことだろう。

 別の見方をすると、「日米同盟(安全保障条約)が結ばれているままで北方領土返還もくそもない」ということなのだ。

 そのことで明らかになるのは、「日米同盟があることで日本の安全が保障される。高額かつ高度な防衛体制をとらなくて済んでいるから日米安全保障条約は無くてはならん」と考えている連中は、実は「売国奴」ということである。

 ロシアが、中国が、日本に対して高圧的かつ無礼な態度をとるのも、根本はそこにある。

 1951年に日本が国際社会に復帰した際に、同時に「日米安全保障条約」という「二国間同盟」も結ばれたが、国連憲章では「地域的な取り極めは、当該国が国連に加盟して国連の目的及び原則と一致することを条件とする」(第8章「地域的取り極め」第52条)とあり、平和条約締結により日本が敵対していた英米の意向を完全順守した以上、日米独自の二国間の取り極め(条約)は本来は無効なのだ。

 ところが、時あたかも中国共産党政権が誕生(1949年)し、朝鮮動乱(1950~1年)に影響を与えて東アジア情勢がアメリカの最も嫌う方向に傾斜し、日本国内自体も共産化への危険性があったのでやむなく米国に押し切られる形で「日米安全保障条約」が結ばれたのである。

 日本国内的にも武装警察予備隊(保安隊)がマッカーサーの意向で創設され、もともと憲法九条に明記された「一切の軍事力を持たない」という内容が変更された。マッカーサーは「個別的自衛権までは否定されていない」と解釈改憲を行っている。

 その後は自衛隊の創設まで一気に進んだわけだが、現実に国家・国土を守っている自衛隊を、国防軍(国土防衛隊)として憲法に明記するのが筋なのは言うまでもない。

 ただ、日米同盟は1979年の米中共同宣言以降1989年のベルリンの壁崩壊及びソ連邦の解体(ロシアの誕生)によって変質を遂げ、「日本及び東アジアの共産化のおそれを阻止する」という役割は終焉し、むしろ米国にとって日本国内の米軍基地は、日本の経済発展とそれに伴う軍事力の伸長による脅威を抑えるためのものとという認識が強まった。
 
 これを一言で「瓶のふた」という。日本が暴発しないように抑え込んでいるのが米軍基地の存在意義というわけである。

 日本が米国に盾突いてまたあの大戦をおっぱじめはしないかという危惧が米国側にあるそうだが、そんなことは現実にはあり得ないことだろう。それは米軍基地を手放したくないアメリカ(国防省)の言い訳に過ぎない。

 アメリカの危惧の最大のものは、日本が米国との同盟を離れ中国と今以上に接近することだろう。日中が手を携えたら共産化へのおそれ以上に米国をはるかに上回る超巨大勢力がアジアに誕生するからだ。世界通貨を握っているからこそ行われる都合のよい「ドル防衛」という手段も不吹っ飛んでしまう。

 と言って、日本はアメリカを離れて中国につくこともやめるべきだ。大戦後これまで最大の平和的な世界貢献国家である日本はやはりその独自の路線を貫き、アメリカの外交的・軍事的「忖度」から自由になるべきだ。

 「安全保障関連法」によるアメリカの軍事的下請けは、かってのベトナム戦争における韓国軍派兵と重なる。韓国は朝鮮動乱の際に米軍を中心とする国連部隊に守ってもらったということへの「恩返し」的なベトナム戦争加担だったので仕方がない面もあるが、「日米同盟のおかげでこれまで日本の安全が守られてきた」というタイプの人間が、「恩返しをしなければ」と「忖度」して、軍事的下請けにのめり込む危険性は大いにある。

 トランプが大統領になってからのアメリカは「リセットの時代」に突入した。環境問題一つとっても京都議定書にサインをしなかったのもアメリカなら、パリ協定をも離脱しようとしている。

 日本もこんなアメリカとの関係をリセットすべきだ。目標とするのは、憲法九条に「個別的自衛権に基づく国防軍(国土防衛隊)の存在」を明記(加憲)し、日米同盟を卒業して「永世中立国」となることである。

 

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