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皇居への外国人ツアー

 朝早くのNHKニュースで、宮内庁によると最近多くなってきている外国人の皇居参観の便宜のために英語のガイドをつけたツアーを受け入れることと、来年1月からは皇居に外国語の音声案内を設置するようだ、と報じていた。

 外国人観光客の増加がここまで波及してきたかと感慨深いが、皇居は最寄りの東京駅から歩いて行ける距離であり、かつ都心の一等地にありながら広々とした緑の空間が何とも贅沢でもあるから、日本人ならずとも訪れてほっと一息つける場所である。

 ましてやここに日本のエンペラー一家がお住まいとあっては、外国人にとっては興味津々だろう。平成天皇は美智子皇后とともによく海外に行かれているので、国際的にも関心の的になっている。観光目的とは言え、自分の国には存在しないエンペラーへの関心は高いと思う。


 ここで気になるのが、英語ガイドが皇居をどう説明するかだ。

 というのは、おそらく、東京の皇居に天皇ご一家がお住まいなら、有名な「京都御所」には誰が住んでいるのか、とか、どうして皇居が二か所に分かれているのか、などという疑問が外国人からぶつけられてくるかもしれないからだ。

 日本人でも若い人は多分知らないだろうが、明治維新まで天皇のお住まいと言えば「京都御所」だったのだが、維新後に明治天皇が東行して江戸城に入られ、そのまま居住されて「皇居」となったのである(東京奠都)。

 最初に大久保利通が主張したのが「大坂奠都」であったが、前島密が反対して東京への御幸が実現し、それが結果として「東京奠都」になり、今日まで150年弱続いている。

 東京でも「江戸城」だったのは、間違いなく徳川政権への面当て、つまり江戸幕府のお取り潰しを誰の目にも分かるようにした「倒幕のフィナーレ」だった。別言すれば「江戸幕府を征服した証し」だったわけである。

 ここまでは外国人もなるほどと了解するだろうが、さて「京都御所」の方である。

 「天皇が居住しないままの御所をなぜそのままにしておくのか?」という疑問がわくに違いない。

 昭和天皇の即位の御大典(昭和3年)では京都御所が使われたが、現天皇は京都御所を使われなかったので、上の疑問はますます強くなる。


 私見では江戸城という旧幕政の心臓部だった所に天皇が居住する(王政復古)という役割はとっくに終わっているのだから、京都御所に再びお住まいになる(還都)というのが最も良い形、伝統だろうと思う。

 京都は世界遺産であり、「千年の都(平安京)」である。平らかで安らかな統治を願った世界でも稀な長期にわたる都であった。

 この伝統を引き継ぐ還都こそ日本に必要で、訪日外国人もそのことに安らぎを得るはずである。

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