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葉桜の吉野山と大阪造幣局

 仲間8人と『吉野千本桜と大阪造幣局通り抜け』というツアーに参加した。

 志布志港発のフェリーさんふらわあに乗って行く船中二泊のいわゆる「弾丸ツアー」である。

 往路と復路に全く同じフェリーきりしまを使用するので、ツアー客のほかに一般客が乗らなければツアー客によるチャーター船だが、そういうわけにはいかない。

 一般乗客の中にはトラックの運転手や乗用車・バイクの人がいるが、たいていは前者のトラック便が多いようだ。

 鹿児島から大阪まで高速道路を利用したら15~6時間はかかるし、高速道料金もそれなりに高額だから、ほぼ同じ時間で大阪まで来ることのできるこのフェリーはまさに「寝ている間に大阪に着いてしまう」ので楽で重宝だ。

 往路も復路も天候に問題はなかったのに、どちらも30分から1時間の遅れが出た。往路の1時間遅れは痛かった。おかげで吉野山の滞在時間が1時間半になってしまった。

 そのうえ今年の桜は開花が例年より早く、吉野山でも下千本は完全に葉桜となっていた。中千本まで足を延ばすには1時間時間が足らない――ということで肝心の「花の吉野山」は見ることができなかった。

 国宝の蔵王堂と山門あたりまでで歩き終えたのはちょっと残念だったが、雰囲気は味わえたし、下千本駐車場からの遊歩道沿いからは下千本の桜が遠くの稜線まで連なっている様子がよくわかった。

 また、意外にも紅葉の古木が多く連なり、今年は紅葉の新緑も早いとのことで、諸処に見事な並木となって実に眼福、かつ、さわやかこの上なかった。

 西行がここに庵を結び3年ほどを過ごしたとされるが、その時の歌

  【吉野山 木末の花を見し日より 心は身にも添はずなりにき】

 というほどの桜の咲きそろった光景を想像しながら下山した。皆、お土産をたくさん手に持って。


 大阪造幣局の『通り抜け』は、今年は11日から17日の一週間だったので、12日はどんぴしゃり。こちらは満開だった。

 360本ほどある桜はすべて八重桜で、枝垂桜というのはここにはないが、ぼってりと豪華に花開いた八重の花びらの重さで、まるですべてが枝垂桜かと見まごうほどだ。

 造幣局の建つ土地は旧津藩(藤堂藩)の大阪屋敷跡で、母方の曽祖父の代まで藤堂藩の家老職にあった川喜田氏の家来だったと聞いているのでやや感慨はあった。

 藤堂藩大阪屋敷跡などという標柱か何かあるのかどうかは確認できなかったが、もう何もないのだろう。


 ここから大川を挟んで向こうにそびえる太閤秀吉創建の大坂城は徳川氏が勝利を収めたあとは取り壊され、石垣から何から何まで10年かけて造作し直したそうで、それも明治維新時の争乱の中で壊滅し、昭和天皇の御大典(即位式=昭和3年)を記念して府民の寄付によって三代目が造られた。

 いま見える城はその際に最初の城を模した日本で初の鉄筋コンクリート製なので、歴史的価値は著しく劣るが、大阪らしい進取の気性が思われる。

 それはそれで、都心のど真ん中にある「大阪城公園」は市民・府民にとって貴重な憩いの場所になっている。

 大阪城は上町台地の北の先端部で、ここには昔、仁徳天皇の「難波高津宮」があったと言われ、淀川に臨んだ要衝の地であった。また大化の改新(乙巳の変)の時の女帝・皇極天皇の弟の孝徳天皇の営んだ「難波長柄豊碕宮」は大阪城のすぐ南・法円坂町にあったとされる。

 その他にも天武天皇時代と聖武天皇時代にも難波に行宮が造られたが、いずれもこの辺りに建設されたとされる。とにかく難波というとこの辺り一帯がその中心だった。今は「森ノ宮」なる地名に面影を残している。

  
 天候には恵まれ、暑からず寒からずの旅行日和だった。船中二泊も夜はおいしいバイキング料理で酒も弾んで楽しかった。

 フェリーさんふらわあでは5月に一隻、夏にもう一隻の新造船が就航するという。皆は新造船にも乗ってみたいというので、秋になったらまた利用するという案も出ている。どうなることか。

 

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コメント

鹿児島からの桜見物、大変でしたね。
でもこの時期、宿屋を取ることは高くて難儀しますので、それを考えるとこれもまた一つの方法かもしれませんね。
かつて夫婦で和歌山から大阪経由で吉野山へサクラを見物に行ったことを思い出し、久し振りにその当時のことを語り合いました。
奥千本から吉野山の街中までずっと歩き通したこと、懐かしい思い出になりました(笑)。

投稿: しげよあゆみ | 2018年4月16日 (月) 08時11分

吉野奥千本から下の街まで歩いたというのはすごいですね。

 我々の平均年齢はほぼ70歳だったので(上は76歳、下が66歳)、まあこんなところかなと思ってますが、せめて中千本までは行きたかった。

 今度行くときはツアーでなくグループだけで同じルート(ただし南港から電車を乗り継いで)を巡るプランを考えたいと思ってます。

投稿: kamodoku | 2018年4月16日 (月) 10時54分

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