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新燃岳再噴火

 霧島連山の新燃岳が6年ぶりに噴火した。

 6年8か月前の2011年1月26日、突然大噴火し、ほぼ一度の噴火で都城市内をはじめ日南の飫肥城下まで灰を積もらせたのが記憶に新しい。

 今度の噴火には前兆があり、火山性微動が数日前から多発していたのでさもありなん(想定内)の噴火だったようだ。昨日は数百メートルの噴煙を、今朝早くには約2000メートルに至る高さまで灰を噴き上げた。

 最初の火山灰を調べた鹿児島大学理学部の井村准教授によると、灰はマグマ由来のものではなく火口を蓋していた6年前に終息した当時の雨風に晒された砂状の火山性堆積物であり、それが火口地下の水蒸気の爆発で飛ばされたようだという。

 しかし、現在山体が6年前の噴火前の大きさかそれを上回って来ているので、いつあのレベルの大きな噴火が起きてもおかしくはない――とも言っている。

 火口の地下にマグマがだいぶ溜まっており、それがじわじわと上昇しているとすれば大噴火は時間の問題だろう。

 桜島も桜島の北側海底深くにあるマグマだまりへのマグマの供給が間断なく続けられていて、大正4年(102年前)1月の大正大噴火で噴き出たマグマを補って余りあるほどになっているそうだから、こっちも危ない。

 同時多発噴火なんてこともあり得る。その際は南海トラフでの地殻変動もシンクロナイズされて起きるかもしれない。

 人を脅かすつもりはないが、世界に冠たる地震多発国かつ火山噴火多発国日本の、目をそらしてはならない現実がそこにあるのだ。

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おおすみウォッチング」カテゴリの記事

コメント

新燃岳の登山規制が解かれて
来春の連休、みつばつつじのトンネルを潜りたいと
喜んだのも束の間、再噴火しました。

歴史を紐解くと
TVの暴れん坊将軍で有名な8代吉宗の頃は
毎年霧島山のあちこちで噴火があったようで。。
また全国的な天災も多発して餓死者が。。

なぜか薩摩だけは皆無で、不思議に思った幕府が
青木昆陽を遣わして、、、
「からいも」が飢餓を救った事を知って
小石川で栽培したのが「さつまいも」とか。。

自然の猛威に忍耐と英知、弛まない努力で
乗り切った当時の人々に思いを馳せて。。

11/8と9日は、霧島六所権現の聖地
御池に鎮座する霧島東神社の例祭です。
ここは、開祖性空聖人の修行の地でもあります。

このお祭りの日、バスで霧島神宮へ
神宮に参拝し、高千穂河原へ。
高千穂峯に登頂し、東神社へ下山し
お接待を受け、夜の火祭りでお祓いを。。
ちょうど初雪の頃で
山頂は白銀の世界
8合目はすすきの穂波
麓は錦織なす紅葉
大感激したのを懐かしく。。

でも、もうこんな参拝は出来ませんが。。

噴火が落ち着いたら、
のんびりハイキングを楽しみたいものです。

そうそう、新燃岳の北方の斜面には
江戸時代の火砕流の痕が現存しています。
降灰で埋没したかな?

投稿: yori | 2017年10月31日 (火) 07時38分

新燃岳の突然の大噴火は2011年1月26日で、多量の火山灰が北西風に乗って東に流され、都城市から日南市まで広範囲に降り積もりました。
 その翌月の2月半ばに息子が都城市で結婚式を挙げたのですが、式場になったホテルの駐車場や近隣周辺には文字通り山のような降灰の寄せ集めがそこここにあったのを思い出します。
 都城の隣の三股町が嫁の実家ですが、そこでも3センチから5センチほどの灰が積もり、「今年は田植えができないだろう」と言っていました(実際には6月の普通作だったので何とか間に合ったようです)。

 新燃岳の他の大噴火ではお説のように江戸時代中期の享保年間に相当な大災害が発生したようで、『三国名称図絵』によると、享保元年(1716)9月の大噴火では狭野神社をはじめ霧島周辺の神社仏閣、遠くは高城郡の東(つま)霧島神社までも焼けたそうです。
 また翌年の1月の大噴火では田畑の被害が13万6300区(枚?)にも及び、都城周辺は難民で溢れたことと思われます。ただ、被害者(餓死者)が出たという記載はないので、最初の9月の大噴火ではまだ田の機能がやられずに収穫が出来ていたので大方の人々はすでにコメを持ってどこかに避難ができていたのかもしれません。

投稿: kamodoku | 2017年11月 6日 (月) 13時59分

三国名勝図会の狭野神社辺りには
幾つか記載されてます。
そこいらからピックアップして
歴史的背景として作成しています。
(りんく)
コメではなくて前記したように「からいも」の
ようです。農民は「粟やひえの類」なら所持してたかも。

瀬多尾の六所権現中央の跡地には焼けた鳥居痕が
あります。(高千穂河原と矢岳、竜王の中間辺り)
その西方から新燃岳にかけ江戸期の火砕流の痕が。

高原町には当時の古文書があるようですが
まだ拝見していません。
三国名勝図会の裏付けにはなりますが。

拙宅の近くの天降川もやっと野鳥が戻ってきました。
今子育ての真っ最中です。
橋の上から魚影も確認できます。

8,9日は、霧島東神社の火祭りです。
10日は高千穂河原古蹟で天孫降臨祭です。
どちらも行けそうにありませんが。

投稿: yori | 2017年11月 7日 (火) 20時09分

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